2016年5月18日 來宮(きのみや)神社 第2大楠(寿命1300年超 約300年前の落雷にも負けなかった)

2016年5月18日撮影





第2大楠



以下、パンフレットより引用


來宮(きのみや)神社と大楠

古代の日本民族は、大きな木、岩、滝など巨大な自然創造物に神々が宿っていると信じ、其の自然創造物の

前で祭祀を行い、感謝し祈りを捧げる神籬(ひもろぎ)磐境(いわさか)信仰を持っておりました。時が流れ建物

の文化が進み、それらを中心に社殿、鳥居が建立され神社が形成されたといえます。熱海鎮座の來宮神社は

江戸末期まで「木宮明神」と称し、現在の「來宮」ではなく、「木宮」の字で古文書等記されております。「木」に

宿る神々をお祀りする神社として崇敬を集め、古来生活文化に欠くことのできない木に感謝する信仰を有して

来ました。



過去には落雷を受け、特に「第2大楠」は機の中身は殆ど空洞といえます。しかし一年を通じ、桓に青々とした

楠の葉を繁らせ、現在でも成長し続けていることから、超越した生命力を有する木と信じられ、木の生命力に

肖りたいと云う人々の願いから、健康長寿、心願成就の御神木と伝えられるようになりました。



第2大楠



大楠 (來宮神社御神木 国指定天然記念物 樹齢2000年超 本州1位の巨樹 幹周23.9m 高さ約26m)







以下、パンフレットより引用


大楠伝説


太古には、我が国では現代のような家屋はなく、文字もなく言葉ばかりの時代が長く続いておりました。その頃この

社の森には7本の楠、椎の木、細枝の大木、羊朶類等が自生していて、昼なお暗く大地を覆っていました。



ところが安政6年(1859年)に熱海村に大網事件という全村挙げての漁業権をめぐる事件が勃発し、その訴訟費用

等捻出のため5本の楠は伐られてしまいました。現在残されているこの大楠をも伐ろうとして樵夫が大鋸を幹に当て

ようとしたところ忽然として白髪の老人が現れ、両手を広げてこれを遮る様な姿になると大鋸は手元真っ二つに折れ、

同時に白髪の老人の姿は消えてしまったのです。これは神のお告げであるとして村人等は大楠を伐ることを中止

致しました。



この木が現在ある御神木であります。この大楠に対して古代の人々は 「神の魂にお降り願う木」 つまり神の依大と

して、この御神木の中に宿る神の魂と人々は対面し、尊び聖なる木として崇めてまいりました。斯くて二千年の長い

間、落雷、暴風雨など、世の天変地異にも耐え、現在に至っております。



この大楠を人に例えれば、世の中のあらゆる物を知り尽くしている太古老とでも申しましょうか。然るに二千年を経ても

尚樹生は少しも衰えず、根は深く大地に食い込み、巨岩を抱きかかえ、幹のこぶは石の様相を呈し、内に溢るる生気

は益々旺にして枝葉は毎日西に東に伸びゆき、未来永劫に生き抜こうとする生命力の強靭さには恐ろしきものさえ

感じ取れます。大楠は「不老長寿」「無病息災」の象徴とされ、二千年の長寿に肖ろうとする願いからか、大楠を一周

すると「寿命が一年延びる」と信じられ、願い事がある方は、願い事を心に秘め幹を一周すると願いが叶うと言い伝え

られ、多くの信仰を集めています。



楠の木、常緑樹であるが故、新葉が成長し、古葉が落ちてゆきjます。言い換えれば、親の葉は、子の葉の成長を

見届けて落ちてゆくのです。つまり子孫の繁栄、国家の弥栄を象徴しているともいえます。今の世に大楠のように

長寿で然も厳然として物にも動ぜず、ひたすらに正しく生きる道に徹することが出来たなrふぁば、なんと幸せな事で

ありましょう。これに肖り、今現在でも国内外の方々をはじめ、訪れ願う参拝者はあとを絶ちません。



最後に大楠を称えた、故佐々木信綱先生の詩歌を紹介いたします。

「來宮は樹齢二千年の大楠のもと 御國の栄えまつらむ」





PDF(日本語&English) Kinomiya_Kusu.pdf


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