「クレイジー・ホース」

ラッセル・フリードマン著 ぬくみ ちほ訳 パロル舎 より引用






本書 より抜粋引用。


オレゴン街道を西へ、幌馬車が長い列をつくって旅をしはじめたころ、少年はまだ

村の中を裸足で無邪気に駆けまわっていた。村の人々は、勇敢な部族テトン・スー

に属する人々だ。アメリカ合衆国には、どの部族よりも大きくて一度として戦いに負

けたことのない先住民、スー族が残っていた。彼らは広大な平原にどんどん領土を

広げつつあった。大きくまっ黒なバッファローの群を追いながら、邪魔する部族がい

れば戦い、その土地を手に入れていった。ところが、のちにクレイジー・ホースと呼

ばれるその少年が大人になるころ、スーの人々は、自由を求めてもがき苦しむよう

になっていった。彼らが暮らす土地は、続々とやってくる白い肌の侵略者たちに取り

囲まれていく。狩猟の土地と伝統の暮らしを守るため、スーの人々は戦いに明け暮

れるようになる。


ロッキー山脈の東麓に広がる大平原。そこで繰り広げられた白い人たちと先住民と

のすさまじい戦いは、クレイジー・ホースが大人になるころに始まった。恥ずかしがり

屋で繊細な心を持つその青年は、のちのち偉大なスーの戦士として、誰にも縛られ

ない自由をなによりも重んじるリーダーとして、その名を馳せることになる。生涯にわ

たり白い人たちが提案する条約に署名することなく、ひたすら抵抗の姿勢をつらぬい

た。クレイジー・ホースは少年のころ、年頃にしては強烈なヴィジョン(未来を告げる

幻影)を見た。そして彼は、ヴィジョンを信じているかぎり敵の放つ矢や弾丸に傷つく

ことはない、とさとっていた。恐れ知らずの戦士として、たとえ無鉄砲な戦いをしてい

ても、聖なるヴィジョンが彼を守っているかのようだった。クレイジー・ホースをよく知

る敵の部族クロウのあいだでは、「クレイジー・ホースには魔力が宿っている。奴は

目に映るすべてのものを撃ちぬく銃と不死身の肉体を持っている」と言われていた。


スーの人々はこの若者を、“われらの変わり者”と呼んでいた。ときとして、じつに風

変わりな男だったようだ。戦いに挑むとき、スーの戦士たちは自分の肉体に色を塗る

のだが、クレイジー・ホースは塗らなかった。また戦いに勝つと、手柄として敵の頭皮

をはぎとったり、勇敢に戦ったことを誇らしげに話すのだが、そういうこともしなかった。

彼はただ静かに、一人でいるのが好きだった。なにか考えながら村の中を歩き回った

り、一人になろうと馬で平原をどこか遠くへ駆けだしていった。村の若者たちは踊った

り歌ったりしていたが、クレイジー・ホースが彼らの輪の中に入ることはなかった。スー

の若者ならたいてい参加する太陽に捧げる伝統の踊りサン・ダンスにさえ行かなかっ

た。彼の歌声すら聞いた者はいない。クレイジー・ホースがまだ幼いころ、よく物陰か

ら大人たちの会話に聞き耳をたてる姿があったという。大人になっても、人の話には

いつも耳を傾けたそうである。「集まりでは、まったくしゃべらなかったよ。集まりその

ものにめったに出てこなかったんだ。」と、友人のヒー・ドッグは言う。「これといった

理由があったわけじゃない。そういう奴なんだよ、あいつは。とても静かな男だった。

戦うとき以外はね」 (中略)


クレイジー・ホースの生涯については、あいまいな部分や、未知の部分がたくさんある。

日常の生活やその人柄については、死後50年も経ってから彼を知る人たちの話からう

かがい知るしかない。1930年、エレノア・ヒンマリとマリ・サンドズの二人の著述家が車

でスーの大地を走りまわり、存命中のクレイジー・ホースの友人や親戚、ともに生きとも

に戦った友人ヒー・ドッグやレッド・フェザー、ショート・ブル、リトル・キラーたちを訪ねて

話を聞いた。取材中、かつての戦士たちは遠い昔のあらゆるできごとを思いだした。

その記憶はどれもはっきりしていて、彼らの話はほとんど一致した。この人たちの記憶

の中のクレイジー・ホースは、きわめて物静かで、内気で、他のスー戦士のように威張

るところがなく、少年のようなはにかみ屋の像だった。

 


目次

1 オグララの変わり者

2 少年カーリー

3 ホース・クリークでの和平会議

4 やっかいな“聖なる道”

5 お前がクレイジー・ホースだ

6 皮シャツを着る者

7 レッド・クラウドの戦い

8 守られない条約

9 クレイジー・ホースの駆け落ち

10 シッティング・ブル

11 盗賊たちの街道

12 シッティング・ブルの予言

13 リトル・ビッグホーンの戦い

14 最後の戦い

15 友よ、行かせてくれ


絵について

訳者あとがき








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