「熱きアラスカ魂」

シドニー・ハンチントン著 ジム・リアデン編

和田穹男訳 めるくまーる より










シドニー・ハンチントン・・・・1915年、コユーコン族の母と元金鉱掘りの白人の父のもと、

北アラスカ、コユコック川のほとりに生まれる。5歳にして、母の事故死に遭い、熊がさま

よう原野に弟妹と取り残されたのを皮切りに、以後の生涯は波乱と冒険に満ちたものと

なる。少年期より、冬は零下50度の雪原に犬ぞりを駆って狩りをし、夏は大河ユーコン

で鮭を獲った。大地からじかに恵みを得る暮らしの中で、部族の古い習慣、伝統精神を

学ぶ。のち、アラスカ州漁業狩猟局のメンバーとして野生生物の保護管理に当たる。

インディアン子弟の教育にも情熱を注いだ。数々の社会的貢献により、アラスカ大学か

ら名誉博士号を贈られる。


アラスカ・コユーコン族・「長老たちからの贈りもの」を参照されたし







本書は、ヒトが美しくも苛酷な環境で生命をつなぐことの喜びを静かに謳い上げる。その厳しさ

の中で自然に育まれる他の人びとや動物たちへの愛情と思いやり。ただひたすらに、いま生き

て在ることを感謝し、慎ましく幸あれと願う祈り。それはまさに、われわれが失ったものだが、逆

にいえば、われわれはけっして多くを失ったわけではない。一度でもいい、胸の奥底から真実に

込み上げる涙が目にあふれたら、<永遠>を垣間見ることができる。そのとき流れるのは、

妻子とともに生きのびるため、勇者の中の勇者として母親の首を締めなければならなかった男

の涙。真冬の原野で倒れた父親を助けようと、雪の中を一日中歩き通した四歳の子どもを迎え

る隣人の涙。だれもが胸の奥の奥にそんな涙の湖を宿している。ヒトの物語はその湖のほとり

で紡がれてきたのだ。けれども、老シドニーは犬そりがスノーモービルに変わったことを嘆いて

はいない。サケや狼の生息を管理するようになったことを非難してはいない。さまざまな痛みや

苦しみをともないながらも、アラスカに訪れた新しい時代をおおむね歓迎しているように見える。

彼自身が二つの血を併せ持つ人間だからかもしれない。それとも、抗いがたい変化をおおらか

に受け入れることがアラスカの掟であり、古来ヒトの道だからだろうか。自然や野生動物や先住

民文化の保護について、われわれ現代人は少し前にくらべてずいぶん拓けた考え方を身につ

けてきたと思う。が、多くの場合、現場を知らずに想像や推測で判断している。狩人と先住民

の世界をじかに覗いてから、私はエコロジスト(英語の“生態学者”ではなく日本語の軽い意味

で)として歯切れが悪くなった。かつてのように手彫りのカヌーを駆って鯨を獲りたがる沿岸イン

ディアンに、どう思いとどまらせるのか。狼の毒殺や空からの銃殺に、現地の住民が一定の

理解を示しているのは間違いだと決めつけられるのか・・・。以前なら即答できたであろう問い

に、たくさんの人の話を聞き、長い時間をかけないと答えられなくなってきた。答えの出せない

問いもあることがわかってきた。急いで答えを出さず、いったん立ち止まって狩人のようにじっ

くり周囲の世界に目を凝らそう。諦めなければ、きっと道は拓ける。本書を通してアラスカとい

う大いなる物語の片鱗を覗いたら、読者もそんな気持ちに傾くかもしれない。

(本書・物語を紡ぐ土地 星川淳 より引用)







チーフ・ヘンリーは、語り上手として、また歌の作り手、人生の知恵を極めた人物として広く知ら

れていた。その彼が祖父から聞いたという次のような話を私に聞かせてくれた。彼はこの話を

事実にもとづいたものと信じていた。



1820−30年代は、コユコック川一帯にけものも魚もおらず、そこの住人にとってまことに過酷

な時期だった。ヘラ鹿(ムース)もいなかった。それまでにコユーコンの人たちは川や湖から魚を

獲りすぎてしまった。何年も続けて筌をしかけ、いくつかの川をふさぎ、川に産卵に戻ってくる鮭

を獲りつくしてしまった。ダルビ川とその傍流だけが、辛うじて鮭の遡上する川として残った。(ち

なみにコユーコンの人たちが鮭の生活史を知るようになったのは近年のことである。川底の砂

礫の中に産みつけられた卵から孵った稚魚は、川を下って海に到り、そこでじゅぶん成長した

のち、生まれた川へと戻ってくる)。インディアンの多くが、もっと獲物の豊かな土地を探してコユ

コック川を去った。ユーコン川へと移動した者が多かった。そこでは夏の間、鮭がたくさん獲れ、

干し魚にすれば冬いっぱいそれで持ちこたえることができる。コユコック川流域にとどまった人

たちの中には、魚が戻ってくるのを待ち望みながら餓死していく者もあった。一縷(いちる)の

望みにすがって身を滅ぼしてしまったのである。四度の春が過ぎていった。移動していった人

たちは、故郷へ帰りたくてたまらない。カリブーも戻ってきているに違いない。とっくに姿を消し

た兎も。いったんいなくなった魚やけものがそんなに早く戻るはずはないと長老たちは懸念し

た。だが、一部の人たちは警告を振りきって、恵み豊かなユーコン川を去り、コユコック川の

支流ホグ川へと戻った。秋になった。ホグ川に注ぐいくつもの流れに筌がしかけられたが、ほ

とんどは魚はかからない。冬を乗りきるにはとても足りない。飢餓の脅威にさらされた人々は、

生存ぎりぎり支えるわずかな食料をそりに乗せて、徒歩で狩りや漁に出た。与えるべき餌がな

いので、そり犬を飼うことはできなかった。刻々と餓死の運命が迫っている。男たちは山へ狩

りに行ったきり、何週間も戻ってこない。日脚が延びはじめる一月になってようやく、何人かが

帰ってきた。帰らなかった者は飢えて野垂れ死んだに違いない。戻ってきた男たちは、はるか

東のメロジトナ川の源流あたりでカリブーの姿を発見したと伝えた。肉を持ち帰ってもきたが、

その量ではみなの飢えを満たすにはほど遠い。彼らは家族ごとメロジトナ源流へ移るつもりで

いたので、そのときのために道中数カ所に隠してきた。源流域に戻りさえすれば、もっと多くの

肉が隠してある。前の年に女と暮らす資格を得た一人の若者も、長い狩りの旅から戻ってい

た。彼が旅に出てすぐに、新妻は赤ん坊を生んでいた。若い父親は、家族の食べ物が底を

突いているのを目の当たりにした。病身の母親は、自分の食べ物を息子の嫁に与えつづけて

いた。たった一人の孫を生き延びさせるためなら、彼女は自らの命の糧を差し出しても惜しく

なかった。こうして、ゆっくりと着実に彼女は餓死へ向かっていた。野営地の人たちはみな、

メロジトナへの長い旅への準備を急いだが、赤ん坊の老いた祖母だけは別だった。「わたしは

行けないわ、息子よ」彼女は言った。「もうそんな力はないの」 「そりで引っぱっていくさ。母さ

んのお陰でぼくは頑丈に育ったからね。置き去りにして死なせるわけにはいかないよ」息子は

きっぱり言った。母親はしばらく黙りこんでいたが、やがて息子と嫁を呼び寄せた。話している

間、彼女は孫を腕の中でやさしく揺すった。「息子よ、わたしはもう年寄りだ。このところ何年も

何年も苦しい時が続いている。おまえの父さんが飢え死にしてからも、わたしはおまえをりっぱ

に育てようと、ただただ頑張ってきた。もうそれもお終いだよ。でも、死ぬときだって、おまえを

助けるつもりさ。わたしがいなければ、おまえもお嫁さんも赤ん坊も生き延びられるに違いな

い。行き先は遠すぎて、とても歩けやしない。わたしをそりに乗っけて引っぱりしたら、おまえ

はへたばってしまうよ。よくお聞き、頭を使いなさい。目は泣くために使うんじゃないよ。勇気の

ある男になるんだ。でっかいけものを殺す勇気とは違う勇気だよ。わたしを安心させ、女房と

子どもを生き延びさせるためには、もっと大きな勇気が必要なんだ。わたしの言うとおりにしな

かったら、おまえは家族を失う。わたしはおまえの面倒をしっかり見てきた。今度はおまえの

番だ。どれほど勇気のある男か見せてほしい。わたしはいっしょに行かない。だが、どうかこ

のままじわじわ飢えて凍え死んでいくままにはしないでおくれ」 母が言うことはよくわかった。

若者は打ちひしがれてイグルーから外に出た。自分たち小さな部族の祈祷師で指導者でも

ある男のところへ行った。話を聞いた祈祷師は、こういうことは以前にも起こったと言い、若

者に説いて聞かせた。「おまえの母親は正しい。この世に送り出してくれた母親の命を奪うこ

とに比べたら、でかい動物を殺すことなんか造作ないこった。強く、勇気のある息子になれ。

もし彼女の言うとおりにしなければ、おまえの若い奥さんとたった一人の赤ん坊を死なせる

羽目になる。おまえは強い男だ。こそこそ隠れたり、恥じたりしなきゃならんことをしでかす男

ではない。精いっぱいおまえを育て上げ、最後の最後まで守ってやろうと心をくだいている母

親を安心させてやりたいだろう? どうだ、勇気をもってそれができるか?」 若者と妻は眠れ

ない一夜を過ごした。生き延びようと思うなら、明日みんなと肉を隠している場所へと出発する

しかない。早朝、二人が荷をそりに積み終えると、母親が生皮の紐を輪にしたものを手にイグ

ルーから出てきた。道の脇の樺の木に向かってしっかりした足取りで歩いた。紐の一方の端

を枝越しに投げて引っかけ、地面に腰を降ろすともう一方の輪を頭から通して首にかけた。

それから母親は道とは反対の方角に向きなおり、叫んだ。「いいよ、わが息子よ」 息子は生

皮の紐を引いた。



コユーコンの年寄りはみなこの話しを知っている。だが、ある老婆が私に言ったことがある。

「こんな話は他人に聞かせちゃいけないんだ。わしらの信条に反することだからね」。まさに

その理由で人々は口をつぐみ、口承により伝えられてきた話のうち多くのものが失われつつ

ある。幸いにも私はコユーコンの長老からいろいろな話を聞き出すことができたが、それら

の話しは、人々のすべての思いとエネルギーは、「生き延びるべし」という一点に向けられて

いたことを示している。




目次

序言


第1章 母アンナの旅

第2章 父の放浪時代

第3章 幼児三人、原野に取り残される

第4章 寄宿学校

第5章 父と二人で暮らす

第6章 絶えないけんか騒ぎ

第7章 転機

第8章 貂(テン)の密猟

第9章 大寒波の日々

第10章 ボート作りに挑戦

第11章 洪水で何もかも失う

第12章 灰色熊(グリズリー)退治と縁談

第13章 雪原に獲物を追う

第14章 無人の原野を覆う恐怖

第15章コユーコン族の伝統

第16章 サイワッシュ

第17章 この黄金は誰のもの?

第18章 そり犬に命を救われる

第19章 ビーバーの不思議なふるまい

第20章 灰色熊(グリズリー)に槍で立ち向かった男たち

第21章 黄昏のヘラ鹿(ムース)

第22章 コユコックの狼

第23章 ピンク色の象

第24章 藪の中で学ぶ

第25章 川は流れる


物語を紡ぐ土地・・・・星川淳

訳者あとがき







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