「モホ・ワット 少女を救った少年の物語」

ケネス・トーマスマ著

浜野安宏 監修 おびかゆうこ 訳 出窓社より










シープイータといわれるショショニ・インディアンに伝えられている1700

年代の物語。この物語の主人公モホ・ワット(ショショニ語で「片手のない」

の意)は多くの困難を乗り越えて、初恋の女性を救い出してゆく。その勇

気と知恵、とても8歳の少年とは思えないほどの行動力が奇跡の物語とし

て現在まで語り継がれている。著者はインディアンの伝承に魅せられ、そ

れらを集めた「すばらしいインディアンの子供たち」シリーズは現在7冊が

出版され、プロの語り部としてもアメリカ全土、デンマーク、オランダなどの

国々で、語り聞かせを展開している。本書の一気に読了させてしまう語り

部としての技能と、物語の美しさが絡み合い、読者をモホ・ワットの冒険に

引きずり込んで離さないだろう。同じ著者による少女の生還の物語「ナヤ・

ヌキ」も著者の語り部としての高い技能を垣間見させてくれるものである。

(K.K)







18世紀、アメリカ西部の大平原には、まだ白人の姿はなく、インディアン

たちが部族ごとに独自の狩猟生活を営んでいた。狩りで片手を失った

ショショニ族の少年は、知恵と勇気で、敵対部族に捕らえられた少女を

たった一人で救い出す。敵の追跡を逃れ、少年たちは、家族の待つ遠

い故郷の山をめざし命がけの旅をする。生死の境に追いつめられるた

びに、必死に生きようとする子どもたちの姿が胸をうつ。1997年度ワイ

オミング州児童文学賞受賞をはじめ、全米各州で大好評の書。

(同著・帯文より)





ようやく口がきけるようになると、モホ・ワットは、突き出た岩に気づいたこと、

クーガーの子供が巣穴に逃げ込むのを目撃したことを話し始めた。クーガー

の母親が巣穴から飛び出し、一瞬のうちに襲いかかってきたときの様子も説明

した。「矢を射る暇なんて、ぜんぜんなかったんだ。僕の弓はもう終わりだね。

試してみればよかった。でも、時間がなかったんだ。お父さん、ごめんなさい」

「おまえは大した息子だ。大いなるものは、おまえをあの羊の泉へと導いた。

そして今日は、死の淵から救ってくれたのだ。おまえは必ずよくなる。よくなら

ねばだめだ」 少年は黙り込んだ。彼の頭のなかは、恐ろしい考えでいっぱい

だった。<僕は片手をなくしてしまった。これからどうやって狩りをしたらいい

のだろう。どうやってお父さんの手伝いをいたらいいのだろう。独立して自分

の家族をもつことなどできるだろうか。いっしょに狩りをする息子をもつことも

一生ないのだろうか> モホ・ワットは、これでもう自分の人生は終わりだと

思いこんだ。目を閉じて押し黙った息子を、父親は背中にかつぎ、ウィキア

ップへ向かって歩き出した。長く辛い道のりだった。モホ・ワットは、父親の

肩と首に顔をうずめた。ひどい怪我を負ったショックで、少年の心は激しく

揺れていた。わずか数分の間に起こったことが、まだ信じられなかった。そ

れまで健康で五体満足だった自分が、たった数分で左手を失ってしまった

のだ。<どうして僕がこんな目にあうんだろう。僕の人生は、いったいこれか

らどうなるんだろう> 自分の人生に待ち受けていることを、モホ・ワットが

想像できないのも無理はなかった。彼の人生は、この美しい春の日を境に

すっかり変わってしまったのだ。居心地のいいウィキアップの床に寝かせら

れる直前から、痛みがさらにひどくなってきた。激しい痛みは、それから何

日も何日も続いた。最初は手首から火を噴くような激痛だった。そのあと

金槌で何千回も殴られるような痛みが少年を襲った。この幼いシープイー

タの少年は、かつてほとんどの人間が経験したことのないような激痛を耐え

抜かなければならなかった。モホ・ワットの両親は、つきっきりで息子を看病

した。想像もできないような痛みと苦しみに耐える息子を、少しでも助けて

やりたかった。両親は、少年が見せる驚くほどの忍耐力に目を見はった。

そして、このあと片手の息子が成し遂げることに、父と母はさらに驚かされ

るのである。





訳者あとがき より抜粋引用

手に汗握るモホ・ワットの物語、いかがだったでしょう。少年の危機と幸運、

失敗と成功に、はらはらしたり、胸をなでおろしたりしながら、一気に読み終え

てしまった方も多いのではないでしょうか。「モホ・ワット」は、ケネス・トーマス

氏による「すばらしいインディアンの子どもたちシリーズ」(“Amazing Indian Chi

ldren series”)の第6作目として、1994年に出版されました。“Amazing”とは

「驚くほど素晴らしい」という意味ですが、本当にモホ・ワット少年には驚き感心

させられることばかりです。物語の始まりを読み返すと、彼がわずか7歳である

ことがわかります。父親のように立派な狩人になりたいという夢を抱く、ごく普通

のインディアンの少年でした。それが、羊の角の発見、片手を失う大けが、初恋

の少女ウィンド・フラワーとの運命的な出会いを機に、心身ともに成長し、次第

に頼もしく、たくましくなっていくのです。少女を救出するその姿は、まさに「立派

な狩人」であり、「どんな男にも引けをとらない」若者そのものに映ります。


初恋の少女を敵部族から救い出すということは、とてもロマンチックです。愛する

ものを助けたいという少年の一途な想いには、胸が熱くなります。ただ、モホ・ワッ

トとウィンド・フラワーの関係は、ロマンチックというより、地に足のついた、かなり

現実的なものに思えます。二人は、さまざまな試練に立ち向かいますが、そこには

おとぎ話のような空想世界も、不思議な魔法もありません。手強い敵と大自然を

相手に、ひとつひとつ現実的に乗り越えていかざるをえないのです。それが人間

にとって大切なものを伝えるために語り継がれてきた物語ゆえの魅力と力強さな

のでしょう。息子を見守り、その力を信じる父親。心に傷を負った、無口だけど愛

情深い母親。美しいだけでなく、少年に負けない知恵と勇気を持つ少女。いずれも

興味深い登場人物です。そして、一人ひとりが厳しい自然の中で生き抜く強さを

持ち、互いに助け合い、支え合います。「モホ・ワット」は、子どもから大人まで十分

に楽しめる物語です。本の読めない小さな子どもたちにも、どうぞモホ・ワットのこと

を語り聞かせてあげてください。200年以上前のアメリカ大陸、険しい山間で生き

た人びとの息吹に触れ、心を動かされる方が一人でも多くあることを、訳者として

願ってやみません。


1998年6月 おびかゆうこ







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