「アメリカ先住民ウエスタン・ショショニの歴史」

スティーブン・J・クラム著 斎藤省三訳 明石書店 より引用










大盆地方に住むウエスタン・ショショニの人々の歴史について書いたこの本は、

14年にわたる研究調査の成果である。研究調査は私がユタ大学の歴史学を専

攻していた学生であった1978年に始められたものである。私の博士論文はニュー

ディール政策の大盆地方ショショニに及ぼす影響についてのものであったが、

当時から私自身が属する部族に強い関心を持っていた。1983年にその博士論

文を完成させると、すぐに私の頭の中ではウエスタン・ショショニについての全体

的な歴史を書いてみよう、という思いが起こり、その後消えることはなかった。

この研究はそういう私の思いの到達点である。(中略) この研究で私の取った

方法は歴史学的なものであるが、ある程度は民族史的なものである。民族史

は人類学と歴史学を結びつけ、その結果出てくるものが文化史となる。ショショ

ニ史の文化的側面を強調するために、私は人類学的な史料を利用し、またショ

ショニの人々にも面接し、取材した。私はまた昔から伝わる史料を利用した。

特に、国立公文書館とその地方分館に保存されている内務省インディアン問題

対策局(BIA)の未発表の通信文書類を利用した。私の研究は年代順に進んで

いるが、大部分の章はいくつかの節に分かれ、特定の年代、テーマ、話題を扱っ

ている。私の研究の多くはその重点を連邦政府がウエスタン・ショショニの人々を

どのように扱ったか、また19世紀中盤から現代に至る間、ウエスタン・ショショニ

と圧倒的なアメリカの白人文化とがどのようにかかわっていたか、に置いている。

ちょっと見たところではこの方法論は古めかしく思われるかもしれない。インディアン

政策を主に扱うからである。しかし、私の研究は従来のものとは二つの点で異なっ

ている。それというのも以前の研究は1990年よりはるか前の時期までしか扱っ

ていないからである。第二には、私の研究はいわば「草の根」の研究である。連邦

政府の政策に対するショショニの人々の反応を視野に入れているからだ。私の研究

はその土地に住むインディアンの視点から見たもので、従来発表された研究の裏

返しとも言えるだろう。

(本書 まえがき より引用)





アメリカ・インディアン全体にわたっての歴史書は邦語の著書や翻訳書が存在する

が、あの広いアメリカ全土を対象にしているために、細かいことに触れることには無理

がある。その点、本書はほぼ一つの州を生活圏にしている部族だけを取り上げて、その

歴史を記述しているので、アメリカ・インディアンが受けた試練、経験がリアルに理解でき

るのではなかろうか。本書の存在理由もそのへんにあるように思われる。原著には膨大

な注がついている。本来であれば、その注もここに訳出すべきであろうが、その大部分

は出典を明らかにするための文献集である。その文献は日本ではまず入手不可能なも

のばかりである。原著者の了解を得て、この訳書では割愛させていただいた。


著者について一言触れておきたい。本書の記述にもあるように、アメリカ・インディアンと

してはきわめて数少ない大学卒業者であり、かつ大学院卒業者である。現在はカリフォ

ルニハ州立大学デービス校の歴史学教授である。(中略) インディアンの目を通したアメ

リカの歴史、言い換えれば、支配者の歴史ではない。本当の意味での庶民の歴史、底

辺から見た歴史を構築したい、というのが著者の執筆の目的となっているようだ。そのよ

うな歴史こそが本物の歴史である。本物の歴史こそが歴史の法則をとらえることができ

る、法則をとらえてこそ学問となる、と著者は考えているようである。余談になるが、私

の家に、今、中国の東北部出身の留学生がホームステイしている。ある国立大学の大

学院で日本の満州開拓を研究している。ソ連参戦から残留孤児までの「悲劇」を日本側

資料だけで研究しても、満州開拓の本質は理解できない。土地を奪われた中国の農民

の視点に立っての研究で初めてことの本質がわかるのではないだろうか。広大な大地

が手つかずに存在していたわけではない。アメリカにおいても手つかずの大地が横た

わっていたわけではない。歴史をひもとくものの注意すべきことであろう。


翻訳についての注からは少し離れるが、アメリカ・インディアンについて若干補足して

おきたいと思うことがあるので、紙面を割く。それはアメリカにおける人種差別の問題

である。黒人が受けた差別とインディアンが受けた差別の違いについてである。そも

そも黒人は労働力としてアフリカから連れてこられたことはご存じの通りであるが、労

働力である限りは、彼らに生きていてもらわなくてはならない。死んでは労働力にな

らないからである。ところが、インディアンについては事情は全く異なる。白人はイン

ディアンとどのようにかかわったか。インディアンの利用している「土地」が欲しかった

のである。他の地へ(西の方へ、であるが)強制移住させる余地がある間はまだよい

が、「西の方」の土地がなくなってしまうとどうなったか、インディアンが今現在立って

いる足の下にあるその土地を白人は欲しがったのである。インディアンにどいてもら

うしかない、しかし、もう、どこにもどく場所がない。死んでもらうしかないのである。

「良いインディアンとは死んだインディアンである」とはよく言ったものだ。ここが黒人

の受けた試練とインディアンが受けた試練との本質的な違いである。人種差別と

一口で言われることがらの中身はこれだけ異なっているのである。私はかつてカリ

フォルニア北部の陸軍駐屯地の戦闘日誌を読んだことがある。文字通り毎日、毎日、

数十名のインディアンを見つけ次第射撃し、射殺者○○名、間違いない負傷者○○

名と、その「戦果」を戦闘日誌に記している。合衆国政府によるインディアンに対する

「謝罪」と「補償」はいつのことになるのであろうか。その時まで差別は続くのであろ

うか。なお巻末にインディアン史に関係する法律用語の一覧表と年表を載せた。

読者の便宜のためである。

2001年1月 斉藤省三

(本書 訳者あとがき より引用)



目次

まえがき


第一章 伝統的な生活様式

第二章 戦争と順応・・・・ウエスタン・ショショニとアメリカ人

第三章 ウエスタン・ショショニ保留地(ダック・バレー)

第四章 保留地外のショショニ

第五章 ウエスタン・ショショニとニューディール政策

第六章 ニューディール政策から終結政策まで

第七章 ウエスタン・ショショニの現代史

終章


訳者あとがき

アメリカ史・インディアン関係史年表概略

事項解説

索引







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アメリカ・インディアン(アメリカ先住民)

天空の果実

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