「風の民 ナバホ・インディアンの世界」

猪熊博行 著 社会評論社 より引用







本書 「第一章 ナバホの国へ」 より抜粋引用


ナバホとの出会い

アメリカで居留地人口が最も多いインディアン部族・ナバホを私が知ったのは、もう30年以上も

前だ。当時会社の派遣留学生としてワイオミング大学で学んでいた私は、夏休みを利用してア

メリカ南西部の旅をした。赤い大地とダイナミックな岩の造形に感嘆しながら、ユタ州ザイオン

国立公園の入り口、スプリングデールという町にやってきた。何気なく入ったみやげ店で、ふと

壁にかかっていた絨毯が目に入った。絨毯というよりもタペストリーといった方がいいのかもしれ

ない。このあたりの大地と同じ色をいた縦長の面に空色で描かれた大胆な幾何学模様だ。太い

毛糸が模様に粗い境界線を作り出し、剛胆な印象を与える。


じっとみつめていると妻が横にやってきた。「買おうか」「うん」。

確か27、8ドルだったと思う。当時は1ドル360円、経済支援を会社から受けているとはいえ、学生

生活の私たちにとっては決して安い買い物ではなかった。しかし二人ともいっぺんに気に入ってし

まったのだ。その日モーテルに宿をとり、これを取り出して眺めていると、端の方にラベルが縫い

つけてあるのに気がついた。そしてそこにNAVAJOという字を見つけたのだ。


次の転機は十数年前だった。

私はマサチューセッツ州で磁気材料製造プラントの建設に携わっていたのだが、その時のアメリカ

側の同僚にナバホのことを尋ねると、「かつて勇猛を誇ったアメリカ南西部に住む最大のインディア

ン部族で、ナバホラグといわれるタペストリーは、全米に知られた工芸品だ」という。日本に戻って

からも、彼とは手紙による付き合いが続いていたが、ある日一冊の本が送られてきた。表題は『ザ・

ブック・オブ・ナバホ』、著者はレイモンド・F・ラッキという人。


細かい英文にうんざりしながらも、辞書を引き引き読み始めたら、これが実に面白い。壮大な創世

神話や、スペイン軍との熾烈な戦い、アメリカに降伏した後の悲惨な生活など、ドラマチックな歴史

があった。物質主義の象徴のようなアメリカにあって、今も大地とともに生きるナバホ・・・・。「よし、

いつの日かナバホの地へゆこう!」。こう決心したのはその時だった。

(中略)


1999年、準定年で退職した私は、翌年5月の末に日本を離れた。ニューメキシコ州最大の都市アル

バカーキに到着して大学所有の既婚学生用アパートに居を移し、8月中旬からの秋学期に参加した。

そしてこの時期、私はナバホ族立大学ディッネカレッジに移るきっかけを得たのである。ある夏の暑

い日、アルバカーキから2時間ほどのところにあるチャコ・キャニオンという先住民の遺跡を訪れた。

ここでナバホの中学教師と出会って、会話が始まったのだ。「ナバホの文化が知りたい。絨毯も自分

で織ってみたい」という私に、彼は即座に、「それならばディッネ・カレッジだ」と教えてくれた。ナバホ

の運営する大学なのだという。屹立する同名の巨大な岩に由来し、ナバホ族居留地で最も人口の多

い町を形成している。しかも居留地の端にあるので、車で30分ほど東に行くとそこはもう居留地外

で、人口4万人のファーミントンという町がある。この町ならアパートもあるし、買い物にも事欠かない。

「よし、ここに決めよう」・・・・そういう経緯で、秋学期が終了したときにはニューメキシコ大学から転入

し、いよいよディッネ・カレッジでの生活が始まったのである。


私は伝統工芸を通じてナバホの世界に憑かれ、カレッジで銀細工、ナバホ織り、バスケット作りなど

を実際に体験した。しかし伝統工芸という窓からナバホを見渡してみると、創世神話や白人に痛めつ

けられてた苦難の歴史、そして人の繋がりを大切にしながら、美(ホッジョ)を求めて生きるナバホの

文化が見えてくる。私は専門家と呼ばれる人種からはほど遠い、もとが技術屋の素人だ。しかしここで

書くことは、ナバホの国にあってナバホが運営する大学でナバホの学生が教わっている内容だ。そう

いう意味では、これが「純生ナバホ学」であることだけは保証できる。


合理主義に徹し、近代文明の先端を走る唯一の国アメリカだが、その中でこういう生き方をしている

人たちがいるのだと思うと、なにかホッとするぬくもりを感じる。それとともにこのぬくもりが、白人文化

に押されて危機に瀕している状況も深刻に受け止めなければならない。ということでわたしの母校

ディッネ・カレッジの紹介に移ろう。


 


目次


第一章 ナバホの国へ

ナバホとの出合い

AIMの賜 ナバホ族立大学

ナバホ・ネイション


第二章 ナバホ・ジュエリーとナバホ織り

美(ホッジョ)の中を歩む

ナバホの銀細工

銀細工に挑戦

四つの方位

ナバホ織りに挑戦

超高級オーナメント

羊の文化

アメリカが羊を奪った

復活! 聖なる羊チュロ・シープ

調和の世界


第三章 バスケットと砂絵

ナバホの宇宙と精霊の世界

いにしえの贈り物

セレモニー・バスケット

バスケット作りに挑戦

砂絵の作り方

砂絵の題材

砂絵を描いてもらう


第四章 ナバホの創世神話

ドキュメント 「ナバホの結婚式」

創世

聖母ホワイト・シェル・ウーマン

聖地ディッネタア訪問


第五章 暮らしの文化

伝統、祈り、人のつながり

クラン(ドーネ・エ) ディッネのナショナリティー

母系社会

赤ん坊

ナバホの成人式

メディスン・マン(ハタヒイ)とセレモニー

ホーガン

歳時記

信仰


第六章 天と地の間

ナバホの大地を走る

荒野、岩、谷、岩を穿つ穴、幻想の世界、放牧、遺跡、マザー・ロード、森と湖


第七章 ナバホ語

ナバホ語は滅びるか?

コード・トーカー(暗号会話者)


第八章 インディアンは今

アメリカ文化とのはざまで

インディアンとは何か?

何が問題なのか?

複雑怪奇な「国の中の国」

二つの視点

「社会システム」の軋轢

考古学という「白人の」学問・・・・典型的な文化の違い

自殺

荒れる「母なる大地」


第九章 デッィネはどこへ行く

もう一つの黄色い粉・・・・ウラニウム

強制移住

ディッネは今

部族憲法のない国

ナバホ部族政府

口をついて出た不満


終章 祭り


資料編

ナバホのクラン一覧

メディスン・マンの催す、基本儀式一覧

本書に利用させていただいた授業


あとがき








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