「エスキモーの民話」

ハワート・ノーマン編 松田幸雄訳 青土社 より引用









(本書 はじめに ハワード・ノーマン より引用)


北極圏および亜北極圏たちは、その無数の文化の中心につねに民話をもっていた。

本書は、わずか百十六の物語を採録したにすぎないが、その範囲は、地理的な起源

からみると、日本の北海道からはじまり、シベリアを抜け、グリーンランドに渡って、カ

ナダを横切り、ベーリング海のアリューシャン列島までおよんでいる。大地とそこに住

んだ太古の人びとがつねに変転を続けていた「深い時間」、すなわち「溯った時間」

と、比較的新しい過去の出来事とを描いて、北方民話は、人間と動物たちの語り口

をそのまま伝え、風景---大針葉樹林帯、ツンドラ、山々、平原、北方樹林、ジグザ

グの海岸線、海---の様子を語る。北方の世界がここに表されているとはいうもの

の、村々に伝わる民話の驚くべき内容の豊かさと多様さは、どんな本のページを

もってしてもとうてい伝えることができない。いかにも語族が入り組んでいるので、

少なくとも一つの物語が三十五の異なった部族から集められている。しかし、一部

のエスキモーやインディアンの人たちは、それに該当しない。十八および十九ペー

ジの部族の領域は、少なくとも彼らの分布状況を示すだろう。本書の原副題は、

「エスキモーとインディアンの民話」であるけれども、実際には広い世界の土着の

人たちを含むことを意味し、その人たちは、永い冬を狩猟と漁労で暮らした。あるい

は現に暮らしている人たち、また、つねに祖先の神聖な「部族」信仰に基づいて

自分たちの文化をおおいに明示してきた人たちである。それゆえ、シベリアの土着

民---ユカギール、チュクチー、その他---は、北海道と樺太の狩猟採集民族であ

るアイヌと、同じページに描かれている。アイヌは人間と自然との関係のシステム

を高度に儀式化したが、そのなかには、しばしば種族間のコミュニケーションを特徴

とする口承文学が含まれている。各章の導入部は、一般に、文化的特徴---村の

生活、起源、トリックスター、動物、シャーマン、見慣れぬ恐ろしい生物、狩猟、、

結婚---を明らかにし、物語のもつ楽しさをあらかじめ知らせておくためのもので

ある。さらに、各章は他の章にも重なることによって、神秘的なリアリティを映す

役割をする。読者は発見するだろう---例えば、動物はすべての章の物語の中心

であることを。また結婚は恐ろしい隣人を配した場所で行われるし、氷で作られた

心臓をもつ食人のウィンディゴはシャーマンを中心に扱った部分で浮き彫りになっ

て現れる、等々を。ある基本的な考え方によって、すべての物語は継続性をもつ。

すなわち、目に見える世界は人を欺くこともあり、ある実在は気紛れに形を変える

ことができる。また生きるための天与の贈り物(鳥、哺乳動物、魚)次第で、生活

環境は、ある年は致命的に欠乏状態になり、翌年はとても豊富になるかもしれな

い。本当に力をもっているものは、大地や海や大気の精霊なのだ。糞便のこと、

淫らなこと、祝い事、悲しみ事、暴力的なこと、美しいこと、何であろうと---また、

それらが一度に生じても---、北方民話は、その聖なる生活の面で読者を啓発す

る。物語が自然な形で進むときは、無理な結論を得ようとはしない。物語は、生き

生きとして再演される。世界を形成し、再形成する。ヘレン・タニザキが言ったよう

に、物語は「逆説による教育」である---歓喜と恐怖、勝利と敗北、饗宴と飢餓が、

時間を通して、最果ての狩りのキャンプから村の生活のざわめく中心地まで、北方

の経緯を伝えてきたのである。「物語は、ただ生きているものについて語っている

だけではない」、とマーク・アルバート・ブラックフィッシュは言った。「物語が、生き

ている事物なのだ」。西欧人の考えからすれば、物語がいかに話の進行中に脱線

していくように見えようと、あるいは筋書きが非論理的であるように見えようと、北

方民族の特質は、その広大な感情の広がりのなかに見出されるべきである。物語

がどのように部族生活の深遠な刻々を時間を追って記録していくか、何度も何度

も、物語がどのようにきまったやり方でさまざまな幻想を統合していくことができ、

しばしば奇異だがいつも賛嘆させられるリアリティを提供するか、それらの方法の

なかに見出されるべきである。「われわれの物語は、人間の経験を述べるもので

ある」と、北極エスキモーのオサーカックは言った。「だから、物語は、いつも美し

いものを語っているとはかぎらない。しかし、われわれは、聴く者を喜ばせるため

に物語を潤色しながら、同時に、真実を守ることはできない。言葉は告げられな

ければならないことの反響であり、雰囲気や人間の趣味に合わせて脚色されて

はならないのだ」。


 


目次


はじめに

読者に


第一部 困らされたクランベリー仲間・・・・村の生活の物語 全13話

第二部 梟が羽を拡げて死ぬ理由と、物事の成り立ち 全16話

第三部 際限のない災難、際限のない彷徨い・・・・トリックスターと文化英雄 全23話

第四部 強情なアオカケス・・・・動物の物語 全13話

第五部 月に連れさられる・・・・シャーマンの物語 全12話

第六部 鞭打ちの精霊と十本足の北極熊・・・・見慣れない、脅かす隣人たち 全18話

第七部 ウミスズメが「隠れ上手」を網にかけた日・・・・狩りの物語 全10話

第八部 狼の花嫁、星の夫たち・・・・あらゆる種類の結婚の物語 全12話


出典

参考文献

訳者あとがき








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