「インディアン・キラー」

シャーマン・アレクシー著 金原瑞人訳 東京創元社 より引用









1890年12月末、サウス・ダコタのウーンデッド・ニーで騎兵隊によるラコタ族の大虐殺

が行われた。この事件は有名で、「インディアン・キラー」の物語のなかで言及がある

マリー・クロウ・ドッグの「ラコタ・ウーマン」(第三書館)でも詳しく語られている。この

大虐殺の4日後、寒波が去った悲惨な殺戮現場で女の子が奇跡的に生き残っている

のが発見される。赤ん坊は軍規を無視した准将の養子にされ、この娘は、後に司法

長官補佐となった養父によって、インディアンの部族との駆け引きに利用されたり、性

的虐待を受けたことが明らかとなる。成長した彼女ロスト・バードは、自分のルーツを

捜し求める苦悩と困窮の旅をつづけ、29歳で没し、故郷から遠く離れた墓地に葬られ

た。そして運命の大虐殺から百年以上も経過した1991年、虐殺の犠牲者たちの子孫

が、そのロスト・バードの墓を見つけだし、遺骨を故郷ウーンデッド・ニーにある彼女の

の親族が眠る墓地にあらためて埋葬した。彼女の存在は、自分の部族から引き離さ

れ養子にされた何千という子供たちのシンボルになっている。ロスト・バード・シンドロ

ームとはそんな子供たちが背負う癒しがたいトラウマを意味しているといっていいだろ

う。それは確かにジョンに反映されているとぼくも思う。このロスト・バードの物語を踏

まえてみると、アレクシーならではの幻想的な表現を交えてジョンの出生が綴られる

小説の冒頭部分は非常に象徴的である。少女のような若い娘がジョンを産むと、ヘリ

が現われて彼を連れ去り、ヘリに乗った射撃手が機関銃で保留地を掃射し、一瞬の

戦争が巻き起こる。そして赤ん坊は白人の夫婦のもとに届けられる。この冒頭の章に

は「神話」というタイトルが添えられている。「インディアン・キラー」は、悲劇の歴史が

産みだしたトラウマを背負うジョンが、インディアンの現実とギャップがある現代アメリカ

社会のなかでいかなる運命をたどることになるのかを描く作品であるといえる。彼を

取り巻く世界を生きる登場人物たちは、そのギャップゆえにそれぞれに微妙な立場

に立たされている。たとえば、ジョンに洗礼をほどこすダンカン神父。本来なら彼は

ジョンの精神的な支えとならなければならないが、彼自身がインディアンであるとい

うこととキリスト教の聖職者であることから生まれる矛盾を解決できず、姿を消して

しまう。ジョンはその矛盾を引き継ぎ、何度となく神父の幻影を見る。この小説の登

場人物たちの立場を理解するうえで、シアトルという舞台も無視できない。シアトル

はリベラルの拠点であり、ここには先ほど引用したアレクシーのコメントに通じる彼の

視点がはっきり刻み込まれている。「シアトルという都市は200以上の部族を含むる

つぼであり、そこに住んでいる白人たちは自分の体にインディアンの血が流れていれ

ばいいのにと思っている」。その視点は登場人物にも具体化されている。大学でイン

ディアン文学の講義をする白人のマザー教授は、リベラルを象徴する人物だ。彼は

自分がインディアンの味方だと信じているが、それは理想化されたインディアンの味

方であって、カジノ経営といった現実については純粋性が資本主義に汚されるという

批判的な立場をとる。彼はインディアンになりたいのだが、過去にそうなれないことを

思い知らされる事件を体験し、内面では本物のインディアンを憎悪してもいる。インディ

アンの作家を名乗ってミステリーを書く白人の元警官ウィルソンの立場もマザー教授

に近い。彼も書物で理想化されたインディアンの世界に憧れを持つようになり、ニュー

エイジのムーヴメントに乗ってインディアン文化を商品化しようとする出版社と結託す

ることによって、虚構の世界のなかでその憧れを実現している。一方、インディアンの

登場人物の立場も非常に複雑だ。文学の講義でマザー教授と対立する女子大生マリ

ーは、しっかりと伝統を背負い、主張を持ったインディアンのように見えるが、両親が

娘を保留地の外で生きていけることを優先する教育を行なったため、部族の言葉を

話すこともできずふたつの世界の狭間で屈折を内に秘めている。彼女の従兄のレジ

ーは、白人の父親からインディアンを否定的に見るような限りなく洗脳に近い教育を

受け、マザー教授とは対照的に完全な白人になることを望んでいたが、逆の絶望を

味わうことになる。そんな人物が交差する世界のなかで、ジョンは、保留地というルー

ツを持たないアイデンティティの喪失に悩み、現実から遊離していく。そして、インディ

アン・キラーの波紋のなかで、それぞれに自分が正しいことをしていると信じる登場人

物たちの行動が複雑に入り組み、生みだす磁場は、現実から遊離したジョンの存在

を確実に引き寄せていく。本書のタイトル「インディアン・キラー」にはふたつの意味が

ある。白人を殺して頭皮を剥ぎ、フクロウの羽根を残していく殺人者とインディアンを

殺す者だ。(中略) 読者はこのインディアン・キラーが意味するものが反転する瞬間

に衝撃をおぼえ、世界に対する覚醒に導かれることだろう。そこには、長いあいだ虐

げられてきたうえに、以前とは別の図式のなかでインディアンを裏切ろうとするアメリ

カ社会に対する、アレクシーの激しい怒りと深い絶望感が刻み込まれているからだ。

(解説 大場正明 より引用)



目次

第一部 フクロウの踊り

第二部 ハンティング・ウェザー

第三部 最後の訪問


解説 大場正明







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