「ちいさな祈り」

稚児地蔵の世界

堀部幸男・作 斎藤陽一・写真

致知出版社






これら幼子の地蔵さんは、真に心を和ませ、生きているということの実感を呼び覚まして

くれる。稚児地蔵の作者と写真家の魂が融合し、見るものの魂を浄化させる傑作。

2000年5月18日 (K.K)


心に響く言葉「お地蔵さん」を参照されたし





本書より引用


子どもは「天からの贈り物」だ。

そのあどけない笑顔に励まされ、私たちはがんばることができる。

その「天からの贈り物」を堀部幸男先生が作品にされた。

これ以上の天からの贈り物はない。

神渡良平(作家)



ところで、今回の写真集に収められている稚児地蔵は、こういう経緯から生まれている。

平成七年(1995)秋、期するところがあって夜も寝ないで彫り続けた聖観音菩薩が、自分

でもほれぼれするほどに、二十三年の仏師生活で最高の出来となって彫り上がった。この

台座を作るため、堀部さんはJR花園駅前にある法金剛院の庭にある池に蓮の花のデッ

サンに出掛け、それを参考に何枚かの花びらを彫った。ところがその中の一枚がいたく

気に入り、肌身離さず持ち歩き、いつも眺めていた。その夜も家人が寝静まった家で独り

酒を呑み、その花びらを眺め、いじっていた。すると真っ暗な虚空に、花びらに乗って遊

んでいる赤ん坊の姿が浮かんだのだ。 「あっ」 堀部さんは息を呑んで、赤ん坊の顔を

見詰めた。そこには嘘も衒いも無かった。まったく自然で、無邪気なのだ。見入っている

うちに、心が深く癒されるものを感じた。翌朝になっても、そのイメージははっきり残って

いた。堀部さんは何ものかに、「これを彫りなさい!」と言われたかのように、鉛筆を取

り、デッサンして、木を彫り出した。それは彫るというよりも、要らない木屑を彫刻刀で

取り除く作業だった。そして木の中から次第に地蔵菩薩が顕れて来るにつれ、彫り手の

堀部さん自身が大きく癒されていったのだ。彫り上がった稚児地蔵を床の間に安置して

いると、訪ねて来た人が見て涙をこぼし、ぜひ欲しいと求めていかれた。そしてそれを

見た人から、私も欲しいと注文があった。彫って差し上げるとまた注文が入り、とうとう

二年待たなければ順番が回ってこないほどに、注文が殺到するようになってしまった。

堀部さんはお寺に納める大きな仏像も彫っているので、稚児地蔵を彫るだけに掛かり

切りになることはできない。だから十日に一体の割でしか出来上がらないのだ。「でも、

何年待ってもいいと言ってくださるので、コツコツ、コツコツ彫っています」という堀部さん

は、二十数年間仏像を彫っている中で掴んだ言葉を、こんなふうに表現した。「これ以

上刀を入れると、仏さまの肌を傷付け、尊い血を流してしまわれます。そのギリギリのと

ころが仏師の醍醐味です」「集中していると、自分と木の境目が無くなっていくのです」

「木を削るのは、本当は我や執着を取り除く練習をしているのかもしれません」「どんな

仕事でも、それを通して最後は神仏に出会うものです。その仕事が例え一見必要の

ないもののように見えても、そうだと思います」 堀部さんにとって、仏像を彫ることが、

そのまま求道なのである。








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