Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)
1997.5.4
「プレアデスの知恵」チェロキー・インディアンからのメッセージ
ホーク・フー・ハンツ・ウォーキングの言葉 「プレアデスの知恵」チェロキー・インディアンからのメッセージ 薗田綾 著 総合法令より引用
人間はいろいろなことで悩み、考え、悲嘆にくれます。なぜ、自分たちの人生をもっと 楽しまないのでしょう。どうしてもっと人に喜ばれることをすることに時間を使わないの でしょう。私はけっして悩みません。困ったことがあれば、立ち止まって考えることは ありますが、考えすぎることはありません。それが何を意味しているのか、何を学べ と創造主がこの困難を与えているのかについて気づきを得ます。それがとてもつらい ことだとしても、それは私が耐えなければならない試練だと素直に受け止めます。 そして、その試練を与えてくれた創造主に感謝するのです。乗り越えられない山に 登れとけっして創造主がいわないことを私は知っています。私たちに与えられる束の 間の悲しみや試練は、より高く飛ぶためのものに過ぎません。それらは幸せにつな がるためのステップなのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私たちは、だれかが困っているときには必ず救いの手を差し伸べ、必要なものを与え ます。物質はそのもの自体に価値があるのではなく、それが喜んでくれる相手に渡さ れるときに、一番価値が高くなるものなのです。チェロキーには見返りなど期待する気 持ちはまったくありません。だれかに何かをあげることでその人が喜んでくれたなら、 それがすなわち私の喜びにつながってきます。私にとっては、それ以上の至福はない のです。だれかの喜ぶ顔を見ることが、私にとっては最高の幸せなのです。私たちの 美徳のひとつに、「寛大さ」というものがあります。精神的に寛大な人は、必ず物質的 にも寛大なのです。心の広い人は決して物惜しみなどはしません。大切にしているも のほど、人にあげる価値があるものだと思っています。ほんとうに自分の大切なもの をどれだけ気持ちよく手放せるかでその人の価値が決まるともいわれています。これ は「ギブアウェイ」と呼ばれ、与え尽くしの精神につながるものです。困った人がいれ ば、何も言わなくても必ず助けの手を差し伸べる。食べる物に困っている人には、気 持ちよく自分の食べ物を分け与える。そんな、あたりまえのことをいっているだけです。 私たちのように移動型のライフスタイルでは、物をたくさん所有することはかえって不便 です。おそらく、所有という考え方自体が白人社会とはずいぶん違うようです。狩猟が 主となる生活では、その日によってとうぜん獲物の量は変わってきます。たくさん獲れ る日もあれば獲れない日もあります。ですから、多く獲物を獲った人が獲れなかった人 に分け与えるというのはあたりまえのことなのです。もしも独り占めしてしまうなら、今 度は自分がないときに何ももらえません。もちろん、もらう側もその行為に甘えるばか りではありません。その気持ちが物で返せないときには、何かできることをしたり、感 謝の気持ちを表現したりします。けれども、自分がもらうために何かあげるとか、働い た報酬として何かをもらうというのではないのです。そこには人間同士、生き物同士 の心の通いあいが存在しています。必ず喜びや愛があるのです。そのお返しは必ず しももらった人にしなくてもいいのです。将来自分のまわりに困っている人がいれば、 その人を助けてあげてもかまいませんし、できるときにできることをすればいいのです
私は輪廻転生(リーンカネーション)を信じています。信じているというよりも、事実 すべての生き物は必ず輪廻転生するのです。すべての生き物は、この世界で死を 迎えた後、またひとつの大きな生命に還っていきます。スピリット(魂)はパッケージ (肉体)を脱ぎすてて、新たな生への準備を始めます。これもすべて「聖なる輪」の 思想に基づいています。一つひとつの生命は人間も、動物も、植物も、鉱物も、水 さえもその時期がくれば生まれ変わるために、再び母なる地球の胎内に還ってい くのです。その時期のことを人間は死と呼ぶのですが、これは同時に次の生命へ の旅立ちのことなのです。人間は死を悲しみます。そして恐れます。ところがこの 恐怖や悲しみは人間特有のもので、動物や植物が死を恐れるなど聞いたことは ありません。私は自分の死を恐れたことは一度もありません。その時期がくれば、 また生まれ変わるということを知っているから、死が恐いということなどないので す。私は何度もパッケージ(肉体)を変えながら生まれ変わってきたことをはっきり と覚えています。私は前の世界で多くのことをやり残してしまいました。だから、そ のために今世な私の存在のすべてを使って、私が本当にやらなければならない大 らない大きな仕事に取りかかり始めたのです。・・・・・・・・・・・・・
わずかな二本足の動物(人間)たちが間違った価値観をつくってしまいました。私が 伝えるメッセージは、実際は私のことばではなく母なる地球のメッセージだと思って 聞いてください。私を通じて母なる地球が告げていることに耳を傾けてください。現 在、人間だけが自らの方向づけを見誤ってしまっています。わたしたちチェロッキー インディアンのいう「MOTHER ・EARTH」の考え方を思い出さねばなりません。そ うしなければ、母なる地球は大きな変化をみずから起こさなければならないからです。 母なる地球の状態を知れば知るほど、浄化の日が来るのはそう遠い未来でないこと が感じられます。そのときがいつかはわかりません。けれども、すでに浄化は起こっ ているのです。母なる地球は知性をもつ故に、この多くの汚染や破壊、激しい争いを なんとか止めようとしているのです。それははっきりとわかる形であらわれてきてい ます。地震や津波、洪水、干ばつ・・・・といった自然災害として、その多くが私た ちの身近にやってきています。今までになかった被害を私たちは、目のあたりにし ているはずです。けれども誤解しないでほしいのです。これは、けっして母なる地球 の怒りではありません。これは、母が子供たちに示す深い愛情のあらわれなので す。私たちの子供たち、孫たちそして地球に生きる多くの生命の存続のためにも、 地球自身が癒されなければならないからです。今、癒されなければ、手遅れになっ てしまうからです。母なる地球はできるだけ多くの生き物に大きな被害が出ないよ うに、十分に気づかっています。でも、母なる地球の病状が中途半端なものでは ないだけに、人間やほかの動物にとって厳しい試練となることは仕方のないことな のです。この試練から私たちは多くのことを学ばねばなりません。母なる地球を癒 すのは私たち、一人ひとりだからです。・・・・・・・・・私の母なる地球からのビジョン は告げます。「我々のエネルギーは個人的な安楽のためだけに使われるべきで はない。我々すべてを破壊へ導く心の貧しいわずかな人々の力をなくすため、 いまこそ集え」と。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、多くのことを背の高い人々(森の木々)から学びました。ひとりで森へ行っても、 私はひとりぼっちで寂しいなどと感じたことは一度もありませんでした。背の高い人々 (森の木々)に語りかけると、背の高い人々はいつも優しく答えてくれました。しかし今、 背の高い人々は私に仲間の危機を訴えています。いつも優しく私に向かって語りか ける背の高い人々は病んでいます。とても辛そうに、背の高い人々はこういうのです。 「私たちはおまえたちが必要なもの(酸素のこと)をどんどん出すことはできても、ほか には何もできない。私たちの仲間を助けることもできず、ここにじっと立っているしかな い。鷹よ、私たちのために、おまえの仲間に伝えてほしい。もうこれ以上、私たちの仲 間を殺さないでほしい。私たちが消えてしまえば、おまえたちばかりでなく、多くの生 き物が生きられないのだ。おまえの仲間はそれを知っているはずだ。鷹よ、おまえに しかできないことをやってくれないか」と。世界中の豊かな森はどんどん姿を変え、消 えています。このままでは母なる地球の緑が、人間のためだけに使い果たされること になってしまいます。どんどん森が死んでいくと、あげくの果てに困るのは人間なの です。このままでは私たちの生命さえ、危ういということを背の高い人々は、教えてく れているのです。・・・・・チェロッキーは、人間のほんとうの幸せを知っています。 楽しいときには心から笑い、いつも心に歌を持ち、泣きたいときには心のおもむくまま に泣きます。森を歩けば、そこには美しい自然の恵みがあふれています。この美し い自然の恵みなしには、幸せもありません。創造主はいつも自然というかたちで私 たちの周囲に存在しています。大地の活力は土の暖かさを伝って私たちに流れ込 み、川の清らかさは水の冷たさを通じて伝わってきます。近代文明は、私たちから 土を奪い、川を奪い、兄弟を奪ってしまいました。そこに生きる人々は、私たちすべ てを道連れに、ものすごいスピードでどんどん間違った世界へと導いているのです。 これは明らかに幸せのある方向と反対の方向です。そこには、ほんとうの幸せどこ ろか、破壊と悪意のネガティブなつくりものの世界しか存在しないのです。・・・
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ローリング・サンダーです。彼とともに生活を共にしたダグ・ボイドは、トラ ンスパーソナル心理学発祥の地のひとつメニンガー・ファウンデーションの 研究員となり多くの書物を書きましたが、「ローリング・サンダー」もその一 つであり、とても感銘を受ける作品でした。アメリカ・インディアンの人々が 遥か太古からトランスパーソナル心理学を理解し、実践しており、多くの 「癒し」をしてきたことは良く知られていることです。私自身トランスパーソ ナル心理学のことは詳しく知らないのですが、同じ立場に立つ「無条件の 愛とゆるし」スタウファー著・誠信書房は、自分自身の中にある創造性と 自己治癒力のパワーを開放することを目的として書かれた素晴らしいも のだと思います。トランスパーソナル(超人格的)とは、「肉体的、あるい は情動的、精神的な人間性を超越した高次元。善いものを表現する目的 で人間性を全体的にとらえる、宇宙的特性の一つ」であり、多くのセラピス ト(治療者)が実践しています。アメリカ・インディアンの人々は、現実の 生活の中から創造主との絆を深めるための知恵を獲得してきたのかも知 れません。「プレアデスの知恵」に出てくるメディスンマン・ホーク・フー・ ハンツ・ウォーキングの言葉は、とても人間が語ったものとは思えない 慈愛と祈りの美しい調べです。彼の言葉を読むと、本当に創造主の限り ない力と交わっているのではと感じられてなりません。「すべての・人・ 一人ひとりが、完全なる認識を持って、憎悪、敵意、嫉妬、挫折、妬み、 恐怖に含まれている毒性について理解することが、絶対的に重要なの である」ウォルフ。・・・ホーク・フー・ハンツ・ウォーキングはそのよう な毒を持つ態度から開放されている数少ない人間のひとりなのでしょう。
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