「大地の手のなかで」
アメリカ先住民文学
青山みゆき著 開文社出版 より引用
本書 おわりに より引用
アメリカは、さまざまな人種や民族、階級、宗教、さらには性的傾向などを持った 人びとが複雑にからみ合い、交錯する国である。そこでは、まさに多様な価値観 と文化が共存している。これまで編まれてきたアメリカ文学史の多くは、圧倒的に 白人男性が主要な位置を占めていたが、本書は、これまでアメリカ文学史の周縁 に位置していたマイノリティーのひとつである、アメリカ先住民が主体となった文学 史である。それも、日本ではじめての本格的なアメリカ先住民文学史である。晩年 の一時期をニューメキシコ州で暮らし、インディアン文化に深い共感を示したD・H・ ロレンスも含めて、これまでアメリカ先住民の文化に傾倒した白人のアーティスト や文化人は数多い。現代においても、西欧文明が象徴するテクノロジーの崇拝や 合理主義、個人主義、父権制などへの反発を表現している詩人のゲイリー・スナ イダーやダイアン・ディ・プリマなどは、インディアン文化に深い関心を示している。 また本文でも述べたが、ジェローム・ローゼンバーグなどによる英訳の先住民口承 詩選集「ガラガラを振りながら」は、一部が日本語に訳されているが、いまだに多く の読者を魅了してやまない。(中略) さて、1960年代以降のカウンター・カルチャー の流れの中で、無数の若者がインディアン文化だけでなく、東洋の文化や宗教など に関心を抱いたのは周知の通りである。そして、ヨーロッパ系中産階級の白人男性 の価値観や現代の機械文明にたいする反駁から、公民権運動やヴェトナム反戦 運動や女性解放運動などとともに、自然保護運動が盛り上がった。もっとも、大衆が 抱く、自然に抱かれて真の生き方を保持しているというユートピア的なインディアン 文化にたいする羨望を、先住民自身はいささか滑稽さと絶望感を込めた想いで眺め ていることは確かだ。先住民は、いま自分たちが直面している問題に敏感である。 彼らは広々とした父を奪われたあげく、リザヴェーションや都市の片隅に追いやられ た生活に甘んじている。そこには差別や貧困、さらにはアル中、失業、自殺などの 問題が蔓延している。しかしながら、それでも先住民文化が象徴する原初への帰還 は、あらゆるものが無機質で人間性を否定するかのように見える現代にあって、 少なくとも来るべき未来へのひとつの方向を示しているかも知れない。事実、先住 民自身も、新たな世紀に入り、必死にインディアンであるということの尊厳を、そして その精神性を回復させようとしている。
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目次 はじめに 口承詩だけがアメリカ先住民文学なのか 素晴らしいアメリカ先住民文学 口承詩
第一章 アメリカ先住民とその文化圏 1 アメリカ先住民の祖先はだれ? 2 いま、アメリカ先住民とはいったいだれを指すのか 3 ヒスパニック系はアメリカ先住民ではないのか 4 文化的多様性 5 ヨーロッパ人による先住民の征服
第二章 草創期のアメリカ先住民作家たち 1 アメリカ先住民文学の発掘 2 アメリカ先住民によるはじめての執筆と説教 3 抗議文と自伝 4 口承詩の英訳とアメリカ先住民による最初の詩 5 アメリカ先住民による最初の小説と詩 6 大衆小説と風刺文学 7 混血の主人公 8 戯曲と推理小説と自伝 9 二〇世紀前半の詩と新聞と雑誌と歴史書
第三章 ネイティブ・アメリカン・ルネッサンスの作家たち 1 ネイティブ・アメリカン・ルネッサンス 2 N・スコット・ママデー 3 ジェラルド・ヴィゼノア 4 ジェームズ・ウェルチ
第四章 現代のアメリカ先住民作家たち 1 アメリカ先住民文学の再読と再評価 2 ポーラ・ガン・アレン 3 サイモン・J・オーティーズ 4 ルイーズ・アードリック 5 ジョイ・ハージョ 7 リンダ・ホーガン 8 ウェンディ・ロース 9 レイ・A・ヤング・ベア 10 トーマス・キング
おわりに 注 引証資料 作家別主要作品リスト 索引
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