「スピリット島の少女 オジブウェー族の一家の物語」

ルイーズ・アードリック作 宮木陽子訳 福音館書店より引用









訳者あとがき 本書より引用

アメリカの開拓時代の一家を描いた名作に、『大きな森の小さな家』シリーズがあり

ますが、ここにまたひとつ、ひとりの少女の目をとおして、同時代の一家を描いたすば

らしい作品が登場したのを、たいへんうれしく思います。『スピリット島の少女」は、「全

米図書賞」のファイナリスト、「親が選ぶ最優秀作品賞」、「パブリッシャーズ・ウィーク

リーの年間最優秀作品賞」、「ジェーン・アダムズ・オーナー賞」など、十三の賞を受賞

した作品です。この物語の主人公、オマーカヤズはアメリカの先住民で、『大きな森

の小さな家』の主人公、ローラと同じく、明るくて活発で、心やさしい少女です。どちら

の作品も、ときには、きびしい自然と戦いながら、またときには、自然の豊かさ、温か

さ、恵みに感謝しながら生きていく人々の姿が、ほんとうにみごとに映しだされていま

す。『大きな森の小さな家』は、著者のローラ・インガルス・ワイルダーが、六十五歳の

ときに少女時代をふりかえって描いた作品です。一方、この物語は著者のルイーズ・

アードリックがお母さんや妹といっしょに、祖先の歴史をたどって描いた作品だといい

ます。時代は1847年、場所は北アメリカ五大湖のひとつ、スペリオル湖にあるモーニ

ングワネーカニングという島です。現在この島はマデリン島といわれています。このあ

たりで暮らす先住民は、オジブウェー族といわれる部族です。以前は、アニシナーベ、

現在はチペワ族ともいわれています。オジブウェー族は、狩りをしたり、魚をとったり、

スペリオル湖周辺に生育する野生の米を収穫して暮らしていました。そのほかに、

オマーカヤズの父親がしていたように、当時、白人との毛皮交易が盛んにおこなわれ

ていました。オマーカヤズの一家には、ローラの一家とひとつだけちがっていることが

あります。自然のきびしさだけでなく、白人との戦いがあったのです。 (中略)


白人の側からこの時代を描いた作品は数多くありますが、この物語は先住民の血を

ひく著者が先住民の視点から描いた、数すくない作品のひとつです。生きとし生ける

すべてに精霊が宿ると信じて、自然や動物を敬いながら生きていく先住民の暮らし、

伝統、文化が、四季おりおりの風物詩をまじえて、みごとにうきぼりにされています。

みなさんはこの本を読んで、どんな感想をもちましたか。わたしたちのいまの暮らし

とはちがうところがいっぱいあるけど、わたしとオマーカヤズはちっともちがわない、と

思った人もいたことでしょう。だからこそ、この本を読んだ多くの人が共感し、感動し、

涙を流すのでしょう。時代が変わっても、国がちがっても、肌の色がちがっても、なに

も変わらないもの、変えてはいけないもの、変えなくてはいけないものが、心に強く

ひびいてくる作品だと思います。二歳にもならないときに、白人のもたらした天然痘

で両親を亡くし、七歳のときにまた、たいせつな人たちを同じ伝染病でなくしたオマー

カヤズ。悲しみのために生きる気力を失ったオマーカヤズ。そんな少女に生きる意欲

をとりもどさせたのも、自分がなにものであるかをみつめなおし、将来進むべき道をみ

つけさせたのも、少女をとりまく人たちの温かい愛でした。でも、なによりもオマーカヤズ

自身が、飢えを体験し、愛する人の死に接して、一年のうちに心も体も大きく成長した

からでしょう。オマーカヤズがカラスのアンデグにたいして、こんなことを思うシーンが

ありますね。「アンデグがアンデグであるように、あたしはあたしであるほかはない。

この肌の色で、この場所で、この時を生きていくしかないと。どんなことをしても、ほか

のだれかになることはできないのです。ほかの人がなにを思っているかを、ほんとう

に知ることもできません。知ることができるのは、自分がなにを思っているかだけです」

大きな苦しみや悲しみをのりこえ、自分というものをしっかりみつめなおして、これから

オマーカヤズはどう成長していくのでしょうか。心も体もひとまわりもふたまわりも大き

くなったオマーカヤズにまた会える日が楽しみです。







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