「ポカホンタス」

和栗隆史 著 講談社 より引用


   




「ポカホンタス」の秘密 データハウス 参照されたし







目次


第一章 パウアタンの森

パウアタン族の族長の娘ポカホンタス。彼女は風の声を聞き、精霊と語らい、

森と共に生きている。こらから起きる激変の運命を彼女はまだ知らない。


第二章 アトランティック航路

イギリスの探検家ジョン・スミスは新大陸を目指す船上にいた。この航海は困難

極まるものであり、彼自身もある事件の誤解により鎖につながれてしまう。


第三章 火を吹く杖を持つ人々

白人たちはヴァージニアの地にジェイムズタウンを築く。パウアタン族との出会

いは不幸なものとなった。パウアタンの森に銃声がこだまする。


第四章 スミスとの邂逅

自由の身となったスミスは一人森に分け入った。そこで彼はポカホンタスと出会う。

二人は瞬時に引き合い彼は森の知恵を学ぶ。一方入植は苦境に陥り始めた。


第五章 処刑台の白いマント

反目しあうパウアタン族と白人たち。その渦中スミスが囚われの身となる。娘との

交渉を許さない族長は死刑を宣告。絶体絶命の彼を救ったのは勇気ある愛だった。


第六章 怒りのエンペラー

信義を重んじるパウアタンは白人に裏切られ激怒。ついに武力衝突となるが特使

ポカホンタスにより一時休戦となる。しかし双方の不信感は深まるばかりだった。


第七章 ポカホンタスの密告

飢餓に苦しむジェイムズタウン、スミスは助けを求めてパウアタンを訪ねるが交渉は

決裂し、彼の命も狙われる。だがポカホンタスの密告により彼は一命を取りとめる。


第八章 さよならヴァージニア

ジェイムズタウンに絶望し脱出を試みたスミスだが途中で大怪我を負い、本国への帰還

が決定。ポカホンタスとの森での生活を夢見ながらの失意の帰国となる。


第九章 ポカホンタス誘拐

スミス帰国後戦闘はますます激化。飢えに苦しむ白人たちは食糧確保のためにポカホンタス

誘拐を計画。拉致された彼女はジェイムズタウンでイギリス式教育を受ける。


第十章 ポカホンタスからレベッカへ

スミス死亡との誤報を聞き落胆するポカホンタス。その時白人ロルフよりの求婚がある。

悩みながら結婚を選んだ彼女は洗礼を受け名前もレベッカとなる。


第十一章 虹の彼方に

渡英したレベッカは王妃に気に入られ、国中の人気者となる。しかし健康悪化により病床

に。息を引きとる寸前にスミスとの再会を果たすが、ついに死を迎える。


追記 ヴァージニア後日譚


ポカホンタス関連年表





本書 「追記 ヴァージニア後日譚」 より引用


レベッカの死後、ロルフは忘れ形見トマスをロンドンの弟に託し、一人ヴァージニアへ戻った。

彼は息子を連れて帰りたがったのだが、まだ二歳にもなっていなかったトマスが健康を害して

いたため無理をしなかった。ヴァージニアに戻ったロルフは、寝食を忘れレベッカと育てたタバ

コ農園に力を注ぎ、彼女のアドバイスで品種改良した「ゴールデン・ウィード(黄金のタバコ)」と

いう銘柄のタバコを作って本国へ輸出した。それがイギリスで大流行となり、さらにヨーロッパ

の多くの人たちが喫煙を習慣とするようになった。現在にいたるまで連綿と続いているアメリカ

のタバコ産業のその第一歩をロルフは築いたのだ。彼の成功で植民地は財政的基盤を確固

たるものにし、ロルフはヴァージニアでもっとも重要な人物の一人となり、ついにはアメリカに

おける最初の立法機関の代議員に選ばれた。


そうした成功と同時にロルフのタバコ農園は、その後のアメリカの歴史のさまざまな問題の出発

点でもあった。タバコは土壌の養分を吸い尽くすため連作が出来ず、二、三年ごとに新しい土地

を必要とした。イギリスやヨーロッパでタバコの需要が増え農園の規模が拡大するにつれ、彼は

数千エーカー単位でパウアタンの森を切り拓き、そしてそれだけでは足らず、パウアタンの畑を

奪い取っていった。


自分たちが吸う分だけのタバコを作っていたパウアタンの人々は、はじめロルフのことを無駄

なことをする人だと笑っていたが、しまいには彼らはそのロルフによってパウアタンの森から

追い払われることになってしまったのだ。レベッカを思いレベッカのためにタバコ畑に力を注い

だロルフは、気がつくといつの間にか彼女の故郷パウアタンの森を荒らしていた。さらに彼は

アメリカ大陸で最初に黒人奴隷を使った農園主として名を残すことになった。広がる一方のタ

バコ農園は常に人手不足に悩まされていたのだが、1619年8月20日、オランダの商船から黒人

20人を購入し奴隷労働者とした。それがアメリカにおける黒人奴隷の始まりである。


ロルフから娘の死を聞かされたパウアタン首長は、レベッカが死んだその翌年に亡くなり、弟

オペカンカノが後を継いだ。そのオペカンカノは、植民地につぎつぎと船がやってきて白い人々

が増え、ロルフがパウアタンの森を奪っていくことに堪えきれず、ついに1622年、パウアタンの

戦力を結集して植民地と農園を襲いイギリス人350人を殺害した。この紛争でヴァージニアの名

士は帰らぬ人となった。彼がレベッカの忘れ形見トマスに会うことは、ロンドンで別れて以来二

度となかったのである。


オペカンカノの急襲に激怒したヴァージニアのイギリス人たちは、国際法に反したパウアタンの

人々を皆殺しにしろと口々に叫び、無差別に彼らを殺害し、村々に火を放った。飢えて苦しんだ

ときに助けてくれたあのパウアタンの人々の命とパウアタンの森を奪っていった。パウアタンの

人々は、絶滅寸前のジェイムズタウンを救い、食料を与え、パウアタンの大地で生きる術を伝

え、タバコの栽培を教え、そしてその見返りに白い人々の銃弾を浴びて死んでいった。やがて

ポカホンタスの故郷パウアタンの森は消え、パウアタン部族連合は滅びた。


ロルフとレベッカの一人息子トマスは成人するまでロンドンで育ち、父の死後その遺志を継ぐ

ために初めてヴァージニアに渡り、農園を成功させた。そしてイギリス人女性と結婚。その子供

たちがランドルフ家、ボリングス家などヴァージニアの著名な家系につながっていった。レベッカ

の血、ポカホンタスの血は、今もアメリカに脈々と流れ続けているのである。


ジョン・スミスは、ヴァージニアとポカホンタスの記憶を『ヴァージニアに起きた注目すべき出来

事』『ヴァージニア総史』といった著作にまとめた。アメリカに関する最初の記録文学ともいえる

彼の一連の著作が、イギリスの新大陸への関心をさらに高め、歴史的な植民船メイフラワー号

を送り出すことになった。1631年6月、ジョン・スミスは生涯独身のままポカホンタスの思い出を

抱いてこの世を去った。







1616年のSimon van de Passeによる銅板画。生前唯一の彼女の肖像である。
下段には「マトアカ、またはレベッカ、ポウハタンの万能の王子にしてバ−ジ
ニア皇帝、アッタノウコモウクの娘、キリスト教に改宗し洗礼を受けた、ジョー・
ロルフ氏(Mr. Joh Rolfe)の妻」と標題がつけられている。

ウィキペディア ポカホンタス より引用)


真実のポカホンタス

ウィキペディアの次の項目を参照されたし

ポカホンタス

ポカホンタス(映画)

ジョン・スミス (探検家)









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