「星の文化史辞典」天文学(てんぶんがく)への招待

出雲晶子 著 白水社







世界的に見ても大変貴重な文献になるのだと思う。星に関する世界各地の神話・伝説・伝承を

1700項目拾い集め、一冊の本にまとめた例はないのではないだろうか。古代の人たちが星に何

を映し出そうとしたのか、同じ星でも住む世界が違うと全く異なる神話や伝説が産まれてくるのを

興味深く感じてならなかった。400頁を超える本書は、人間の文化史としても貴重な記録集として

位置づけられるのかも知れない。


(K.K)


 




本書 「まえがき」より抜粋引用

太陽や月、星などの天体にまつわる神話・伝説は、世界各地に数多く存在する。天体が出てくる物語は

いつの時代も人々の興味をひく事柄だったようで、神話として研究される以外に、ギリシャ神話のように

美術や文学、音楽など、テーマとして繰り返し使われてきた。しかし、神話・伝説ではないもの、たとえば

天から降ってきたといわれる石や星の井戸、星関連の石塔などの文化財、星占い、星の美術品、天体

に関する信仰、まじない、風習、地域独自の星座や星の呼び名、天体の意匠がある遺跡や墳墓、天体

観測用の古道具などの星の文化については、全体像がよくわかっていない。個々のジャンル別には詳

しく研究されているのだが、それが全部合わさるとどういう横のつながり、勢力図になっているかがピン

とこない。それを概観だけでも見てみてはどうかと考え、雑多な星に関連した文化を分野の垣根を超え

て集めてみたのが本書である。星の文化史と名付けたが、つまり星の文化なんでも雑学辞典である。



扱う分野については、文化というと地上に存在するたいていの事物は含まれてしまうので、この辞典で

取り扱わないものを決めることにした。天文学者などの人物と天文学史は、どちらもそれだけで辞典が

一冊以上はできる分量があるため、含めていない。ただし天文学史でも、アストロラーベのようなグッズ

類だけは、文化史として面白いテーマなので扱う。過去の天文現象の記録を検証したり計算を行う古天

文学については、これも一冊の本には収まりきらない広大さであるため項目をしぼり、地理的範囲では

資料があるところは全世界掲載した。



項目数については、一項目あたりの文章を減らして、また既刊の書が多数ある星座のギリシャ神話など

はあらすじ程度におさえたので耽美なはずの物語が事務的な表現になっている箇所が多い。なお、全体

的になるべく専門用語を使わず、初めて読む人が内容を労せず把握できるように留意した。



この辞典で使用した資料は、ほとんどは普通に本屋で売られている本である。ネットはもちろん便利なツ

ールであるが、本書では地方自治体のホームページなどを除き参考文献としては使っていない。情報の

確認に手間がかかるため裏がとりにくいことによるのだが、調べていく途中で多くの魅力あふれる文化財

や伝承、民俗行事が見つかり、使えないのが甚だ残念であった。次回からはインターネットの情報もぜひ

何とか情報を確認して載せてみたいものだ。



どこまでを天体の神話とするかについては、天にいる神々、天からきた使いなどの表現がよく見られるが、

明らかに雲の上の世界、星の世界を指している神話のみを選んで掲載した。なお、神話と民話の区別に

ついては、人の社会の成立や宇宙観に関わる物語を神話、それ以外を民話とし、また起承転結がついて

いないものは伝説あるいは伝承とする。



表記については、海外の固有名詞は現地での発音を重視したが、一般的な呼称がある場合はそちらを優

先した。中国語については日本での漢字の音読みでの表記とした。



この辞典はどういった分野に含まれるのだろうと考えてみた。とりあえず私の専門である天文学ではない。

神話・伝説類が多いので文化人類学か、いや星の神社や祭りや星の呼び名も多いから民俗学か。しかし

古墳の天井図や諺や燭台や巨岩や地名や剣などの項目はそのいずれでもなさそうである。やはりよくわ

からないものがみんな含まれる文化史のような気がする。本書をどの棚に並べるのかは本屋の店員さん

次第になりそうである。



星にまつわる文化は、調査・保存されていないものは、ときに小さいものほどどんどん蒸発するように消え

ていく運命にある。特に地方ごとの星の呼び名や土着の星の信仰などは、掘り起こして何かに残さない限

り、口承が途絶えたらもう次ぎの世代はだれも覚えていない。調べようにも文化は学問ではないのでたい

ていは文字になっていない。今は幸いインターネットがあるので、ネットに載せておけば世界中のどこからで

も見ることができ、どこかでたぶん保存されている。面白い星の文化ネタを見つけたら、ぜひそれが物体な

ら写真にとり、話なら文字にして、みんなが見ることができるようにネット上に保存していただければと思う。



2012年2月29日 出雲晶子


 
 



白水社 : 書籍詳細|星の文化史事典 より以下引用



「てん☆ぶんがく」への招待



星好きは大変である。観測は気象条件に大きく左右される。春先はまだ朝晩は寒いし、曇りや雨なら天体

は厚い雲の彼方で何も見えない……。でも、天空の味わい方はそれだけではない。天文学がある。ここで

は「てんぶんがく」と読んでみよう。世界各地の星に関わる伝承や物語のこと。たとえば、春の夜空に輝く

「春の大三角」のひとつ、うしかい座にはどのような話が伝わっているのか。ギリシアで誕生した最も古い星

座のひとつで、「鋤や牛を使って畑を耕す人」の意味をもつという。また、葡萄の収穫時期を知るのに用い

られたという言い伝えも残されている。日本では、うしかい座の主星アルクトゥールスを、麦が実る頃に見え

るので麦星、鯛がよくとれる時期に見えるので魚島星などとも呼ぶ。



ひとつの星や星座にもさまざまな云われがあり、地域によって何が大切にされているかがわかる。いわゆ

る八十八星座はあくまでも西洋の想像力の産物。日本だけでなく、インドや中国、南北アメリカなど、天空

への見方は一様ではない。星や星座のほか、月や太陽、流れ星や天の川に対して、私たち人類はどんな

物語を紡いできたのか。ジャンルの垣根を越えた約1700項目収録。図版多数掲載。索引も充実。雨の日

も心おきなく星の世界を満喫できる一冊。



【太陽と月の話】

ペルーの民話。太陽と月は夫婦で、昔はいっしょに輝いていた。ある時、月が人間の悪い行ないに腹を立

て人間を滅ぼそうとした。太陽はそれを止めて、「暗ければ人間も見えないから腹も立たないだろう」と月を

夜側に送り、月は夜に輝くようになった。





出雲 晶子(いずも あきこ)

1962年東京都田無市(現・西東京市)生まれ。神奈川県茅ヶ崎市で育ち、東京学芸大学教育学部理科地学

科卒業後、(財)横浜市青少年科学普及協会(当時)に就職、横浜こども科学館のプラネタリウム、広報を

担当した後、2004年から科学工作教室を受け持つ。2008年に退職。現在はフリーで活動。おもな著書は

『小学館の図鑑NEO 星・星座』(小学館)、『あの星はなにに見える?』(〈地球のカタチ〉シリーズ、白水社)、

『ビジュアルディクショナリー 宇宙』(同朋舎、監修)、『星座を見つける』(学習研究社)など。





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