1997.6.6
「僕の芸術は貧しい人々に最もよく役立たねばならぬ」
ベートーヴェンの言葉
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ロマン・ロランの言葉
親愛なるベートーヴェン!彼の芸術家としての偉大さについては、すでに十分に 多くの人々がそれを賞賛した。けれども彼は音楽家中の第一人者であるよりもさ らにはるか以上の者である。彼は近代芸術の中で最も雄々しい力である。彼は、 悩み戦っている人々の最大最善の友である。世の悲惨によって我々の心が悲しめ られているときに、ベートーヴェンはわれわれの傍らへ来る。愛する者を失った喪 神の中にいる一人の母親のピアノの前にすわって何もいわずに、あきらめた嘆き の歌をひいて、泣いている婦人をなぐさめたように。そしてわれわれが悪徳と道学 とのいずれの側にもある凡俗さに抗しての果てのない、効力の見えぬ戦いのため に疲れるときに、このベートーヴェンの意志と信仰との大海にひたることは、いい がたい幸いの賜ものである。彼から、勇気と、たたかい努力することの幸福と、 そして自己の内奥に神を感じていることの酔い心地とが感染してくるのである。
彼はあらゆる瞬間に自然と融合する体験を重ねることによって、ついにもろもろの 深い精力と融け合ったかのように見える。一種の恐怖を交えた賛嘆をベートーヴェ ンに対して持っていたグリルパルツァーは彼についてこういった。--- 「彼は、芸術 が自然の本然的な気まぐれな諸要素を溶け合うような恐るべき点にまで達した」と。 シューマンも「第五交響曲」について同じようなことを書いている --- 「この作をた びたび聴いていると、それは、生起するたびごとにわれわれの心を恐怖と驚嘆で 充たすような自然現象の力に似た避けがたい力をわれわれの上に影響させる。」 また、ベートーヴェンが心をうち明けていた友シントラーは --- 「彼は自然の霊を つかんだ」といっている。まさにその通りである。ベートーヴェンは自然の力の一つ である。そして、この元素的な一精力が自余の自然を対手にして戦うありさまは、 まことにホーマー的な偉大さを感銘させるところのすばらしい見物である。(中略)
どんな勝利がこの勝利に比肩し得るだろうか。ボナパルトのどの勝利、アウステル リッツのどの赫赫たる日がこの光栄に --- かつて「精神」が果し得た最も輝かしい 光栄、この超人的努力とこの勝利との光栄に匹敵し得るだろうか? 不幸な貧しい 病身な孤独な一人の人間、まるで悩みそのもののような人間、世の中から歓喜を 拒まれたその人間がみずから歓喜を造り出す --- それを世界に贈りものとするた めに。彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す。そのことを彼は次の誇らしい言葉 によって表現したが、この言葉の中には彼の生涯が煮詰められており、またこれは、 雄々しい彼の魂全体にとっての金言でもあった。「悩みをつき抜けて歓喜に至れ!」
「ベートーヴェンの生涯」ロマン・ロラン著 片山敏彦 訳 岩波文庫 より
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私が若かった頃、ベートーヴェンの音楽からどれだけ多くの勇気を受け取っただろうか。 ベートーヴェンの音楽は、目の前に垂れ下がる苦悩のカーテンを引き裂き、光の中へと 導くものだった。たとえその後に来る虚無の世界が再び私を捉えてしまうことを分かって いながらも、心の中にかすかな希望を灯し続けてきたように感じていた。彼はまさしく悩 める貧しい人と共に立つ者であった。「魂の叫び」を真に聴くことができた彼の音楽の旋 律は絶望に打ちひしがれている人々を共に、歓喜の世界へと導く光に満ちた架け橋で あり、彼の苦悩に満ちた人生も決して彼から光を奪うことはできなかったのである。
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