「儀式」

レスリー・M・シルコウ著 荒このみ訳

講談社文芸文庫 より引用




本書 解説より引用


「儀式」の舞台となるのは第二次世界大戦の後、ラグーナ・プエブロ族に住むニュー・

メキシコ州の地域です。主人公のテイヨと伯母さんや伯父さん、おばあちゃんたちの

家族に、戦争へ一緒に参加したインディアンの若者たちが登場します。若者たちは

テイヨのように戦争後遺症にかかってはいないかもしれませんが、アメリカ社会への

順応がうまくできません。軍隊に入って初めて白人の世界を体験した部族の若者が、

戦争が終わってから行き場をなくして悩む。もはや白人世界ではインディアンを必要

としていないし、部族社会の暮らしにはかれらが満足しなくなっているのです。この

ような状況は現実にあったことでした。主人公は白人の病院でも治療を受けますが、

いつまでも治りません。白人の医師は主人公も故郷の家族のもとへ戻します。そし

て主人公は部族に伝わるメディスン・マンの治療の儀式を通してようやく未来へ向

かって立ち直っていくのです。物語の流れはこのように説明できるでしょう。物語は

蜘蛛の女チチナコの登場で始まります。「思う女」であるチチナコが話を語りはじめる

のです。蜘蛛の女は作者シルコウといってもいいでしょう。そうやって部族の女たち

は物語を語り継いできたのです。出来事を言葉にしてきたのです。言葉にしながら

語り手と聞き手と登場人物は心の平安を得たり、豊かな気持ちになっていきます。

作者シルコウは主人公テイヨのメディスン・ウーマンでもあるのです。物語のなかの

メディスン・マンは砂絵を描きながらテイヨを導きましたが、「言葉の織姫」シルコウ

の呪術は言葉です。言葉という霊の力がテイヨの治癒を成しとげるのです。


レスリー・マーモン・シルコウの「儀式」はすでに現代のアメリカ文学の古典となったと

言えるでしょう。ちょうど二十年前にこの作品が出版されたころ、七〇年代のアメリカは

女の作家が盛んに作品を発表するようになった時代でした。ジョイス・キャロル・オーツ

や黒人作家のトニ・モリスン・アリス・ウォーカー、詩人のアドリエン・リッチなどがよく読

まれるようになり、やがて過去の埋もれた作家の再評価をうながす基礎ができてきま

す。1948年生まれのシルコウはこのころに作家活動を始めたのでした。アメリカ・イン

ディアンのラグーナ・プエブロ族のシルコウは、ニュー・メキシコ州に生まれ、ラグーナ・

プエブロ族の保留地やその近くの州都アルバカーキで育ちます。そこからインターステ

イト40を西へ進めばアメリカでもっとも大きなナバホ族の保留地に出ます。シルコウの

作品にナバホ族を登場人物にしたものが多いのは、ナバホ族の保留地がラグーナ・

プエブロ族の保留地とほとんど隣接しているからなのです。(中略) 今では英文科の

あるアメリカの大学ではたいてい「ネイテイブ・アメリカン・リテラチュア」の講座を開い

ています。そのなかでシルコウの「儀式」は必ずと言ってよいほど取り上げられます。








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