「大地に抱かれて」

リンダ・ホーガン著

浅見淳子訳 青山出版社より






「チカソー族」作家が生きとし生けるものすべてに捧ぐ”環境シンフォニー”

何故アメリカ・インディアンの言葉はこんなにも私の心を打ち共感の世界に

引き込むのだろう。この「大地に抱かれて」の詩的な言葉は、今まで多くの

迫害により消えかかっていこうとする偉大な精神文化を甦らせ、私たちの心

の奥底に眠ってしまったある感覚をも呼ぶ覚まさずにはおかない。私がイン

ディアンに関心を持った初期に読んだ本だが、読み終わった後の感動は今

でも心に響いている。それはきっとリンダ・ホーガンという人間の飾らない、

自然と魂から出てくるその言葉とその人間性によるのかもしれない。

(K.K)


リンダ・ホーガンの言葉「心に響く言葉 1996.12.15」を参照されたし

「アメリカ・インディアン女性への賛歌」を参照されたし


 







何千という愛が交わされた。

だから、あなたはここにいるのだ。


リンダ・ホーガン(本書より)


 
 



リンダ・ホーガン(Linda Hogan)


アメリカ・インディアン、チカソー族の作家。フィクション「 Mean Spirit 」で

オクラホマ・ブック賞受賞。1991年度ピューリッツァー賞の候補作ともなる。

詩集も数多く手がけており、「 Seeing throughthe Sun 」では、アメリカン

ブック賞を受賞。現在、コロラド大学で教鞭をとる。・・・・・・・・・・


詩を朗読する、リンダ・ホーガン


 


本書「はじめに」より



ネイティブ・アメリカンの女として、私は問いかけたい。

私たちはこの星の未来に、どのような責任を持っているのだろうか。

この星を分かち合うほかの命たちに、どのような責任を持っているのだろうか。



この本に収められているエッセイは、こうした問いかけから生まれた。

人間であることの意味を、探ることから生まれた。

大地とそこに生きる命たちへの、絶えることのない愛から生まれた。



この世には人間の知性を超えた叡智がたしかに存在する。

その崇高なありようを、人間の限られた力でとらえることはできない。



世界にはふたつの知識体系がある。

土地に根を張って生きるもののそれと、

土地との絆を失ってしまったもののそれと。

現代に生きる私たちは、大地と、

そしてそこに生きる仲間との約束をすっかり忘れている。

私たちの祖先が、かつて誓っていた約束を。



けれども、心慰められることもある。

ネイティブ・アメリカンの間にも、そうでない人々の間にも、

この約束を思い出そうという動きが見られる。



私が抱き続けてきた生きとし生けるものへの愛が、この作品を生み出した。

この惑星への愛が、この大地の下に何が潜んでいるか知りたいと願う気持ちが、

この作品を生み出した。

それだけではない。この作品ははからずも”違い”に光を当てた。

アメリカ大陸に昔から生きるものとそうでない者の、

考え方の違い、この世界でのあり方の違いに。



この作品はまた、異次元の世界を浮き彫りにする。

異なった知識体系を持つ”神秘”と呼ばれる世界への扉を開ける。

私の部族の祖先たちは、その世界を知っていた。

日々の生活のなかに息づく聖なる領域を、その目でとらえていた。



大地、生きとし生けるもの、そして人間 ・・・・・ 本書「大地に抱かれて」では、

この命に満ちた世界での人間のありようを探ろうとしている。

私は自然界への敬意を持ってこの本を書いた。

人間もまた自然の一部だという信念のもとにこの本を書いた。

この本は、狭い人間の世界を大いなる宇宙と結びつける。

私たちにこの世界での人間の立場と、ものの見方を教えてくれる。

私たちアメリカ原住民が受け継いできた儀式のように。

この本には、自然界からのメッセージが満ちている。

この本との出会いが、より広いものの見方へとつながっていけばいいと願っている。



本書は自然からの贈りもの、自然の語り部なのだ。

深遠なる森が、命を育む大地が、詩となって、言葉となって、ここに結実した。


 


目次

はじめに

羽根 空からの贈りもの

コウモリ 闇からの使者

洞窟 生命を育む場所

森羅万象 あらゆるつながり

水を抱くもの、光を抱くもの 愛しあう自然

狼の物語 孤独な魂たち

創世神話 命の生まれたとき

水の物語 青い惑星

命の抜け穴 喪失と再生

住まい 天と地と

宇宙への旅 ユートピアを求めて

蛇の物語 神秘の罪業

命のふるさと 世界の声を聞く

ヤマアラシに寄せて 循環する命

仕事 日々の祈り

散歩 神々の大地を行く

訳者あとがき





2013年4月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





「男は女の力を恐れている」



(写真は『アメリカ先住民女性 大地に生きる女たち』から引用しました。)



中東やインドで起きている女性の悲劇を見るにつけ、私はそれを感じてならない。



恐らく太古の時代では多くが母系社会(母方の血筋によって家族や血縁集団を組織する社会制度)で

あり、調和ある共同体をつくるために母系社会は最も基礎となるものだった。



縄文土器に見られる女性像などから、儀式を執り行ったのは主に女性だったのではないかとの説が

あるが、沖縄・奄美のユタ(殆ど女性)を除いて、世界各地のシャーマンは圧倒的に男性が多い。これ

はもともと女性は生まれながらに偉大な神秘が宿っていることを男性自身が認識しており、治癒など

の儀式や部族の指導者(女性の意見だけで決める部族もある)は男性に任せるというのが自然の流

れになってきたのかも知れない。



母系社会の中では性犯罪が起きることは考えられないことであった。例えばアメリカ先住民と白人が

憎み戦っていた時代の証言「インディアンに囚われた白人女性の物語」の中でも、白人男性の捕虜と

は異なり、女性捕虜が如何に大切に扱われてきたかを読むとることができる。



このアメリカ先住民の社会では、女性が男性の荷物を家の外に置くだけで離婚は成立し、その逆は

なかった。



ただ現代のアメリカ先住民社会は、子供を親から無理やり引き離し、言葉・生活習慣・宗教などの

同化政策がなされた影響で、アルコール中毒、自殺、家庭崩壊、貧困が深刻な問題になっているが、

虐待や育児放棄の被害にあった子供たちを母系の集団の中で世話するため、現在でも孤児は存在

しない。



母系社会がいつから父系社会に転換したのか、、定住とそれによる近隣との闘争という説もあるが、

私の中ではまだ答えは見つけられないでいる。しかし肉体的な力による服従が次第に母系社会を

崩壊させ、それが暗黙のうちに様々な宗教に伝統として紛れ込んだのは事実かも知れない。



日本では菅原道真などに象徴される「怨霊」や「祟り」を鎮めるために、迫害者に近い人が神社などを

つくり、祭り上げることで鎮めてきたが、同じように卑弥呼の時代は既に女性の力の封印が始まった

時期だと思う。また中世ヨーロッパにおける「魔女狩り」も、宗教が関わりを持つ以前から民衆の間で

始まった説があるが、女性の力を封印させる側面もあったのだろう。



「男は女の力を恐れている」



無意識の次元にまで下ったこの感情を、あるべき姿へと開放させ、母系社会の意味を改めて問う時代

だと思う。



「アメリカ先住民」に限らず、「聖母マリア」「観音菩薩」の存在は、暗にその意味を私たちに教えている

ような気がしてならない。



☆☆☆☆



「女性が死にたえるまで、部族が征服されることはない。」

(チェロキの言い伝え)



「先住民族女性と白人の女性開放論者のちがいは、白人フェミニスト

たちは権利を主張し、先住民女性は負うべき責任について主張し

ているところだ。このふたつは大きく異なる。わたしたちの責務とは

この世界にあるわたしたちの土地を守ることだ。」

ルネ・セノグルス(Renee Senogles)
レッド・レイク・チペワ(Red Lake Chippewa)



「女は永遠の存在である。男は女から生まれ、そして女へと帰っていく。」

オジブワ族(Ojibwa)の言い伝え



「この星は、われわれがずっと生活してきた家である。

女性はその骨で大地を支えてきた。」

リンダ・ホーガン(Linda Hogan) チカソー(Chichasaw)族 詩人



「女性を愛し、大地は女性なのだと教えられ育ってきた男たちは、大地と

女性を同じものだと考えている。それこそ本当の男なのだ。生命を産む

のは女性である。女性が昔から感じとっていた眼にみえない大きな力と

の関係を男たちが理解し始めるなら、世の中はよりよい方向に変化し

始めるだろう。」

ロレイン・キャノ(Lorraine Canoe) モホークの指導者



☆☆☆☆




 







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