「トラッカー」

インディアンの聖なるサバイバル術

トム・ブラウン・ジュニア著 斎藤宗美訳 徳間書店 より引用


アチレア自然&サバイバルスクール


訳者あとがき の頁より引用



自らの生涯を、あるべき未来を築くため、そして平和の道具として貫きとおした

グランドファザー。精霊の啓示により63年間放浪し、あらゆる部族から学び続

けたグランドファザーが、その最後の時間をかけて7歳の著者に古来の道を

10年にわたり教えていく。本書はサバイバルやトラッキングという技術を通し

て、大自然の精霊との交わりや、多くの生き物と調和した生き方を魂に刻んで

いく著者の心の軌跡を記した自叙伝である。その後、行方不明者の探索で

有名になった著者は全米最大のサバイバル学校を設立し、グランドファザー

が託した願いを次の世代へと引き継いでいく。生涯をかけて大地との絆・真理

を探求してきた偉大なグランドファザーの息吹が、多くの人々の心に流れ続け

ますように。そしてどのような世界が待ちうけようとも、古来の道があるべき世

界・未来の扉を指し示すことができますようにと願わずにはいられません。尚、

本書を訳された斎藤宗美さんは「アチレア自然&サバイバルスクール」を主宰

されています。

2001年2月8日 (K.K)





本書より引用


その殺害現場からピックアップトラックの跡が道路のほうに向かっていたので、私は迷うこと

なく車の跡を追った。タイヤの跡が急に方向を変えて再び森に入るまでの距離は記憶にな

いが、次に車が止まった場所に自分が何を見つけるかを想定して、心の準備をしたことは

憶えている。再び車が森に入っていったということは、血の海になった場所がまだ他にもあ

るかもしれないということなのだ。しかし、密猟者はきっともう収穫できなかったに違いない

と信じようとした。だが、二番目の場所はさらに悲惨な状況であった。六匹のシカは半分に

切断されたようで、残っていたのは前足を肩から切り落とされた上半身だった。私は正視

することができなかった。自分でシカの内臓を取り出し、肉を解体したことはあった。しか

し、それは必要なことだったのだ。そして、私に肉を与えてくれたシカの長い間鍛えられ

たその体の複雑な仕組みは、美しいという言葉が適当でなければ、少なくとも魅力的だっ

たといえる。しかし、密猟行為には、周辺の木や草に血を飛び散らすというサディスティック

な喜びと残忍性があった。シカの下半身が横たわっていたトラックの荷台から流れ落ちた

血が、大きな黒い水たまりとなって、砂の中へと染み込んでいた。背中の部分を見れば、

電動ノコギリを使って切断したことがわかった。辺りには血が飛び散り、毛も抜け落ちて

いた。どこを見ても、密猟者の足跡は、切り落としたり骨を折ったりするために回転して

いた。剥がされた腱が靴紐のように垂れていた。血管の先は凝縮して固まっていた。厚

くて使い道のない皮は地面に無造作に置かれていた。私は胸が悪くなり目をそらした。

そして、さらにタイヤの追跡を続けたのである。最終的にトラックを見つけるまでに、密猟

者のグループは別の二ヶ所で、死体を広いところまで引きずってきて切断していた。最後

の場所に残された血は、まだ新しかった。私は邪道な露のように草の葉から垂れている

血の滴に触ってみた。べたべたして不潔な感じで、そんなものを見た自分がひどく汚れ

た気がした。私は最後のシカの死体を正視することができなかった。急いでいたのか、

さらに残忍な方法で殺されていた。密猟者たちはトランプゲームとビールが待ちきれず

に急いでいたに違いない。その中に妊娠中の雌のシカが含まれていたが、胎児は木に

投げつけられていた。よろよろしながら最後の殺害現場を後にすると、肉の重みでほ

んの少し深くなったトラックのタイヤの跡を辿っていった。命を失って固くなったひどい

姿のシカの体は、丸太のように荷台に投げ込まれたのだ。あれほど機敏で流れるよ

うに走る優美な生き物を、なぜそんなに簡単に腐肉にすることができるのだろうか。

密猟者の隠れ家がどこであるか、見当はついていた。五百メートルほど先に、古い

シンダーブロックでできた駅の小屋があった。それはもうずっと昔に、石灰殻から作

られた時代遅れのブロックで建てられた小屋だった。風によってブロックも今にも崩

れ落ちそうな薄い板で、長い年月の間に乾いてぼろぼろ崩れていた。誰かに見つ

かっても逃げる時間を稼ぐために、車は少し離れたところに止められていた。私は

窓のない小屋の裏側にやってきたが、ブロックの細い裂け目や隙間から中のようす

を見ることができた。一つしかない正面の入口に向かって小屋のまわりを進んだが、

小屋の近くに、散った皮と血に気づいて止まった。誰かが戯れに近距離から銃でリス

を撃ったのだ。そばの大きな松の木には、ナイフを何度も投げては引き抜いた跡が

残っていた。その奥に最後に捕らえられたシカが、血が流れるようにと蹄にロープ

をかけて吊るされていた。シカの体がゆっくり回り、その目が私に視線を据えると、

それはふつうのシカではないような気がしてきた。グッド・メディスン・キャビンの近く

に飛び跳ねながらやってきて、リックと私にすばらしい贈り物をくれたシカではない

かと思ったのだ。私は自分自身を恥じて、壁に顔を伏せて泣き出した。もし、しっ

かりと注意を払っていたら、もし自然の流れから自分を引き離すようなことをしな

ければ、私は森の異変に気づいていたはずなのだ。もし自分の悲しみによって

まわりが見えなくなっていなければ、密猟者が通ったことを知らせるサインを見つ

けたに違いない。自分の才能をただ腐らせていただけなのだ。自分の不運を憂

いて、森や動物たちに対する義務を怠ったのだ。グッド・メディスンのシカが蹄か

ら吊るされてしまったのだ。私の愚かさのせいで血を流し、私の無感動な態度が

シカを死に至らしめたのだ。動物たちが殺されたことや、リックやストーキング・

ウルフがいなくなってしまったことや、グッド・メディスンのシカが切り刻まれてバッ

クに詰められることが、みんな一度に押し寄せて、私は泣きじゃくった。思い切り

泣いてしまうと、悲しみが消えた空間に怒りが入り込んできた。自分がそのとき、

いったいどんなことをしたのか、正確に思い出すまでに何年もかかった。今でも

まるで誰か別の人がやっているのを離れて見ていたかのように、はっきりとは思

い出せないのだ。しかし、こみ上げてきた激しい怒りは自分だけのものではなかっ

た。森の守護者である野犬がかみつくのと同じように、復讐は自分自身のために

あったのではない。大きな力が体の中に湧いてくるのを感じた。目の前の壁をぶ

ち抜いたのは、私の力ではなかったはずだ。あるいは、衝撃が一番加わる正確

な地点に体中の力を集中させることができるようになるまで、長年にわたって何

千回となく繰り返されたキックやパンチの訓練によって、そのような力を引き出し

たのでもなかった。こぶしを固め、息を呑むと、恐ろしい容赦のない力が私の中

に満ちあふれ、まるで怪我をして怒り狂った動物の悲鳴のような叫び声を上げな

がら、私は体をひねった。太ももの筋肉が一つにまとまって真っ直ぐ伸び、私の

踵は崩れた壁を激しく蹴った。二回目のキックで、巨大なドアが倒れるように、

人間と同じ大きさほどの壁の一部が内側に向かって崩れ落ちた。穴からいった

い何が飛んでくるのかと、四人の密猟者が口をあけたまま動けなくなっている

間に、私は小屋の角を曲がり正面の入口へ向かった。


 


トム・ブラウン・ジュニア


トム・ブラウン・ジュニア

7歳の時にアパッチ族の古老ストーキング・ウルフ(グランドファーザー)と出会い、10年間

サバイバルやトラッキングやアウェアネスの技術を学ぶ。さらに10年間アメリカ国内を放浪

し、原野の中で生き延びる技術を磨く。27歳の時に、行方不明者のトラッキングを依頼さ

れ、見事に捜し出したことから名前が知られるようになる。1978年に、彼の経験を綴った

「トラッカー」が出版され、トラッカー・スクールが設立された。それ以来、全米で最も大きな

サバイバルの学校として、世界中から集まってくる人々に自然と共に生きる道を教え続け

ている。著書に「グランドファザー」(邦訳・徳間書店)「ビジョン」「スカウトの道」などがある。


ストーキング・ウルフ(グランドファザー)

リパン・アパッチ族に生まれ、白人の抑圧を逃れて古来の道で育てられる。幼い頃から

ヒーラーやスカウトとして卓越した能力を発揮した彼は、偉大なる精霊の啓示に従って

20歳のときに一族を離れ、その後63年間アメリカ大陸を放浪する。その間にあらゆる

部族に学び、普遍的な技術や哲学を見出した。最後に幼いトム・ブラウンと出会い、彼

の時間をかけ、トムにサバイバルやトラッキングの技術を教えた。


サバイバルの技術

ネイティブ・アメリカンのいうサバイバル(Survival)とは、自然と戦って生き延びるので

はなく、自然と調和し、自然の恵みを受けて生きるということです。決して、自己を苦しめ

たり、自然を傷つけたりするものではありません。生きていくための方法を見出し、大地

と自分とのつながりを発見し感謝するプロセスなのです。サバイバルの基本は、まず、

寒さや雨などから身体を守るシェルター、水の確保、火、そして食物の順になります。

この基本にそって、生きるために必要な技術はすべてサバイバルの技術になります。

原始的な火おこし、調理、石器作り、バスケット作り、野草の知識などが含まれます。


トラッキングの技術

トラッキング(Tracking)というのは動物や人間の足跡を追うことで、その地域の自然

や環境を観察するために使われます。著者トム・ブラウンが教えを受けたストーキング・

ウルフはアパッチ族のスカウトで、プレッシャー・リリースと呼ばれる特有のトラッキング

の技術を持っていました。足跡が地面を離れたときにかかった圧力で、動物や人間が

そのときにどんな動作をしていたかを読み取ることができます。単に残された足跡から

生き物の軌跡を辿るだけでなく、雨や風などの自然現象によって変化する足跡を辿っ

て、何日か前に通ったかも読み取ることが可能です。また、体格、性別、利き腕、健康

状態、そして感情までも知ることが出来るのです。著者は、大地についた足跡を「自然

が残した日記・歴史書」と呼びます。


アウェアネスの技術

アウェアネス(Awareness)とは「気づく」ということですが、自然を深く認識し、鋭く

意識・知覚する能力を指します。これはトラッキングにおいても切り離すことができな

い重要な技術です。アウェアネスの技術は、1・瞑想を取り入れ心の平静を保つ、

2・五感を完全に使う、3・視点を一点に留めず変化に富む視覚を持つ、4・ワイド・

アングル・ヴィジョン(両手を横に広げて手をふったときに両手が視覚に入る状態)

で生活する、5・動物や人間の死角を利用する、6・マンネリ化を防ぐ、7・集中した

聴覚を磨く、の七つの基本的な要素からなっています。


哲学の技術

ネイティブ・アメリカンの哲学は、父である「偉大なる精霊」と母なる大地から成り

立っています。万物は偉大な精霊によって生み出され、それ自体も生きている大地

(自然)が育てます。そのため、彼らには常に二つの世界が存在します。体で体験

する世界と精霊の世界です。例えば、ヒーリングには二つの方法があります。一つ

は薬草を使った治療で、もう一つは祈祷や精霊を呼び込んだ癒しの技術です。ま

た、トラッキングの技術も、瞑想を通して動物を追うということもあります。哲学の

技術はこうした精霊の世界でのレベルを指します。そして、ネイティブ・アメリカン

は、サバイバルのように身体を使った技術と精霊の世界で行われる技術が両方

揃って完璧なものになると信じています。


 


目次

序文

ネイティブ・アメリカンの世界(用語解説)

第1章 最後の足跡

第2章 ネズミに聞け

第3章 グッド・メディスン・キャビン

第4章 泥沼

第5章 寒い訓練

第6章 夜を這う

第7章 ドッグ・ツリー

第8章 前兆

第9章 アメリカコガラのサバイバル

第10章 ジャージー・デビル

第11章 インヴィジブル・ウオーキング

第12章 本当に迷うということ

第13章 捕食者

第14章 霜解け

第15章 世界の終わり

第16章 森の守護者

第17章 ヘンリー・ディビッド・ソーローな夏

第18章 職人

第19章 クマへ平手打ち

第20章 イヌのならず者

第21章 捜索

訳者あとがき








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