「 ジーン・ウルフ、フリッツ・ライバー他[著]
若島正編 図書刊行会」 より引用
チェスという名の芸術 小川洋子 (本書 序文 より抜粋引用)
チェスの最も恐ろしい側面は、盤に人間のすべて、宇宙のすべてが映し出される、 という点にあると思われる。私は取材の折々で、盤上では何も隠しきれない、という 意味合いの言葉を耳にした。「必殺の新戦法」によれば、駒の織りなすパターンに は“人間が考えうる範囲内のものと範囲外のもの”があるらしい。更にこの“範囲 外”が打ち破られた時、“宇宙の秩序についておよそ言語を絶するような事実”が 浮かび上がってくるというのだ。
科学技術を駆使して作られたスペースシャトルでも明かせない宇宙の秘密が、格子 模様の小さな盤の上に描かれる。しかもそれは、もしかしたら、人間が知らなくていい 秘密であるかもしれない・・・・。
やはり、チェスは凄いゲームだ。チェスという名の芸術だ。
感嘆、興奮、歓喜、絶望、等などさまざまな感情を呼び起こすチェスだが、もちろんそこ には涙もある。「マスター・ヤコブソン」に登場する12歳の少年(またしても少年だ)、プ ペイン・デヨン。学校の卒業生である国際マスターのヤコブソンが、チェス大会のために 来校した時、プペインは全校生徒の中でただ一人、チェス盤の準備を手伝った。この心 優しい少年は、チェスに対する情熱と共に、何とも微笑ましい愛らしさを備えている。 少年がヤコブソンに送る通信チェスの一通一通が、私は大好きだ。指し手の意味まで はつかめなくても、そこに込められた彼の純真さは十分に伝わってくる。物語のラスト 近く、少年とヤコブソンの通信チェスを分析する場面は、本書の中で最高のクライマック スだろう。
「美しいな!」 この一言が、少年の姿をすべて物語っている。もしチェスの本質をつかみ取るとしたら、 この一言以外にはあり得ないだろうということを、私に教えてくれる。
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