「ズニ族の謎」
ナンシー・Y・デーヴィス著 吉田禎吾&白川琢磨訳 ちくま学芸文庫 より引用
本書 解説 吉田禎吾 より引用
遥かアジア人(モンゴロイド)が、ベーリング海峡が陸続きであった頃に北アジアから アメリカ大陸に移動して行き、やがて南アメリカまで広がったと言われている。この 人々がアメリカ大陸先住民の先祖であるという説は、学者の定説であり、常識になっ ている。海面の上昇に伴いベーリング海峡が出来て以後、コロンブスが新大陸を発 見するまでの期間にアジア人が太平洋を渡ってアメリカに達した可能性は一般に否 定されてきた。ところが、日本人が13世紀(鎌倉時代)に太平洋を渡ってアメリカ大 陸に到達し、やがてズニ族の村に住み着いたのではないかという、驚くべき説を 様々な角度から検証しようとしたのが本書である。そこに明確な証拠があるわけで はないが、といってこれはいい加減な大衆的な娯楽書ではない。著者ナンシー・デ ーヴィス博士は、本書でアメリカ南西部先住民(ズニ族)に関する考古学、先史学、 形質人類学、言語学、文化人類学などの諸分野の研究成果を丹念に検討し、それ を日本のデータと比較して日本人渡米論を唱えたのである。これは当然前述の定 説に対する挑戦である。疑問点はいくつかあるが、この新説を真剣に検討吟味す る価値があるように思われる。(中略)
要するに本書はいくつもの研究領域にわたる夥しい数に昇る文献を丹念に検討し、 日本人が750年も前に太平洋を渡りズニ族の村に合流したのではないかという仮説 を提示した。そこに直接の証拠があるわけではなく、推測に推測を重ねている。にも 拘わらず、本書の随所でさらなる研究を促す意欲が与えられる。内容は全編を通じ て、推理小説を読むようにわくわくさせるプロセスをたどる。ズニ語の「日本語的解 釈」に納得できない点、疑問点が多いが、デーヴィスの仮説は13世紀に大きな変化 がズニ社会に起きた考古学的データ、その頃の交易路の存在、日本人との形質的な 類似、言語や文化の類似、アメリカ西海岸の遺跡、海流に関するデータなど明確な 研究成果に基づいており、単なる思い付きの意見ではない。ただ、それらの材料は すべて「状況証拠」に過ぎず、著者自らが認めているように、この仮説の検証はDNA 鑑定を含む今後の研究にまたねばならない。デーヴィスが本書の最終ページで、こ こに述べた論議はすべて結論を示すものではなく、示唆を与えるものであると記して いる通りである。本書はズニ族の身体、言語、文化が他のアメリカ先住民のそれと 極めて違うのは何故かという問いを解くために、日本人が13世紀に太平洋を横断 してアメリカに達しズニ族に融合したという仮説を様々な分野から検討したのであ る。たしかにいくつもの解決すべき問題点が残るが、著者の文献の渉猟における 筆の運びには心をひきつけるものがある。この斬新な仮説が正しいか否かの判断 は将来の研究に委ねなければならないが、こうしてわれわれも、鎌倉、室町時代に 30人程度の日本人によって果たされたかも知れない、ズニ地域に至るまでの想像 を絶する過酷な旅に新たな想いを馳せるのである。
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目次 日本版への序文 謝辞 序文 原始の時代・・・・アーシウィ(シウィ・エドマンド・ラッド) まえがき 序論 第一章 プエブロの展望 第二章 宇宙の中心を目指す 第三章 砂漠を越えて 第四章 太平洋岸と潮流 第五章 船と浅瀬 第六章 歯と骨、血液と疾病 第七章 言葉と流浪者 第八章 親族とカチナ・・・・社会混入者の文化保存 第九章 コスモロジーと宗教・・・・コッコとカミ 第十章 「菊と刀」再訪 結語 イティワンナ・・・・宇宙の中心
解説(吉田禎吾) 訳者あとがき(吉田禎吾) 参考文献 牽引
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