はじめに (本書より引用)
2006年5月
編者 マイケル・オレン・フィッツジェラルド ジュディス・フィッツジェラルド
私たち21世紀の人間は、どうすれば19世紀の北米遊牧インディアンの本質を理解できるだろう
か。計り知れぬ、生まれたまま手つかずの神なる自然について、アメリカ先住の民から何を学ぶ
ことができるだろうか。昔のインディアンの知恵を資料から直接学ぶ方法はあるのだろうか。
平原や森を転々とするインディアンの姿は過去のものとなって久しいが、私たちは今なお、伝え
られている戦士や賢者たちのことば、さらには写真などを通じて、幸いにもそのかけがえのない
世界の精神を垣間見ることができる。本書は、かつて平原インディアンの生き方の手本であった
偉大なる首長(チーフ)たちに捧げる哀歌である。そして自らのことばや風貌によって、雄弁に、
また痛切に表現されている、彼らの英知と魂の美しさを伝える賛歌でもある。ここに登場するイ
ンディアンはみな、とうにこの世を去っているが、彼らによって代表される英雄的理想像は祭司
と戦士の性格をあわせもっており、すべての人々の模範になるものだ。
掲載された写真の多くはこれまでまったく公にされたこともない、にもかかわらず、どのようにし
て選ばれたのか、ほとんどは私たちが過去30年の間に収集した数千点の写真の中から採用さ
れている。その大部分は1974年に米国国会図書館において実施された調査の収穫で、著作権
保護のためにこの図書館に保管されていたものである。当時は写真の山に自由に分け入って
著作権の期限の切れたものを複写することも容易だった。私たちは居留地隔離以前のノマド時
代に成人した、平原インディアンばかりを選ぶようにした。
また、哲学者の故フリッチョフ・シュオンが50年を費やして収集したコレクションからも写真が採
用され、この本に入ったことは感慨深い。比較宗教学研究者の間では知られているものの、彼
についてなじみのない読者も多いことだろう。シュオンは若いときから亡くなるまで、北米の平原
インディアンに深い関心と共感を寄せていた。彼は正式に首長ジェームズ・レッド・クラウドの一
族の養子として迎えられ、この偉大なスー族首長の孫となった。ワンブリ・オヒティカ(勇敢な鷹)
という名も与えられている。本書所収の写真の一部はレッド・クラウドからシュオンに与えられた
ものである。何年か後、彼は、クロウ族のメディスンマンでサンダンス(夏至のころ平原インディ
アンが行なう重要な祭)の祭司であるトーマス・イエローテイルの養子になった。イエローテイル
については後述するが、20世紀において最も敬愛されたアメリカ・インディアンの精神的指導者
である。
シュオンは50年を超える業績を通じて、平原インディアンの信仰を含む、世界の偉大な宗教の
多様な側面を論じた本を25冊以上著した。多数のインディアン指導者と交流し、さまざまな関係
者から写真が送られていた。たとえば33ページのブラック・エルクの写真も、スー族の聖者とし
て名高い彼からの贈りもので、「わが友へ。ブラック・エルクより」と書きこまれている(33ページ
にそれを掲げたが、彼自身の筆跡かどうかは不明)。シュオン・コレクションの写真のうち数点
は、写っている首長の名も写真家の名も不明である。シュオンに贈呈されたものだが、そのとき
に情報が提供されなかったのだ。
私たちがアメリカ・インディアンの口承と記述についての調査を始めたのは、1970年、マイケル・
オレン・フィッツジェラルドがインディアナ大学の大学院生として、ジョセフ・イーペス・ブラウン博
士による「北米インディアンの宗教的伝統」という講義の助手を務めていたときである。イエロー
テイルとその妻スージーや、ベンジャミン・ブラック・エルク(あの敬愛されたスー族の聖者の息
子)と知り合ったのもブラウン博士を介してのことだ。これ以来、私たちは居留地以前のノマド
時代から受け継がれた精神的伝統に関わる口承と記述を求めながら、とりわけ平原インディア
ンを対象に研究を続けている。
アメリカ・インディアンの伝統社会は文字を持たなかったため、文字による格言の記録は白人
の到来とともに始まった。それゆえ、ノマド時代の首長たちから直接聞き書きのできた年月は、
ごく短く限られている。この本では彼らの聖なる遺産に的を絞っているので、支配的な白人文
化との交流についての発言は、両者間の道徳的価値観の比較が含まれていない限りは割愛
した。古き良き時代の偉大な首長のことばに加え、これらの伝統的ノマドから直接教えを受け
たせ代の記述も選りすぐって収録している。若者の教育はすべて長老から口伝によって行わ
れていたが、こうした物語り(ストーリーテリング)は、英知を伝えていく方法の基本である。あ
る世代から次の世代へ、あるいはもっと正確にいえば、祖父母から孫へ・・・・親は家族の物質
的な必要を満たすのに忙しく、その間に子どもたちは、祖父母からたっぷりと教えをたたきこま
れながら長い時間を過ごしていたのだ。こうしたプロセスは子どもの教育に不可欠な部分で、そ
れぞれの孫世代が祖先から続く部族の伝統への力強い架け橋になってきた。19世紀末から20
世紀への変わり目に生まれた平原インディアンの若者は、ノマド時代の平原インディアン文化を
最後に生き、わが先人たち(オールドタイマーズ)と親しみをこめて呼ばれる人々から、直接必
要な教育を受ける幸運に恵まれた。この世代が、居留地以前のノマド時代との最後の直接的な
つながりだったのだ。しかも、ほとんどの人々はもうこの世にいない。この世代をはっきりした年
代で特定することはできないが、本書にも1904年より前に生まれた人々の記述や口伝を選んで
収録した。おなじみの格言もいくつか含まれるが、あまり知られていないものを主体に、口承の
伝統の幅広さや多様性を示そうと試みた。
後掲のイエローテイルによる文『「中心」への道、英知のことば』は、1970年に始まった、私たち
とイエローテイル一家との交流がもたらしたものである。彼が亡くなる1993年11月までは毎年、
サンダンスの時期を含め、夏のいく日かをいっしょに西部で過ごした。それに先立って1978年
からは、イエローテイルがインディアナのわが家を毎年訪れるようになった。そうした機会に、
彼がそのときどきに関心を持っている計画に共に取り組むようにした。その成果が彼の自伝
Yellowtail,Crow Medicine Man and Sun Dance Chief : An Autogiography であり、さらにはこの
本である。彼は本書に掲載を予定していたすべての写真を熱心に見、年々新しく発見された
先人の記述や口伝を読んだ。こうして写真や文に目を通したあと、彼はわが家に滞在中の1992
年秋、『「中心」への道、英知のことば』を書いてくれた。公私の諸事情によって本書の出版は数
年遅れてしまったが、いっしょに取り組んだ仕事がここに完成したことには、達成感がある。
インディアン・スピリットとは何かを示す本書は、写真とことばの両方によって、私たちをあの伝統
の主人公たちに引き合わせてくれる。アメリカ・インディアンが道徳的価値を重んじていたこと、計
り知れない、手つかずの、神なる大自然と親しく結ばれていたことがよくわかるだろう。人間一人
ひとりの中にある魂が「大いなる精霊」(グレイト・スピリット)と神秘的に結びついており、その教え
に調和して生きることこそが人間の務めであると彼らが強く信じてきたことは明らかである。彼ら
の文化全体はこれらの信条の上に構築されているのだ。テクノロジーの進化した現代、日々不穏
なできごとに遭遇するうち、私たちは聖なる価値とのつながりを見失ってしまうこともよくある。自分
の内に本来そなわった清浄なる魂をよりよく理解できるよう、ここに示された思想が助けとなれば
幸いである。
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