「チベットのシャーマン探検」

永橋和雄著 河出書房新社 より引用






(本書 プロローグ 微光を求めてシャーマンの森へ より引用)


シャーマニズムの定義の次に私の興味を引いたのは、ひとりのシャーマン候補者が

シャーマン誕生にいたるプロセス(成巫過程)での試練についてである。成巫過程に

は、大きく分けて召名と世襲の二つがあるという。召名は、まさにカミに召されたように

突発的に精神違和に陥り、人格転換をとげる巫病を体験し、厳しい修練を経てシャー

マン誕生にいたるプロセスである。世襲は、精神違和や巫病の体験がないにもかか

わらず、シャーマンである親や師匠に弟子入りして、シャーマンとしての能力を獲得し

ていくプロセスである。カミに召されたシャーマン候補者は、突発的な精神違和から始

まる長くて辛い巫病体験の過程で、幾多の神秘的体験ともいえる試練を受けるのだと

いう。その神秘体験の一つが、専門家の言葉を借りると「呪的飛翔」といわれるもの

で、シャーマン候補者の魂が天上界に昇っていったり、地下界へと降りていったりする

異界遍歴というシャーマニックな旅の体験である。もう一つが、「呪的燃焼」といわれる

もので、自らの体内がまるで火炎に包まれ燃え盛っているかのような体験である。こ

れ以外には、自らの体験が動物によってずたずたに引き裂かれ、最後には食い尽くさ

れてしまうという恐ろしい「自己解体」の体験もあるという。また成巫過程における数多

くの夢見の中で、結果的にそれがカミのお告げであったと考えられる「夢告」を体験し

ていることもあるという。このような過程で長期にわたる試練を克服することにより、

人格転換を果たしたシャーマン候補者は、地域の人々に尽くすためのヴィジョンを獲得

するとともに、人智を超えた知識や知恵を授かるのだという。その後は、師について

シャーマンとしての技術を学ぶことになる。その技術とは、求められればいつでもトラ

ンス(忘我状態)に陥ることができる技術に始まり、人の病を癒す治療技術、予言や

託宣のための技術、等々。これらのシャーマン儀礼執行に必要な諸々の技術を、師弟

相承で修練し、霊的存在と直接に交流する技術者としての「シャーマン誕生」にいたる

のだと知った。ついに、地域の「癒し人(ヒーラー)」となったシャーマンがその儀礼執行

において、トランスと呼ばれる変性意識状態で直接行う霊的存在との交流とはいった

いどのようなものなのか。その深層意識における神秘的なまでの体験を、生々しく

傍受してみたいという興味が膨らんでいった。私は、チベットの原野を駆けるであろう

シャーマンを求めて長い旅に出ることにした。その旅は、インド領チベットのラダック、

ザンスカールに始まり、ヒマラヤ南麓の国ブータンそして中国チベット自治区にいたる、

チベット仏教文化圏のほぼ全域を経巡るものとなった。


 


目次

〈プロローグ〉微光を求めてシャーマンの森へ

第一章 シャーマンの世界観・・・・ラダック・ティクセ村

第二章 聖なる着衣・・・・ラダック・サプー村

第三章 悪魔祓いの風土・・・・ラダック・ムルベック村

第四章 もう一つの巫系・・・・チベット・ラサ

第五章 ポン教のシャーマン・・・・ブータン・ジャカル

第六章 巫術の不思議・・・・ラダック・レー

第七章 跳び回るシャーマン・・・・ザンスカール・サラピ村

〈エピローグ〉物語世界からのイメージ








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