シャーロック・ホームズのチェスミステリー

レイモンド スマリヤン著 野崎昭弘訳 毎日コミュニケーションズ より引用







チェス探偵について(本書より引用)


私があなたに「次の局面(上の画像参照)に到るまでに、8段目に到達したポーンはない」

といったら、あなたはそれを信じるだろうか?


あなたがそれをもし信じるとしたら、そうすべきではなかった・・・・私がいったことは、論理的

に不可能なのである! その理由は次の通りである。はじめにお断りしておくが、本書では

問題の説明にあたって、ます目を文字と数字の組合せで表す。たとえば白のキングはf2にあ

り、黒のキングはe8にある。白のビショップはg3、黒のクィーンはc6、また白のポーンはb2と

d2にある。さて、白のビショップは元の位置c1から、いったいどのようにしてg3に出てきたのだ

ろうか? b2とd2のポーンは最初から動いていないのだから、出ていけるわけがない。だから

唯一の可能性は、c1にいた元々のビショップは一歩も動かずにその場所で取られ、g3にいる

ビショップは実はポーンが昇格してできたビショップである(ポーンはクィーンに昇格すると決

まっているわけではないので、ルークにもビショップにも、ナイトにも成れる)。だから「8段目に

到達したポーンはない」などというのは間違っている! この問題は、26ページの問題と同じ

ように、ワトソンの驚くべき草稿においてシャーロック・ホームズが考察した型の問題の、ごく

単純な例である。このような問題は、「逆向き解析」と呼ばれる分野に属している。ごくありふ

れたチェスの問題(白が何手で勝てるか、という[詰将棋のような]問題)とは違って、これから

の問題はゲームの過去の歴史にかかわってくる。そういうパズルが提起する問題点は実に

多彩で、その多彩さがまた大きな魅力である。たとえば、1つの駒が落ちた(あるいは1つの

ます目にコインが置かれた)局面が提示され、「それが何の駒かを判定せよ」という問題があ

る。またある局面で「盤上のどれかの駒は昇格してできた駒である」ことは論証できるが、そ

れがどの駒であるかはわからない、という場合もある(それが黒か白かも決定できないことさ

えある!)。さらに驚くべきことには、後で述べるように、ある局面から出発して「白が2手で勝

てる」ことは証明できるのに、「こうすれば勝つ」という特定の手順を示すことは不可能である、

ということがありうる。信じられないことのように聞こえるかも知れないが、これは事実である。

これらの問題は、純粋に演繹的な推論のおもしろい研究課題である。それらは論理学とチェス

の境界線上にある、といってもよい(実際、これらは「チェス論理学の問題」と呼ばれることが

ある)。これらは探偵小説の心理学的な香りも多分にそなえていて、当然ホームズにとって大

いに魅力的であった・・・・事実、ホームズがなんらかの興味を抱いたチェスの問題は、この型

の問題だけである。我々にとって幸せなことに、第1部での主題全体にわたるホームズの才気

あふれる説明は、実にわかりやすいので、駒の動かし方しか知らないような初心者でも、彼の

説明に一歩一歩、たやすくついていけるであろう。読者は第2部にたどり着くまでに、この種の

推論のちょっとした専門家になれるであろうし、ホームズを助けて、逆向き解析によってマース

トン船長の埋められた宝の場所を突きとめたり、奇妙な二重殺人の謎を解いたりするのに、

十分な準備ができていることと思う。ホームズがこの種のチェス問題に熟達していたのは、たい

へんありがたいことであった。もし彼がそれらのうちの、ある特定の1つ(読者がそれがどれで

あるか、いずれおわかりになる)を解きそこねていたら、彼はワトソン氏に出会うよりも前に、

モリアーティの悪魔のような罠にかかって命を落としていたので、この草稿は決して形をなして

いなかったであろう。


レイモンド・スマリヤン

エルカパーク、ニューヨーク

1979年2月








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