「ソングライン」

ブルース・チャトウィン著 芹沢真理子訳 めるくまーる








一見ノンフィクションの観を呈している本書は、ブルース・チャトウィンが長年にわたって

暖めてきた「遊牧民理論」のいわば集大成といえるものだ。彼は1987年に本書を発表し、

その二年後の1989年1月、惜しくもこの世を去った。オーストラリア全土に、先住民アボリ

ジニが放浪生活をしながらたどる、目に見えない歌の道があることを知った主人公ブルー

ス・チャトウィンは、それを自分の目と耳で確かめようと、はるばる英国からこの“さかさま

国”へやってくる。彼は、オーストラリア生まれの“ロシア人”アルカディに導かれるままに、

アボリジニの精神世界のもつ深遠な美しさに触れ、そしていつかこの旅は、彼の生涯の

テーマである「人はなぜ放浪するのか」という問いに光を当てる行為へと繋がっていく。

欧米人がソングラインと呼んだ、このオーストラリア大陸全土にまるで迷路のように延びる

歌の道は、アボリジニにとって、“祖先の足跡”であり、“法の道”だった。アボリジニの何百

という種族には、それぞれに固有のトーテムがある。各トーテムの祖先は“夢の時代”、

つまり神話の時代に、この大陸をさまよい歩きながら、旅の途中に出会うあらゆるもの---

生きものもそうでないものも---の名前を歌に歌い、そしてその歌うという行為によって、

彼らはこの世界を存在せしめ、あるいは創造していった。歌に歌うまで、土地も、土地の

上にあるなにものも、存在することはなかった。彼らは、すべてのものは地面の下で歌に

歌われるのを待っていると考えた。白人の持ち込んだランドクルーザーや鉄道でさえ、地

面の下でじっと眠っていたと考えられていた。種族の子孫たちはそうした自分たちの祖先

の歌を受け継いだ。そして歌を歌いながらソングラインをたどって、彼らの土地を、いまま

でどおりの姿のままに再創造していった。こうした歌はまた、彼らのアイデンティティを、彼

らの属する場所を保証してくれるものだった。おそらくチャトウィンは、こうした概念の美し

さにひどく感動したにちがいない。現実に、彼は目の病がきっかけで、アフリカの砂漠に

旅し、やがて遊牧民に強くひかれるようになる。それ以降、彼は遊牧民や移民や亡命者

を追って、アフリカ、アフガニスタン、パタゴニアと、それこそ世界じゅうをさすらった。本書

のなかで彼は問う。なぜ人は放浪するのか。なぜ所有を嫌うのか。なぜ故国を捨てるの

か。あるいはまた、人はなぜ都市をつくり、定住するのか。なぜピラミッドのような巨大建

築物をつくるのか。なぜ戦争をするのか。彼は多くの遊牧民族、多くの人々を見た。古今

の膨大な書物を読みあさった。人類発生の現場、アフリカのサバンナにも行った。そして

最後にこのオーストラリアの奥地を訪れた。白人がやってくる前のオーストラリアでは、

アボリジニの暮らしは放浪のうえに成り立っていた。彼らは家ももたなかった。財産も

もたなかった。生きていくうえで必要なものはすべて、ブッシュのなかにあったからだ。

オーストラリアに来て、彼は長年胸に抱いていた思いを確信する。「われわれの身体

構造は、脳細胞から爪先まで、イバラのやぶや砂漠地帯を周期的に徒歩で移動する

生活に合うように、自然淘汰されてでき上がったものなのだ。もしそうなら、もし砂漠が

人類の故郷なら、もし人間の本能が過酷な砂漠で生き抜くために培われたものなら、

われわれが緑なす牧場に飽きてしまうその理由を、所有がわれわれを疲弊させるその

理由を、パスカルが人は快適な寝場所を牢獄と感じると言ったその理由を、容易に理解

することができるだろう」(本文より)

(本書 訳者あとがき より引用)








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