「ドローへの愛」

トーマス・グラヴィニチ著 西川賢一訳 河出書房新社 より引用






1910年、チェス世界選手権でチャンピオンを争ったラスカーとカール・シュレヒター。この

小説ではこのシュレヒターというウィーン派を代表する選手で終始一貫「安全第一」的な

棋風を特徴とする人物を著者が再構築している。実際の世界選手権では1勝1敗8分け

だったが、この小説でもこの展開に添って物語が進んでいくが、若い頃強いチェス選手

でもあった著者が如何にシュレヒターを愛していたかがこの物語を通して伝わってくる

ようだ。

(K.K)






本書 訳者あとがき より抜粋引用

2003年4月 西川賢一



しかしそれにしても、ことさら引きわけを愛するとはどういう心性だろう。勝負師のくせに、勝ったら

相手に悪いと思ってしまうのだろうか。だとしたら、その裏にどんな事情があったのか。それを探る

と興味深い真実が出てきやしないか。本書はこのようなモチーフに発した小説である。主人公カー

ル・ハフナーは、19世紀から20世紀初めにかけて活躍したウィーンのグランドマスター、カール・

シュレヒターをモデルとしている。彼は1910年、世界チャンピオンのエマーヌエル・ラスカーに挑戦

し、これが生涯の華として長らく人々の記憶にとどまることとなった。



ごらんのとおり小説全体は二部から成り、第一部「勝負」で右の選手権のもようをつぶさにたどっ

ている。とともに、フラッシュバックの手法で主人公の生いたちを織りまぜ、引きわけを好むにい

たった“控えめな性格”を浮かびあがらせている。第二部「拒絶」は付録なみの後日談とエピソード

であって、量的には全体の一割に満たない。しかし第一部の熱闘を読みおえ、すでに共感をいだ

いた者の目で見ると、後日談に描かれた落魄の姿はいかにも哀れ深く、しみじみ胸にこたえる。

だからこそ、最後に添えられた元気なころの心やさいいエピソードが生きてくる・・・ひとしおなつ

かしく思い返される・・・わけで、その効果は並たいていではない。ちなみに末尾の一句「Hic fuit

(彼はここにいた)」は、墓碑銘に用いられるラテン語「Hic jacet...(ここに眠る」のもじりではなかろ

うか。とすればこの一句に、主人公に寄せる作者万感の想いがこもっているような、そんな気ま

でしてくるのだが。


(中略)


トーマス・グラヴィニチは1972年4月2日、オーストリア南部の町グラーツで生まれた。Glavinicと

いうスペルは本来のドイツ語になく、スラヴ系の姓と察せられる。ならばグラヴィニチとなりそうな

ものだけど、本人がグラヴィニチと名乗っているのだからしょうがない。(中略) それはともかく、

彼は5歳でチェスを始め、15歳では同年代の国内プレイヤー№2にランクされていた。チェスとサッ

カーに熱中する少年は、しかし1991年グラーツの高校を卒業し、このころから雑文を書きはじめ

た。グラーツ大学にも通い、ドイツ文学、民俗学、言語学などを聴講したけれど、やはりものた

りなかったのか、修了しないまま退学してしまった。タクシー運転手、ウェイター、セールスマン、

編集者、記者、農夫などの職を転々としたのち、フリーの作家となったのが1995年。デビュー作

が出たのは1998年である。これは翌年さっそく英語訳され、デイリー・テレグラフ紙により「1999

年のベストワン」に推挙された。2000年には長編第二作「スージー氏」が出、2001年には中篇第

三作「カメラ殺人犯」が出て、「エリーアス・カネッティ奨励金」が給付された。おまけに「カメラ殺人

事件」のほうは2002年、ドイツ・ミステリー大賞にあたる「フリードリヒ・グラウザー賞」も受けてい

る。 (以下略)






 




Xadrez em Atibaia - Fotos Histicas より引用

シュレヒター(左)とタラシュ(右) 1911年





カール・シュレヒター(Carl Schlechter) 本書より引用

オーストリアのグランドマスター。1874年に生まれ、1918年に没す。20世紀初頭には最も

重要なプレイヤーの一人に数えられていた。1910年ラスカー相手に世界選手権を争い、

互角にわたりあったが、タイトルはラスカーが防衛した。トーナメントでのおもだった戦績

をあげると、1900年ミュンヒェン大会でピルズベリーと首位を分けあう。1906年オーストエ

ンデ大会でマローツィとルービンシュタインを抑えて優勝。1908年プラハ大会でデュラー

スと首位を分けあう。1910年ハンブルク大会でデュラースを抑えて優勝。シュレヒターは

ウィーン派きってのチェスプレイヤーであり、傑出したオープニングの知識、精妙な駒組

スタイル、終始一貫「安全第一」主義の差し回しを特徴としていた。プロの道に入ってか

ら総計700局ほど指したが、そのうち半数以上は引きわけだった。



 



1910年 シュレヒターとラスカーのチェス世界選手権 1勝1敗8分

click on a game number to replay game 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
Lasker ½ ½ ½ ½ 0 ½ ½ ½ ½ 1
Schlechter ½ ½ ½ ½ 1 ½ ½ ½ ½ 0

FINAL SCORE:  Lasker 5;  Schlechter 5
Reference: game collection WCC Index [Lasker-Schlechter 1910]

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カール・シュレヒター(Carl Schlechter)の名局


Walter Fried vs Carl Schlechter
"Fried Bird" (game of the day Nov-24-16)
Vienna (1897) · Bird Opening: From Gambit. Mestel Variation (A02) · 0-1




fried_schlechter_1897.pgn へのリンク





Carl Schlechter vs Walter John
Barmen Meisterturnier A (1905) · Queen's Gambit Declined: Queen's Knight Variation (D31) · 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「黒マスのネットワーク・・・盤上のいくつかのマスは、生き延びるため

には欠かせない中枢部に思える。それらのマスを支配すれば、陣形的に圧倒的な優勢と

なり、ほぼ勝ったようなものだ。本局では、シュレヒターの戦略のすべてが印象的で、要マス

e5,f6,h6 の活用法に関しては、これ以上望めない。f6とh6はピースで占領し、キング側を

完全に制圧する。e5に関しては、シュレヒターは確保するだけではなく、便利なピースの踏み

台として利用する。ナイト、クイーン、ポーン、もう一つのナイトが、入れ替わりで占領する。

キング自らがe5から命令を下す頃には、黒には投了の兆しが見え始める。本局は、キング

側、センター、クイーン側と、盤上の至る所で攻撃が行われる点でも傑作だ。間違いなく

シュレヒターの残したゲームでは最高で、他の棋士のものを含めても屈指の名局だ。」

・・・本書より抜粋引用




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シュレヒター 対 メイソン
Carl Schlechter vs James Mason
Monte Carlo (1903) · Philidor Defense: Exchange Variation (C41) · 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「クイーン候補生のエスコート・・・『実力が互角の強豪同士なら、1ポーン

差でたいてい勝負がつく』(カパブランカ) 強くなればわかるが、余分なポーンはクイーンにで

きるし、クイーン得なら世界中の誰にも勝てる。ポーンをクイーンにする方法を、本局ほど単純

明快に示してくれるゲームを、私は他に知らない。特にシュレヒターが、パスポーンを進めるた

めにキングでエスコートする方法を見てみよう。キングがパスポーンに付いて守りながら、ルー

クのチェックをジグザグにかわす方法に注目しよう。一度学んだ方法は簡単には忘れない。」

・・・本書より抜粋引用




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Carl Schlechter vs Georg Marco
Monte Carlo (1904), Monte Carlo MNC, rd 10, Feb-18
Queen's Gambit Declined: Orthodox Defense. Henneberger Variation (D63) · 1-0




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カール・シュレヒターが負けた名局

Richard Teichmann vs Carl Schlechter
"Carl's Bad Day" (game of the day Apr-07-2015)
Karlsbad (1911), rd 18, Sep-14
Spanish Game: Closed. Pilnik Variation (C90) · 1-0



teichmann_schlechter_1911.pgn へのリンク





カール・シュレヒター(Carl Schlechter)の名局集

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カール・シュレヒター(Carl Schlechter)が解説した局

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シュレヒターの全棋譜


 

  19世紀(16~17世紀も含む)に指されたチェスの名局集








麗しき女性チェス棋士の肖像

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