Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)



アユトン・クレナック(アマゾン先住民)の言葉


(これらの言葉は「鳥のように、川のように」「人間が好き」という長倉洋海氏の

文献からとりました。詳しくはそれぞれの文献を参照してくださればと思います。

特に「人間が好き」というアマゾン先住民を撮影した写真集は素晴らしいです。)



我々の言葉で、「生きる」ことは「呼吸」と同じです。宇宙の全ては呼吸しています。

ですから、命を授かった時点から地球のサイクルに入り、宇宙の全てと呼吸を共有

しているのです。生命を授かったことに責任を持ち、自らを啓蒙しながら自分の道

を歩まねばなりません。それこそが地球を通過している本来の意味なのです。私た

ちクレナック族の伝説の中では、命が絶たれたあと、我々は宇宙全体の命を支え

ている全宇宙的なパワーの一部となるのです。一個の生が個人的体験を超えて、

全宇宙的に広がっていくのです。それは一つの「希望」です。「死」に恐れを感じる

必要はないのです。







人間は鳥のように静かに飛び去っていくことができる。

地球を通りすぎるだけなのに、なにか記念碑を残してゆくような人は、

それだけ自分に自信がないのです。

なにかを成すために人間は存在していると西欧の人は考えるが、

なにも成さないためにいてもいいじゃないか。

人間は宇宙の一部であり、

その宇宙そのものが素晴らしい記念碑であり、

創造物なのですから。







白人との接触、そして戦争、支配といった近年の歴史は文化や部族を滅亡させ、

他に類を見ないほど悲惨でした。人類にとっても最も愚かな行為でした。支配する

側の教育によって精神も教化され、部族独自の知識の伝承は絶たれてしまいまし

た。でも悲しみにひたってはいられません。私は生き残った部族がすべてこれか

ら成長していき、文化とアイデンティティを守り続けていくことを信じています。日本

のアイヌも大変な迫害を受けましたね。でも、一人でも生き残っていれば、その民

族は彼を通して生き残ると思います。その生存者が祖先からの遺産を持ち、夢を

持ち続ければ「世界」を再び創造できるのです。世界は消費されてなくなるもので

はありません。かりに大災害で皆が粉になって風に吹き飛ばされたとしても、我々

の民族のスピリットは旅を続けるでしょう。太陽が宇宙の道を歩み続けている限

り、太陽を眺めながらね。







テレビや新聞は貧しい人びとは考える余裕がないと言うけれど、そうは思わない。

私は各地のインディオを訪ねて歩いたが、貧しい人ほど地球のこと、未来のことを

真剣に考えていた。貧しい人々が生きていけるのは未来を信じているからだ。金持

の方が自分勝手で、未来や地球を破壊している。あなたが訪れた国でも、貧しい人

たちがよくしてくれたのではないでしょうか。寝る場所を与え、食事を心配してくれた

のではないか。大切なものを捧げてくれたのではないか。






村に住む子供たちの瞳には、古い時代が投影されています。子供の目は(川の流れ

のようにいつも一様ではないが)同じ記憶を甦らせます。それは数千年前の祖先から

受け継いだ歌や儀式、そして伝統なのです。私たちは銅像もピラミッドも持ちません。

私たちの記憶が大切なのです。人間の進化は右肩上がりの形をたどると考える人が

いますが、古代から続く伝統民族の考えは違います。その世界の進化過程はどちら

かといえば円形の、行きと帰りのある運動なのです。伝統社会の世界観は常に祖先

を基準にしているので、現代の相続者は過去の幸せを共有しているのです。それは

過去の人が消費してしまうものではありません。誰かが体験して、それが伝えられる

のです。祖先が体験した喜びや美しい事柄を呼び戻すのです。







設備があるからもっと寛大になれると思うのは幻想です。いわゆる文明から

遠く離れたところの人を訪ねると、昔からの道具を使い、つつましく生活して

います。そこで人々が求めているのは物ではなく人間なのです。自分たちの

持っている全てを使って来客をもてなし、とどめておこうとするでしょう。それ

は美しいことです。設備が整い、先端技術の道具に囲まれた中に住んでい

る状態とは対照的です。そこでは人々はお互いに耐えられないでいるので

す。小さな個室に住み、となりはセメントの壁で区切られ、お互いの音が聞

こえないようにして、相手の存在に背を向けます。







インディオの魂は、

大災害でこなごなになったとしても、

塵となって風に吹かれながら

旅をつづけていくだろう。







西側の人は伝統民族を評価せずに、知能が低く発展できないと決めつけています。

西側社会はすでに到達した速度に満足できず、(0.001秒というような人間が感知で

きないような)幻の時間すら作っています。一方、伝統民族は宇宙のリズムに沿っ

た人間の記憶をきちんと引き継いでいます。出産、子育て、ほかの人間との共存、

楽しく生きる術、歳をとって子孫や次世代の若者に知識を伝えることを知っていま

す。ヤノマミは、地球で技術文明のスイッチが切られても(電気が止まり、都市の機

能が失われても)、自主性を損なわず、美しいままに生き続け、近代文明が終わっ

たことさえ気づかないこともありえるのです。このことを考えたら、自らを文明人と

気取り、地上最高の完全な人間と思い上がっている人たちの自惚れも少しは押さ

えられるでしょう。







インディオの村を再興する夢、

インディオたちが伝統を取りもどしていく夢、

そんな夢があるから、

私は毎朝起きだすことができる。







昨夜、シャーマンがうたった歌は祖先を呼ぶ歌です。百年や五百年前の祖先では

なくもっともっと遠い祖先を呼びました。それは異なる世界への入り口でもあったの

です。そこでは個人としてのアイデンティティがなくなり、自然界の全ての存在とつな

がることができます。木の樹液の中に入り、空を飛ぶガビオン(鷹)となり、水中の

生物となり、風と一緒にかけ巡り、散歩できる世界なのです。そこで、存在の根源

に溯ることを学ぶのです。それを覚えれば、他者であることを体験でき、祖先である

ことも体験でき、同じように未来や過去に行き、また現在にとどまることもできるよう

になるのです。これは私たちにとって最も価値がある偉大な遺産なのです。







以下のように考えてみたい。われわれは時を貫いて旅する一隻のカヌーに同乗している

ようなものである。誰かがカヌーのどこかで火を焚き始め、別の誰かがカヌーの中へ水を

注ぎ始め、そして、また誰かがカヌーで小便を始めたとしたら、それはわれわれ同乗者

全員に悪い影響を及ぼす。そして、カヌーが壊れないように守ることは、カヌーに乗る者

すべてにとっての責務である。われわれのこの惑星は、時を貫いて旅する一隻のカヌー

のようなものである。森林破壊は、この星のすべての住人の関心事である。

(「図説 世界の先住民族」ジュリアン・バージャー著 明石書店より)


 
 


2012年2月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「人間が好き」アマゾン先住民からの伝言
写真・文 長倉洋海 福音館書店



私が大事にしているこの写真集の題は「人間が好き」である。

しかし私は人間に少し関心はあっても、「人間が好き」とは言えない。それは恐らく他人をではなく、

自分自身を信頼していないからなのだと思う。昔、同級生の女性が「私はとっても人間に関心が

ある」と言ったのを聞いて衝撃を受けたことがある。まるで別の次元に生きているのではないかと

思うほど、その女性の内面の深さ・美しさに愕然とし、その対極にいる自分を恥じていた。



☆☆☆☆



本書より引用



○楽しく踊り、歌い、幸せになるために、わたしたちは生きている。



○わたしたちには、”愛”にあたる言葉はありません。”好き”だけです。



○人間は鳥のように 静かに地球を 通りすぎていくことができます

どうして 自分の足跡を記念碑などの形にして 残そうとするのでしょう

人間をふくむ宇宙そのものが すばらしく 偉大な創造物なのに



☆☆☆☆



アマゾン先住民のリーダーで、祖先から受け継いだ森を守り伝統を受け継ぎながら経済的自立を

果たすべく、各地の特性を活かした自立のプロジェクトを推進しているアユトン・クレナックの言葉



○我々の言葉で、「生きる」ことは「呼吸」と同じです。宇宙の全ては呼吸しています。ですから、命を

授かった時点から地球のサイクルに入り、宇宙の全てと呼吸を共有しているのです。生命を授かった

ことに責任を持ち、自らを啓蒙しながら自分の道を歩まねばなりません。それこそが地球を通過して

いる本来の意味なのです。私たちクレナック族の伝説の中では、命が絶たれたあと、我々は宇宙

全体の命を支えている全宇宙的なパワーの一部となるのです。一個の生が個人的体験を超えて、

全宇宙的に広がっていくのです。それは一つの「希望」です。「死」に恐れを感じる必要はないのです。



☆☆☆☆



名を知られていないアマゾン先住民の言葉



○旅は私にとって自己を知り、自分の成長を目指す手段です。旅は人生の教訓であり、学校なの

です。すばらしい人とは、良い歌をつくり、歌える人。感情豊かにユーモアと恥じらいをもち、母の

愛情を表現できて、孤独な子どもといっしょに泣くことができる人。



☆☆☆☆



(K.K)



 







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