「アメリカ先住民の宗教」

P・R・ハーツ著 西本あづさ訳 青土社 より引用








本書 他の宗教との比較 より引用


アメリカ先住民の宗教は、いわゆる「体系化された」宗教とは、いくつかの点で異なる。

彼らの宗教は「組織的」ではないのだ。つまり、教会の建物もなければ、階層制度もな

く、組織体そのものもない。確かに、一部の部族に伝わる物語の中で、部族の有名な

人物の行為が回想されることはある。だが、ほとんどのアメリカ先住民の宗教は、例え

ば、モーセ、イエス、アラー、釈迦のような歴史上の中心人物には依存していないし、

キリスト教の磔刑や仏陀の悟りのような特定の歴史上の出来事とも結びついていな

い。伝統的なアメリカ先住民の文化は常に口承で、大切なことがらは人々の口から口

へ語り継がれてきた。信者が固く守らなければならない成文化された信条も道徳律も

規則も存在しない。例えば聖書やコーランのような聖典もない。多くの点で、アメリカ先

住民が精霊と交わる精神世界は、神道や道教のような民間信仰にルーツをもつ宗教

と類似している。しかし、文字に書かれた信条がないということが、行動規範や倫理的

価値基準がないということを意味しているわけではない。倫理的に正しくあるべき生き

方をするための厳格なルールが、すべてのアメリカ先住民の文化を支配している。部

族のメンバーは、手本となる実例を見ることでそのルールを学ぶ。つまり、そうした

行動を規定する原理は、公式な教育の中で習得されるのではなく、幼少期から内面

に刻み込まれて彼らの生き方の一部と化すのである。ヨーロッパからの移住者は、

最初に北米の先住民たちと接触したとき、右述のような多くの相違点を目にして、

インディアンには宗教がない、あるいは、少なくとも「本物の」宗教はない、と結論

づけた。彼らが出会ったアメリカ先住民は文字を持たなかったので、この地の宗教

について新米者たちが学べるような書物はなかった。その上、先住民以外の人々

で、彼らの言語をわざわざ学ぼうとする者などほとんどいなかったし、先住民の側で

も自分たちのもっとも神聖な儀式からよそ者をしばしば意図的に排除した。二十世紀

の初めになってようやく、アメリカ先住民の信仰の体系についての研究を始める人々

が出てきた。その結果判明したのは、アメリカ先住民の信仰は、単純な「自然崇拝」

などとは程遠く、多くの場合、豊かで深く複雑なものだということである。近年、アメリ

カ先住民の風習に関する知識が広まるにつれて、彼らの宗教的伝統に対する尊敬

の念も一般に広がってきた。多くのアメリカ先住民が、自らのルーツに回帰し、伝統

的な儀式や習慣の中で精神的な再生を求めるようになった。浄化や癒しをもたらし、

自然の円環を賛美し、大地の再生を求める儀式の数々は、今日では多様なバック

グラウンドを持つ参加者が見学者を惹きつけるようになっている。彼らは、そうした

儀式や祭礼に深遠な精神的意味を見出しているのである。


 


カチナ 本書より引用



最も複雑で神聖な衣装といえば、ホピ族やその他の南西地方の部族のカチナの衣装であろう。

カチナとは、ホピ族が最初に地下から現れた時に儀式や習慣を教えてもらった神聖な祖先の

精霊たちである。カチナは何百もいるが、それぞれが一目ですぐに見分けられる独特な様式化

された特徴を持っている。カチナにはいくつもの自然界を象徴する要素が含まれている。彼らは

動物の精霊と植物の精霊の両方を体現しており、それと同時に、空や太陽、天候、戦い、怪物、

聖なる道化など多くのものを表している。彼らは精霊の世界を象徴しているので、その姿は写実

的である必要はない。例えば、あるカチナの髪は小麦や羽根、あるいは花でできているかもしれ

ないし、場合によっては、雨が降る様子を暗示するためにそれが切られることもあるだろう。顔

は、虹であったり、動物の鼻であったり、縞や図案の組み合わせだったりする。さらにカチナは、

例えば特定の動物の毛皮や、特徴ある模様の毛布、武器、楽器、植物といった、はっきり目安

になる特別な品を持っていたり、身につけていたりする。ホピ族の人々は、カチナの衣装と仮面

をつけた踊り手には、そのカチナの精霊が宿ると信じている。カチナの踊り手を通じて、部族の

人々の祈りは宇宙の高き存在の力により速く届くのだ。



目次

序文

1 序論 聖なる道

アメリカ先住民の宗教の歴史

他の宗教との比較

基本概念

アメリカ先住民の宗教の起源

今日のアメリカ先住民

聖なる道は一つ


2 精霊の世界と聖なる道

偉大なる精霊

創造主

精霊の世界

天空の精霊

動物の精霊

植物の精霊

聖なるタバコ

場所の精霊

精霊の世界との対話

聖なる品々

シャーマン

シャーマンになるには

守護精霊

精霊の世界と共に生きる


3 世界の創造 口承の伝統

世界の始まり

イロコイ族の「空の女」

「空の女」の双子

ナヴァホ族の最初の人々と「変化する女」

最初の男による「変化する女」の発見

マイドゥー族の「大地の創造者」

トリックスターの物語

北西部沿岸地方の大カラス

どのように様々なものが存在するようになったか

ラコタ族の聖なるパイプ

口承伝承の多様性


4 アメリカ先住民の祭式と儀式

仮面と衣装

動物の踊り

カチナ

聖なる音楽

蒸し風呂の儀式

世界の再生

太陽の踊り

トウモロコシの踊り

聖なる道化

儀式の暦

アメリカ先住民の生活における儀式と祈り


5 健全さと癒し

病いの原因

シャーマンの役割

癒しの儀式

ラコタ族の癒しの儀式

ナヴァホ族の詠唱の道

メディシン・マンの社会

薬草の贈り物

大地を癒す

先住民の儀式と現代医学

精神を通した癒し


6 生の道

命名の儀式

名前の力

子供時代の儀式

思春期の儀式

結婚

円熟

生の円環


7 アメリカ先住民の宗教とキリスト教

文化の衝突

植民地建設の始まり

伝道活動

南西部での布教活動

ポペとプエブロ・インディアンの反乱

聖ザビエル・デル・バク伝道教会

その他の伝道使節の活動

イロコイ族

キリスト教徒セミノール族

保留地の制度

先住民の宗教の禁止

ジョン・スローカムとインディアン・シェイカー教会

インディアン学校

ゴースト・ダンス

アメリカ先住民教会

ペヨーテの儀式

キリスト教徒と先住民の宗教


8 アメリカ先住民の宗教の現在

アメリカ先住民の宗教と現代社会

時代の変遷

アメリカ先住民と環境保護運動

宗教的自由の獲得

引き続く緊張

聖なる土地

インディアンの祖先への敬意

聖なる品々への保護

アメリカ先住民の宗教の課題


訳者あとがき

参考文献

用語解説

索引








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