「インディアンの夢のあと」

北米大陸に神話と遺跡を訪ねて

徳井いつこ著 平凡社新書 より






岩絵の中の聖霊たち、太陽と星を観測した窓、全長400メートルの巨大なヘビ。北米

各地の遺跡を訪ね、大地に刻まれた数々の印に、神話とそこに生きるインディアンの

人生観・世界観を描き出した文献である。このような遺跡を詳しく訪ね歩いた文献は、

日本で発行された文献の中でもそうないであろう貴重なものであるかも知れない。こ

の本の中で紹介されている遺跡は、アナサジ、チャコ、アステク、ブライス、ホピ、ココ

ペリ、点在するマウンド、カホキア、ナチェスなどです。

同じ著者による好著「スピリットの器」も是非参考にしていただけたらと思います。

(K.K)


 








「現代に生きるわれわれは鳥の移動(マイグレーション)の何たるかを知っています。

しかし、むかしの人々には、鳥の動きと季節の変化が偶然の一致以上の何かに思え

たかもしれない。季節の変化は鳥の仕業であるとでも。だいたい鳥が空を飛ぶこと自

体、奇跡的に思えたことでしょう。天空の彼方に消えていくさまは、メッセンジャーのよ

うに見えたかもしれません」・・・未知なる鳥、神秘なる鳥。そのシンボルを創造し、その

一部となって生きた人々のしあわせに思いを馳せる。鳥のすべてを知りつくしていると

信じているわれわれが、彼らのしあわせを経験することはないだろう。世界の神秘を

どんどん駆逐してきたわれわれは、もうどんなシンボルを生きることもできず、さえざ

えと見わたせる物質の荒野で道に迷っているのだ。(本書・飛翔する鳥より)


 
 


ダン・ナミンハの言葉

(ホピ族の著名な画家) 本書より引用



儀式自体、あるいは参加者について語ることはできない。でも自分自身、個人的な体験に

ついては語ることはできるんです。じっさい、それを僕は絵の中で表現する。たとえばギャラ

リーにあったカチーナの絵。窓は、“通路”を象徴しています。肉体の世界と霊の世界を結ぶ

通路。それは、現在と過去、ひいては未来を結ぶ通路でもあります。ホピという土地は、儀式

に参加しなくても、僕を過去に連れ戻してくれる。そして儀式は、それよりずっとはるかな過去

にまで連れていってくれる。ある意味で、儀式は、遠くからの眺めを与えてくれる、と言うことが

できる。自分が今日いったい何をしているのか、この生において何が最も大事なのか、人間

と自然がどんなふうに織り合わされているのかがはっきり見えるんですよ。



うーん、アートの世界というのは、ある意味で非常に表層的なんです。パーティー、社交・・・・

どこへ行っても人々は無益なことばかり喋り続けている。お金、評判・・・実在しないものの話

です。サンタフェでも同じ。モノがひしめいている世界。携帯電話、コンピュータ、飛行機、そし

て人を殺すためのガンもある。産業廃棄物といった汚染。人間がつくり、地球という惑星に災

厄をもたらすたくさんのモノ。しかし、儀式においては、自分と自然、二つのものしか存在しな

い。自然に対して全霊をかけてたのむと、自然が霊感を与えてくれるんですよ。最後には、

人間と自然のあいだに共感が生まれるんです。それは自分の生をまるで違ったやり方で見

る手助けをしてくれる。精神、思考、ビジョンの清掃をしてくれる。



歌は非常に詩的です。僕は、自分の絵に歌のヴィジュアル・イメージを使うことがある。人は

歌を通じて過去を旅するだけでなく、自分を導くことができる。現代に、都市に暮らすというこ

と、生きていくことはラクじゃない。こうした歌を聴いているとき、人はある意味で自分を見つ

め直している。立ち止まる。歩く速度をゆるめて、自分のなかを覗きこんでいる。それは儀式

と同じく、過去の話でありながら、現在につながり、未来に問いを投げかけてくる。過去は未来

であり、未来は過去だ、と僕が感じる所以です



「与えられるんです。絵を描くという作業は、全存在を投入することを要求される。描いて、描いて、

描き続けて、いわば自分を生贄に捧げることを要求される。終わったとき、もう何もできないという

くらい精力を使い果たしている。その意味で、創作は儀式と同じです。儀式では、準備に長大な時

間を費やすだけでなく、最後の段階では、食べることも眠ることもやめて歌い、踊り続けるわけで

す。もう疲れ果てて、どんな感覚も失われている。僕がまだ若かったころ、あれは儀式の二日目

だった。もう立つこともできなくて、キバの床に横たえていた。もううっすらとしか目を開けることが

できなかった。ひとりの長老が来て、<ダン、疲れたのか?>と尋ねる。<・・・・ええ、疲れました>

とやっとのことで答えた。長老は言いました。<よし、そうでなくちゃいかん。もし疲れていなければ、

何にも与えられんぞ>(笑い)」 創作に行き詰まったとき、疲れきってもう描けないと思うとき、ダン

はこのときの長老の言葉を自分に向かって言う。「疲れているのか? よし、そうでなくっちゃいかん」

「何であれ、自分にとって非常に大切なものとつながるためには、自分を犠牲にしなければならない

のだと思います。何かに自分を投入していって精魂尽き果てたとき、ある種の心の状態ができあ

がっている。もうほとんど夢を見ているような、からっぽの・・・・・・・・。そのとき、到達している。つな

がっている。言い換えれば、与えられているんです」


 


デキストラの言葉

(ホピ族の著名な女性陶芸家) 本書より引用


巡礼というのかしら、ホピではいまでも定期的に遺跡を訪ねて捧げものをしているでしょう。

「そう。自分自身をきれいに拭うために。そして“思いだす”ために。記憶を新たにするために。

われわれがどこから来たか? 誰であるのか? 自分自身を霊的に新しくする作業なのよ。

・・・・本当は、遺跡だけではない。地球上のどこであれ、神聖な場所。どこにいても、あなたが

ひとりでいて静かであれば、創造主と話をすることができる。いつでも、どこでも、創造主の助け

が必要なときは。だって、あなたが何を感じているかを知っているのは、彼ひとりだけ。創造主、

グレイト・スピリット。彼を見た人はいない。それでも、どこにいても直接話ができる。われわれは

創造主のことを“イタナ”と呼びます。“お父さん”という意味」 (中略) 「そう。ずっとずっと昔、

何百年も前からホピの先祖は言い続けてきたのよ。<何もかも失うときが来るだろう。白い人

たちがやってきて、すべてが根こそぎにされてしまうだろう。そのときあなたにできることは、ただ

ひつつ。“思いだす”こと。自分が誰であるのか、どこから来たのか、いつも心に留めていること>

と」 自分が誰であるかなど、知ることができるでしょうか。私は、自分が何者であるかを知りま

せん。デキストラは知っていますか? 「自分が何者であるかを知るということは、自分自身をい

つも油断なく見張っている、ということ。<周囲で起こっていることのなかに没入してしまわないよ

うに注意しなさい!>と先祖は言った。<起こっていることから距離をとって、ひとりで歩むこと>

と。先祖はずっと昔から、来るべき時代のことを知っていたのよ。<カップのような物体がもの凄

い速さでそこらじゅうを走りまわるだろう。光がついて中には人間が乗っている>。これは車のこ

と。<われわれの頭上、空一面に、たくさんの蜘蛛の巣が張りめぐらされるだろう>。これは飛行

機のこと。<われわれの世界は、ふたつの黒い板に挟まれた白い物体によってまったく変わった

ものになってしまうだろう>。バイブルのことよ」 予言の一部ですね 「そう。<子どもたちは親や

年よりを二度と敬わなくなるだろう>。知ってのとおり。若い人たちは、ホピにおいてさえ、まったく

過去を敬おうとしない。私にとって過去は、かけがえのないもの。価値あるもの。古い時代の古い

人々の生き方のなかには、多くの真実が含まれている。昔から人々は、<大地のめんどうを見る

ように>と言い伝えてきた。<自然を壊すことがあれば、必ず何かが起こる>と。それがいま起

こっている」 「ホピに来るたびいつも感じるのは、地球、自然の古さということ。風に磨かれた岩

の魂ひとつ、水に削られた渓谷ひとつ・・・・・・・・どれをとっても人間がつくったどんな遺跡よりも

ずっと古い。多くの神話や物語は、そうした“古きもの”と人間とのつながりについて語っている。

プエブロには昔からストーリーテラーと呼ばれる役目の人がいて、物語を続けることで、“古きも

の”に結びつけられた人間の姿を繰り返し確認するという機能を果たしてきた。物語を失ったわ

れわれは、自然との絆、過去と未来との絆を失って、風のまにまに漂っているわけです」 「私が

子どものころ、まわりにいる大人は誰でも物語を話してくれた。冬は暖炉のまわりで、夏は屋根

の上に寝そべって。土の家は蒸し暑いから、みんな屋根に上がって眠るの。ブランケットもなし。

ただ寝転がるだけ。落ちていきそうに深い夜空を覗きこみながら、たくさんの話を聴いた。この

世界のありとあらゆるものについての物語。太陽、月、鹿、蛇、蟻、鷲、・・・・悲しくて泣いてしま

う物語もあった」 (中略) ホピ居留地内には小学校が六つと、中学、高校が一つずつありまし

たね。昨日、ホピ・カルチャーセンターで見かけた高校生の卒業パーティーはずいぶん華やか

だった。みんなタキシードとかドレスを着て、酔っぱらっている子もいたみたい 「そう、高校生

はひどい。煙草は吸うし、マリファナもやる。サンタフェとか都市の学校に通っていた子が戻って

きて、そういうことの中心になる。若い子がそんなだから、儀式に参加する人がどんどん減って

くる。カチーナ・ダンスを続けていくのも大変なのよ」 将来に絶望している? 「絶望はできな

い、あきらめることはできないのよ。われわれは子どもたちに伝え続けなければならない。しか

るべき年齢になれば、たぶん、気づくときがくる。われわれにできるのは、話すことだけ。人生

をつくるのはお前たち。お前たち自身の選択なんだよと」


同じ著者による好著「スピリットの器」を是非参照ください。


 


本書 「風の吹く場所」 より引用


アメリカで「遺跡に行く」と言えば、たいていインディアンの遺跡を指す。ロサンゼルスの

友人たちの反応は半で押したようなものだ。やれやれ、もの好きだな、という目。なんだ

その舌を噛みそうな名前は、という顔。遺跡の名前や場所を知っていたためしがない。

国立公園に入っているものさえ、インディアンのものとなるとすっかり頭のなかの地図か

ら抜け落ちてしまうのだ。このおめでたい無関心は、私を驚かせた。多くのアメリカ人に

とって、過去といえば開拓時代のフォードやトレイルまでで、それ以前のものは恐竜が

闊歩するジュラ紀にいたるまで「歴史以前」という粛々とした雲に覆われているのである。

アメリカにおける人間の歴史は、マンモスが徘徊していた氷河期までさかのぼる。学説

によると1万5千年ほど前、アジアに住んでいた人々が、シベリアとアラスカをつなぐ海に

かつて存在した陸橋、ベーリンジアを渡り、マンモスなどの大型哺乳類を追ってこの大陸

に入ったという。現在のカナダのほぼ一帯を覆い尽くし、人々の行く手を阻んでいた巨大

な氷床は、最終氷期の終焉にともなって縮小し、1万2千年前ごろ「無氷回廊」と呼ばれ

る、南下のための通路が出現した。この回廊を伝わって、現在のエドモント付近に現れ

た人々は、わずか1千年のあいだに北南米大陸を駆け抜けるように縦断し、最南端の

フェゴ島に達したという。1911年、北カリフォルニアの小さな町オロヴィルで保護され「北

米最後の野生インディアン」として有名になったイシは、晩年住居となったサンフランシス

コ人類学博物館を出入りする人々を観察して、三種類のグループに分類していた。白人、

黒人、そして「彼の同胞」である。アジア人は当然のようにそこに含まれていた。


遺跡はからっぽの場所ではない。語られなかった物語、歌われなかった歌、ついには聞き

とられることのなかった人々の呟きが詰まっている。それらにじっと耳を済ませていることに

は不思議に心なごむものがあった。ここにかつて暮らした人々は、遠いむかし離ればなれ

になった親族のようなものだ、という奇妙に揺るがない親近感が、私のなかで作用してい

たのはまちがいない。あるひとつのことが気にかかる、あることに惹かれる、何かを調べ始

めるというとき、人はいつも主体と客体の両方を演じている。呼びかける自分と、応える自分

である。アメリカ・インディアンの遺跡に惹かれ始めたとき、考古学者でもない私がせっせと

古いことを調べ始めたとき、呼びかけてきたのは何だったのだろうか? 認識されることを

待っていた他人の古い記憶? いやそれは私自身の記憶ではなかったかと思い始めてい

る。この本には、1996年から1998年にかけて複数回にわたった旅の記録をまとめた。

前編を、南西部のアナサジの遺跡に、後編を、中西部から南部に点在するマウンド(塚)に

当てている。これまで取材したものを書いたことはあっても、個人的な旅について書いたこ

とはなかった。自分の経験を語る面映ゆさが疼いているが、思いきって語り始めよう。旅が

「知らないことを知っていく」プロセスならば、書くことも、そして読むことも、ひとつの旅にち

がいない。一旅人を吹き抜けていった風が、この頁を操る「旅人」にもそよいでいけば幸い

である。


 


目次

前編 神話を生きる アナサジの足跡を辿る

第一章 放浪する人々

サウスウエストの旅 消えたアナサジの謎 放浪は宗教儀式?

第二章 チャコ

砂岩の迷宮 北米最大の集合住宅 消えた墓地のミステリー 太陽と星を見張る人々

遺跡に魅入られた男 蟻塚と青い石

第三章 続・放浪する人々

アステクという名の由来 崖下に広がる壮大な街 ブライスの地上絵

ホピ 創造とマイグレーションの伝説

第四章 ビーンダンス

ホピ、懐かしい土地 歩きまわる精霊たち 土器づくりか、パン屋か

遺跡はからっぽじゃない 古との絆を辿る

第五章 ミステリー

アートと儀式 過去と未来がつながる場所 背中の曲がった笛吹き男

自分を生贄に捧げる


後編 死と再生の印 点在するマウンドを訪ねて

第一章 隆起する図形

もの言わぬ大地の瘤 盗掘と贋作づくり 死者の眠る都市

囲い地は結界か、要塞か?

第二章 エメラルドの蛇

全長410メートルの巨大塚 行進するクマの群れ 地殻変動との奇妙な符号

第三章 カホキア

知られざるピラミッド 人身御供と「死のカルト」 都市化に潰えた町

第四章 ナチェス

黄金郷の夢 湿地帯の贈りもの 最後のマウンド・ビルダー マウンド建造は社交の場?

「神殿の守護者」のことば 英仏覇権争いの果て

第五章 飛翔する鳥

全長720キロの国立公園 水の向こうから来た友達 「見えないもの」で交易する

最高の「不毛地点」

第六章 亀の島

小石が小石に出会う メディスン・ウーマンの魔法 物語の胎内 母なるマウンド


遠い眺め あとがきにかえて

本書に登場した遺跡

参考文献


 


2012年1月14日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

デキストラ(ホピ族の著名な女性陶芸家)の作品です。

これから暫く太古の昔からインディアン・ホピ族が守ってきた予言に関する投稿をします。多くの

人が「予言」と聞くと恐怖を煽り立てるものと不審に思われるのは当然かと思います。ですから、

Facebookで私と友達であっても遠慮なく削除してください。また今後、皆様へご迷惑をおかけした

くないので、私のほうから皆様の投稿に対してコメント、そして「イイネ」はしません。私としては、

今後もホピの予言を軸に、キリスト教(前の投稿を読まれてください)や星空・チェスなど関心ある

ことをジョークを交えながらありのままの自分で書いていきます。



デキストラ(ホピ族の著名な女性陶芸家)の言葉

「インディアンの夢のあと」北米大陸に神話と遺跡を訪ねて

徳井いつこ著 平凡社新書 より引用



☆☆☆



巡礼というのかしら、ホピではいまでも定期的に遺跡を訪ねて捧げものをしているでしょう。「そう。

自分自身をきれいに拭うために。そして“思いだす”ために。記憶を新たにするために。われわれ

がどこから来たか? 誰であるのか? 自分自身を霊的に新しくする作業なのよ。・・・・本当は、

遺跡だけではない。地球上のどこであれ、神聖な場所。どこにいても、あなたがひとりでいて静か

であれば、創造主と話をすることができる。いつでも、どこでも、創造主の助けが必要なときは。

だって、あなたが何を感じているかを知っているのは、彼ひとりだけ。創造主、グレイト・スピリット。

彼を見た人はいない。それでも、どこにいても直接話ができる。われわれは創造主のことを“イタナ”

と呼びます。“お父さん”という意味」 (中略) 「そう。ずっとずっと昔、何百年も前からホピの先祖

は言い続けてきたのよ。<何もかも失うときが来るだろう。白い人たちがやってきて、すべてが根こ

そぎにされてしまうだろう。そのときあなたにできることは、ただひつつ。“思いだす”こと。自分が誰

であるのか、どこから来たのか、いつも心に留めていること>と」 自分が誰であるかなど、知ること

ができるでしょうか。私は、自分が何者であるかを知りません。デキストラは知っていますか? 「自

分が何者であるかを知るということは、自分自身をいつも油断なく見張っている、ということ。<周囲

で起こっていることのなかに没入してしまわないように注意しなさい!>と先祖は言った。<起こって

いることから距離をとって、ひとりで歩むこと>と。先祖はずっと昔から、来るべき時代のことを知って

いたのよ。<カップのような物体がもの凄い速さでそこらじゅうを走りまわるだろう。光がついて中に

は人間が乗っている>。これは車のこと。<われわれの頭上、空一面に、たくさんの蜘蛛の巣が張

りめぐらされるだろう>。これは飛行機のこと。<われわれの世界は、ふたつの黒い板に挟まれた

白い物体によってまったく変わったものになってしまうだろう>。バイブルのことよ」 予言の一部です

ね 「そう。<子どもたちは親や年よりを二度と敬わなくなるだろう>。知ってのとおり。若い人たちは、

ホピにおいてさえ、まったく過去を敬おうとしない。私にとって過去は、かけがえのないもの。価値あ

るもの。古い時代の古い人々の生き方のなかには、多くの真実が含まれている。昔から人々は、

<大地のめんどうを見るように>と言いえてきた。<自然を壊すことがあれば、必ず何かが起こる>

と。それがいま起こっている」 「ホピに来るたびいつも感じるのは、地球、自然の古さということ。風

に磨かれた岩の魂ひとつ、水に削られた渓谷ひとつ・・・・・・・・どれをとっても人間がつくったどんな

遺跡よりもずっと古い。多くの神話や物語は、そうした“古きもの”と人間とのつながりについて語って

いる。プエブロには昔からストーリーテラーと呼ばれる役目の人がいて、物語を続けることで、“古き

もの”に結びつけられた人間の姿を繰り返し確認するという機能を果たしてきた。物語を失ったわれ

われは、自然との絆、過去と未来との絆を失って、風のまにまに漂っているわけです」 「私が子ども

のころ、まわりにいる大人は誰でも物語を話してくれた。冬は暖炉のまわりで、夏は屋根の上に寝そ

べって。土の家は蒸し暑いから、みんな屋根に上がって眠るの。ブランケットもなし。ただ寝転がるだ

け。落ちていきそうに深い夜空を覗きこみながら、たくさんの話を聴いた。この世界のありとあらゆる

ものについての物語。太陽、月、鹿、蛇、蟻、鷲、・・・・悲しくて泣いてしまう物語もあった」 (中略) 

ホピ居留地内には小学校が六つと、中学、高校が一つずつありましたね。昨日、ホピ・カルチャーセ

ンターで見かけた高校生の卒業パーティーはずいぶん華やかだった。みんなタキシードとかドレスを

着て、酔っぱらっている子もいたみたい 「そう、高校生はひどい。煙草は吸うし、マリファナもやる。

サンタフェとか都市の学校に通っていた子が戻ってきて、そういうことの中心になる。若い子がそんな

だから、儀式に参加する人がどんどん減ってくる。カチーナ・ダンスを続けていくのも大変なのよ」 

将来に絶望している? 「絶望はできない、あきらめることはできないのよ。われわれは子どもたちに

伝え続けなければならない。しかるべき年齢になれば、たぶん、気づくときがくる。われわれにできる

のは、話すことだけ。人生をつくるのはお前たち。お前たち自身の選択なんだよと」



☆☆☆



(K.K)


 







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