「アメリカ・インディアンの世界 生活と知恵」

マーガレット・フイート著 スチュアート・ヘンリ監修

熊崎保訳 雄山閣 より





この文献は1967年に出版されたもので、グレート・ベイスンに住むパイユート族の生活

技術、白人入植以前の「伝統」時代の暮らし方を記録に留めたものである。そこにはマツ

の実の収穫、カモ猟のおとりの製作、毛皮のなめし方、繊維質で作る道具、ヤナギの枝

を使った細工、家の作り方、ガマとトゥーリで作る小舟など、野外で暮らす巧みな技術が

パイユート族の古老の写真などを通して詳しく紹介されており、大自然と調和して生きる

彼らの姿が浮かび上がってくる。

(K.K)





本書より引用。


筆者は文化人類学者としての正式な教育を受けた学者ではなかったため、当時は民族誌の

作成についての訓練や経験とは無縁の人間でした。能力という意味で、自分が民族誌の作成

誌の作成者として適格ではないことは、百も承知でした。しかし、当時のネバダ州は、民族調

査に精通した学者がいた状態ではなかったのです。「伝統」的な生活を覚えているパイユート

の老人が、一人また一人とこの世から去ってゆくのを、悲しく、残念な気持ちで見守っていた

筆者は、あえて自らの手で、消えゆく「伝統」の記録保存に踏みきったわけです。1949年の

ことでした。筆者はさっそく、ロジャー・モリソン博士から針金磁気録音機を拝借し、ネバダ州

立博物館からは、カメラと調査費用を提供していただきました。そして、一人でも多くのパイユ

ートの老人たちに会って、話をそのまま録音し、「伝統」的な食料や道具の材料を探し、作り、

使って暮らす姿を、片っ端からカメラに収めました。とにかく記録に残しておけば、いつかは

専門家の手によって、筆者のつたない解釈よりも優れた成果があがるかもしれない。その可

能性に望みを託しました。筆者は最初に、20名以上にものぼる多くのパイユートの方々に、

心からお礼を申し上げます。筆者の求めに応じて、話を聞かせてくださり、「伝統」的な生活

技術を実演しながら、詳しく説明してくださった皆様です。無報酬にもかかわらず、時には同じ

ことについて何度も質問する筆者に対し、いやな顔ひとつせず、気長に、貴重な時間を割い

てくれました。実際のところ、パイユートの老人たちも、自分たちしか覚えていない「伝統」を、

自らの子孫と「白人」の人びとの両方に伝えておきたいと願っていました。そのため、筆者の

記録調査に対して、単に協力するというよりも、むしろ積極的に参加してくれました。



マツの実に捧げるお祈りの踊りは、日が沈むとすぐに始まり、夜通しで続けられた。パイユートは

互いに肩を組み、マツの木を囲んでぎっしりと輪を作った。そして、「歌をたくさん知っているおじ

さん」が歌いはじめると、パイユートはすり足で、ゆっくりと左回りに動きはじめた。歌の中には、

だれもが歌ってよいものと、個人の専用のものがあった。個人の歌は、その人が夢の中で授け

られたものであった。ただし、本人がその歌をいったん歌いだせば、誰でも一緒に口ずさんで構

わなかった。歌と踊りには偉大な力が宿っていると信じられており、パイユートにとってはお祈り

の1つであった。踊りをすれば雨が降って、マツの実が枯れないと信じられていた。踊りの輪が

ゆっくりと時計回りに動く間、水の入ったかごを持った老女が、踊りの輪の外側を逆回りに歩い

た。老女はセージの小枝で地面に水を撒き、雨が降って実がたくさんなるように祈った。セージ

の小枝は雨を降らせる力を持つと信じられていたため、老女は崇敬の思いを念じながら選んだ

ものであった。この時に使うセージの枝は、株から出たばかりの新しいもので、小さな緑色の花

が羽飾りのようについていた。お祈りの時のセージの使い方の例を、ウジーは次のように話して

くれた。「頭の具合が悪い時、気分がすぐれない時には、太陽に向かって祈りなさい。“助けて!”

と。その時私たちはセージを使う。セージの枝を水に浸して振りまわす。水ならば、どんなもので

もよい。水にぬれても服は着たままで、ひたすら太陽に向かって祈る。朝早く、時には昼間も祈

る。5日間続けてのお祈りを成しとげたら、セージの枝を薮の中に突きさす。セージの枝は枯れ

てしまうが、動かしてはならない。私は毎朝、祖母が太陽に祈る声を聞いた。太陽が沈むと、寒

い所に病気がやってくる。朝になって陽が昇ると、大地は再び清められて、病魔はもう現われな

くなる。私には、その昔太陽は人間であったように思える。そして、太陽が皆に祈るように伝えた

様子が、私には想像できるのです。」 マツの実の踊りの老女は、今度はマツの実の入ったかご

を持ってきて、踊りの輪の周りを歩きながら実を地面に播いた。大地から何かをとった時には、

必ず何かかわりの物を返さなければならない、そう信じられていたからであった。たとえば植物

の根を掘りだした場合には、お返しに棒切れ、ビーズ玉、石などをおいていった。「白人」が来た

後は、布切れやピン(留め針)を大地への贈り物にした。供え物を持ちさる人はいなかった。供

え物は代価として支払われたものなので、持ちされば盗んだことになった。真夜中になると、老

女はマツの実を配った。踊っていた人びとは、手のひらを広げて少しずつ受けとり、それを食べ

て休憩した。その後、単調なダンスが再開し、日が昇るまで延々と続いた。


 


目次

監修のことば アメリカ・インディアンに関するミニ知識

原著 まえがき

はじめに


1 大昔の人びとと母なる大地

グレイト・ベイスン

マス食い集団 クウィウィ食い集団 ガマ食い集団

年間の生活サイクル

春が再びやってきた時

夏の収穫

秋の訪れとマツの実の収穫

雪が舞い始める前に

冬支度

ひたすら太陽を待ちわびる冬の日々


2 「白人」の到来

生活が大きく変化した、最近の100年間

昔ながらの暮らし方を知っている賢い人たち

ウジー・ジョージの「伝統」的な知識

ストーブ・パイプの妻マティー、孫のウジーに「伝統」的な知識を授けた人

マティーの歩いた道を再びたどって


3 「伝統」時代のさまざまな生活技術

マツの実の収穫

ガマとトゥーリの小舟

カモ猟のおとりの製作

草で作った紐や網

魚獲りと話

鏃と落とし罠

石鏃

落とし罠

ウサギの毛皮、シカのなめし皮、樹皮

ウサギの毛皮の毛布

皮なめし

植物繊維の織物

柔らかい繊維質で作った道具

トゥーリのかご

スプーン

おもちゃのかご板

草の根で作ったブラシ

ヤナギの枝を使った細工

かご板

新生児用のかご板の製作

成長した乳幼児のかご板の製作

家を建てる

ガマで葺いた家

草葺の家


参考文献








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