「奄美 二十世紀の記録 シマの暮らし、忘れえぬ日々」

越間誠 著 南方新社 より引用










先日書いた奄美のことですが、昨日「奄美 二十世紀の記録」という本を読みました。

自然や風景ではなく、奄美に生きる人びとを40年にわたって記録してきた写真集です。



ユタと呼ばれるシャーマン(女性が圧倒的に多い)の写真をはじめ奄美の海や畑、そし

て祭りなどの場面での人びとの素顔を撮っています。中でも私自身とても嬉しかったの

が1962年に撮られたサトウキビを食べる幼い姉妹の写真です。懐かしかったですね。

私も1962年当時奄美におり、やはり幼かったですが、このようにサトウキビにかぶりつ

いていました。



奄美・沖縄にいるユタというシャーマンのことはまた後日書きたいと思いますが、これは

世襲制とかいうものではなく、神がその能力を与えるんですね。選ばれた人はきっと

光栄なことだと嬉しがると思っていたのですが、実際はなんとかその役目から逃げたい

と思うことが多いようです。きっと身近にユタがどんなに大変かということを肌を通して

感じていたからでしょうね。



何か今は自分の幼少期の記憶を蘇らせることに集中したいと感じています。


2008年3月28日 K.K

2017年5月5日 写真・引用文 挿入





この写真集は1959年から2000年までおよそ四十年にわたる奄美群島の記録

である。長い間写しとった奄美の素朴の中から、あれこれ逡巡の末、この内容

となった。島々に伝承される祭りや信仰、そして人、居住環境などを中心にした。

さて、奄美の主な祭りにはほとんど毎年のように出かけている。ニュース取材も

あるが、よく人から、毎回撮っても未だ足りないのか、などと声をかけられる。

僕にとってはもっとうまく撮りたい、いいアングルはないかなどと考えながら、時

代と共にうつり変わる行事の成りゆきを見届けたい気持ちもある。しかし、それと

同時に祭りを支えている人たちの事も気になるのである。島の伝統文化を絶や

すまいと懸命に頑張る人たちに会うのはやはりうれしい。五穀豊穣、豊作と無病

息災などを神に祈り、感謝する奄美の祭り。今稲作の衰退や人の志向の多様化、

過疎、高齢化などにより伝承の危機にある。その中でも祖先から受け継いだしき

たりを守り抜こうとする人たちがいる。(中略) 本書はいわば奄美の四十年の

一つの断層である。そして風景や祭、人の暮らしなどを現象のみでなく、願わくば、

それに関わる島人の心の絆、神への祈りと感謝、そしてしたたかな生命力を、

いささかなりとも感受していただけたらと思う。

(本書 私の伝えたいこと・あとがきに代えて より引用)


 


越間誠・論 ・・・ 豊穣の大地に立つ奄美人 山下欣一 (本書より引用)



越間誠は、朴直な人柄である。奄美の人には珍しく、奄美にのみ固執した人でもある。それを越間誠はあまり意識

しないし、奄美から外部への関心があまりないように見受けられる。もう長いつきあいになるが、越間誠は、片時も

カメラを手放したことがない。写真は、結果的には越間誠の生きる手段になったが、恐らく体の一部分になっている

のだと思われる節がある。越間誠の撮影する写真の特色は、奄美の内側からほとばしる思いに満ちあふれている

ことがあると思う。


(中略)


それは奄美のもつ民俗への直感的洞察とでもいうべきものだとしか考えられないが、一編の詩情として、読むもの

の心を打つものがあるのは確かである。越間誠の写真は、柳田国男の文章が醸し出す詩情と同じように我々の心

に浸透する。そして、越間誠が立った大地は奄美そのものであり、彼の視座は、奄美の父祖が示してくれた生き方

そのものを、かたくなに守り続けてきたところにあるように思えてならない。そして、ただ詩情に流されないだけの

確かさは、また、越間誠にはある。それらは、「祭り」、「踊り」などの写真によく現されている。



どれだけ「祭り」や「踊り」が奄美の人々の心に安らぎを与えてくれていたかが、越間誠には本能的に理解されて

おり、それらをどのように表現するかが越間誠の関心であったことは明らかである。「ノロ」、「ユタ」とは、奄美の

民俗宗教の担い手であるが、これらの写真には、越間誠の写真への視座が果敢に発揮されているといっていい

であろう。奄美の祭りには特殊性と精神的背景があり、それらが奄美の人々の生活における原点であることを

知っているからであるといえる。これらの諸点は、ある意味で奄美至上主義となり、独善的視点を生む危険性が

あるともいえる。しかし、越間誠は、奄美そのものをどのように表現するかに、その半生をかけてきたといっていい

であろう。そして、現代の進展に即して、変化する奄美の生活そのものに自らも対応しつつ、カメラを手放すこと

なく撮影してきたことが、今日の越間誠の奄美の写真の全体像を形作っている。そこに通底奏音として洩れてくる

のは、越間誠のかたくななまでの自己の視座、視点への固執であると思えるのである。それは換言すれば、奄美

への固執であるが、奄美における生活者として、その行動様式に本能的に従うということでもあろう。



たとえば、祭りの朝、祭場であるトネヤの周辺やトネヤに集うシマ(集落)の人々の表情、ノロの祈りへの接し方

などは、余人の及ぶものではあるまい。またユタのような呪術的巫者などについても、そのトランス状態の重要性

は、奄美の人々がよく知っているものであるために、その点に焦点を当てた作品になっているのはいうまでもない

が、その周辺の人々への配慮を忘れていないのである。これらは、呪術的巫者に対しての学術的関心、または、

知識が背景にあってのことであはない。越間誠の知識は奄美の人々が日常的に従っている民族的知識であり、

それらによって行動する様式を第一義的に重要視することからくる視点であるといえる。



従って、越間誠は、通過する旅人として奄美を撮影しようとする人々とは一線を画しているといえるのである。南島

に住みたいという欲求から移住した人々も多いが、年月を経過するに従い、南島の景観、習俗になじむにつれて、

新鮮味が薄れ、また、日本本土へ引き揚げるという例もある。そのような人々の例と対置すれば、越間誠の立脚点

は、かなり明確であり、それも不動なものであるといえるのだ。



このようにして考えてくると、越間誠のよって立つ立場と姿勢はかなり明確になると思う。奄美という故郷に生を受

け、幾星霜を過ごした一人の奄美人が、今なお手から離すことのないカメラを通して表現しようとしているものの

集大成が、ここに刊行されるのを喜ぶとともに、そこに堆積した時間にも思いをはせたいとおもうものである。



(やました きんいち・鹿児島国際大学教授)




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