「シャーマニズム 古代的エクスタシー技術」

ミルチア・エリアーデ著 堀一郎訳 ちくま学芸文庫


 







本書より引用

著者はシャーマニズムを「エクスタシーの始源的な諸技術」と定義する。

その担い手たるシャーマン、聖の専門家はいかにして誕生し、どのよう

な活動を行なうのだろうか。膨大な資料を駆使しつつ、シャーマンの召

命と試練、象徴的な死と再生、めざましい超能力や、それを支えるコス

モロジーに説き及ぶ本書は、比較宗教学あるいは宗教形態学の古典で

あるとともに、原初の世界と人間の普遍的な型に迫ろうとする情熱的な

思想の冒険行でもある。上巻には、イニシエーションの諸相、衣裳と太鼓

のシンボリズム、中央・北アジアのシャーマニズム、宇宙論などのテーマ

を含む第8章までを収録。


「最も重視したのは、シャーマニズム的現象そのものを紹介することと、

そのイデオロギーを分析すること、その技術とシンボリズムと神話とを

検討することである」(序言)。著者の意図は明らかだ。実証的個別研究

の一つとして本書を遇しては、その意図を見誤ることになろう。「超歴史

的」、「類似的」アプローチから見えてくる宗教現象の普遍的古層こそ

が、エリアーデには重要だった。世界の再神話化を目指す、すぐれて

20世紀的な試みとして本書を読むことが可能である。下巻には、南北

アメリカ、東南アジアとオセアニア、印欧系諸民族、日本を含む東アジ

アを扱う第9章を収録。解説 奥山倫明





本書 「序言」 より抜粋引用


この書物は、われわれの知る限り、シャーマニズムを宗教学全般のパースペクティヴの

なかに位置づけつつ、その宗教現象全体を鳥瞰した最初のものである。だが、それはと

りも直さず、この書物の持つ不備、近似値的性格、危険性を示すものでもあろう。こんに

ち、シベリア、北米、南米、インドネシア、オセアニアなど、種々のシャーマニズムに関す

る夥しい資料が提示され、また他方、いろいろの意味で重要な多くの研究業績が、シャー

マニズム(というよりは個別な型のシャーマニズム)の民俗学的、社会学的、心理学的研究

の糸口となった。だが幾つかの注目すべき例外(わけれもアルタイ語族のシャーマニズム

に関するハルヴァの業績)を除けば、シャーマニズムについての多くの研究は、この極め

て複雑な宗教現象を宗教学全般の枠内で解釈することを無視してきている。ここでわれ

われがシャーマニズムを研究し、理解し、紹介しようと試みたのは、宗教学者としてであ

る。われわれは、心理学、社会学、民俗学の視点からなされたすばらしい業績の価値を

低からしめようなどとは夢にも思わぬ。そのような研究業績はシャーマニズムのいろい

ろな面を知るのに不可欠であると思う。だがわれわれは、それとは別のパースペクティヴ

もあると考えるわけで、それがまさにこの書物で明確にしようと努力した点なのである。


心理学者としてシャーマニズムを扱おうとする人は、シャーマニズムを、わけても危機

状況にある心性、或いは退行しつつある心性の表われとして理解する傾向があり、そ

れを必ず異常な心理的行動と比較したり、ヒステリー症とか癲癇症の構造をもつ精神

病のなかに位置づけたりする。シャーマニズムを精神病(それがどのようなものであれ)

と比較して考えることが何故われわれにとって受け入れられぬものであるかは後に述

べるが、心理学者の正鵠を得た指摘が一つある。それはシャーマンとしての召命が、

他の全ての宗教的召命と同様に、危機・・・つまり、未来のシャーマンの精神的平衡状

態が一時的に崩れること・・・によって起こるという点である。この点に関して集積し得

るすべての観察と分析はとくに重要である。それらは、われわれが「聖の弁証法」と呼

ぶもの・・・聖と俗との極端な分化、それに伴なう現実からの乖離・・・の心性のなかで

の反射を、いわば「写すが如く」見せてくれるのである。これが、われわれが宗教心理

学のこの種の研究に重要性を見出すゆえんである。


社会学者はどうかといえば、彼はシャーマン、祈祷師、呪術師の社会的機能をもっぱら

問題にし、呪術的威力の起源、社会構造のなかでの彼らの役割、宗教的首長と政治的

首長との関係、などを研究する。「最初のシャーマン」の神話に関する社会学的分析は、

或る古代社会に於けるシャーマンの格別の位置を暗示する幾つかのめやすを明確にし

ている。シャーマニズムの社会学的研究はこれからであり、それは宗教社会学全般の

なかでも、最も重要な部分となるだろう。宗教学者はこれらの研究とその結論のすべて

に留意しなければならない。心理学者によって明らかにされた心理学的状況に加え、

社会学的状況は、その言葉の最も広い意味で、彼らが扱う資料の人間的、歴史的具体

性をはっきりさせる。そしてこの点は民俗学者の研究によってさらに明確にされるだろ

う。シャーマンをその文化的環境のなかに位置づけようとするのは民俗学者モノグラフ

である。だがもし例えばチュクチ族の生活や文化について何も知らずに、その業績を読

むとすると、チュクチ族のシャーマンの真のパーソナリティを誤解する危険がある。また、

シャーマンの衣裳や太鼓の徹底的な研究、巫儀の記述、テキストやメロディーの記録な

ども、民俗学者の仕事であろう。







シャーマニズム(シャーマン)に関する文献

アメリカ・インディアン(アメリカ先住民)に関する文献

アメリカ・インディアン(アメリカ先住民)

神を待ちのぞむ・トップページ

天空の果実

シャーマニズム(シャーマン)に関する文献に戻る