「白いインディアン」

ジェイムズ・ヒューストン著 工藤政司訳 株式会社サンリオ より引用




17歳の白人の娘サラは、侵入してきたアブナキ・インディアンの一隊によって

ニューハンプシャーの農園から連れ去られてしまう。それにつづくカナダへ向け

ての地獄のような強行軍と奴隷生活で、サラはいくたびか死に直面する。植民

地時代のアメリカ・ニューイングランドを舞台にしたこの作品は、フレンチ=イン

ディアン戦争の渦中に巻きこまれた一人の娘の恐ろしい体験を生々と伝えて

くれるものである。そしてなによりも、森の伝説、見慣れぬ風習、過酷な自然

への呪術と知恵にとらわれた野生の男たちとともに暮らすうちにサラには、そ

れでも美しいとさえいえる人間性が浮き彫りになってくる。この愛と憎しみの

物語は、生きのびることと、自由という滅びることのない人間の渇望の証言で

あると同時に、類まれな、おぞましくも輝かしい歴史の再現ともなっている。

(本書より引用)


1690年から1760年にかけてのフレンチ=インディアン戦争は北アメリカ大陸の

領有をめぐるイギリスとフランスの抗争だが、これは独立戦争の前奏曲とも言われ

る長く激しい戦いであった。イギリスはその軍事的、政治的目標を達成するため、

モホーク、オネイダ、オノンダーガ、カユーガ、セネカ、タスカローラの六氏族から強

力なイロクオイ連合と結んだ。対するフランス側はカナダに基地を置き、東部イン

ディアンの支援を求めたが、この中にはアブナキ、オジブエー、オッタワ及びミクマ

クなどの部族が含まれる。この戦争ではイギリス、フランス、両軍とも味方のイン

ディアンにたいして残虐行為を黙認したばかりか、むしろ積極的に奨励したふしが

ある。インディアンの特質にひそむ残虐性をいち早く見抜いて白人が利用した、と

考えてよい。インディアンには最新式の武器があたえられもしたが、アメリカ東北部

に住むインディアンの各氏族は、とりわけ今日で言うゲリラ戦争に長けていた。白人

とインディアンの全く異質な文化は、この戦争で互いにわるいところを引き出し合い、

殺戮をくりかえした。その結果かき立てられた憎悪は、二世紀を経た今日もなお深い

不信感となって残っている。1750年代半ばの戦いでは、正規の訓練を受けない農

民や開拓者の混成部隊がインディアンの助けを借り、銃身の長い猟銃を武器に、

徹底した伏兵作戦で最新装備を誇る英仏の軍隊の鼻をあかした。伝統的なヨー

ロッパ式戦法を仕込まれたこれらの軍隊は、急襲や白兵戦に対して意外にもろ

かったのである。孤立した砦や農場では虐殺がくり返され、森の小径や小川で

安全なところはひとつとしてなかった。連行された捕虜には悲惨な運命が待ち

受けていたというが、それらについて歴史上の証拠が乏しいのは二つの理由

による。その一は生存者があるいは口を閉ざして語らず、あるいは文字を解さ

ないために記録に残さなかったことだ。その二は戦争体験が多くの開拓者と

運命を共にし、消滅したことである。とはいえ、書簡や覚え書き等の文書はかな

り残っており、両文化が衝突した当時の開拓地の戦闘や、生活の模様を、歴史

家や研究者が再現する手がかりをあたえてくれる。フレンチ=インディアン戦争

のクライマックスは1759年9月、雨もよいの暖かい朝に起こった。場所はケベッ

ク要塞の外、ジェイムズ・ウルフ将軍の率いるイギリス軍がインディアンと高地連

隊の援助をえて、ルイ・ジョゼフ・モンカルム将軍麾下のフランス軍と合い相見え

たのである。両将軍とも戦死してイギリス軍が勝利をおさめたが、この結果イギリ

スはカナダ全土を手中におさめたのである。本書は、フレンチ=インディアン戦争

の時期にさらわれ、インディアン部落に囚われたニューイングランドの少女を描い

たものである。登場人物、ならびに物語は著者の創作だが、この作品に語られ

る事がらは歴史に残る記録と、著者の実地調査に基づいている。さまざまな資料

の中から、荒涼たる原野に虜囚の身となった少女の体験を通して、一つの重大

な真実がうかび出た。自由をもとめてやまない人間の、不屈の精神力とでもいう

べきものがそれである。

(本書 著者あとがき より引用)







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