「愛の笛」

ポール・ゴーブル文・絵 北山耕平訳

河出書房新社

北山耕平さんのホームページ「Native Heart」











とても美しい男と女のラブ・フルートにまつわる愛の物語。そしてその中に

もインディアンの精神世界がちりばめられている素晴らしい絵本ですが、

この本のもととなっているのがサンテ・ダコタ族に伝わる伝承「求愛の笛の

起源」というものです。じつに心あたたまる物語です。

(K.K)







本書「はじめに」より


アメリカ・インディアンの人たちの用いるフルートは「愛の笛」とも「求婚の縦笛」

とも呼ばれます。その昔、ひとびとがまだ伝統的な暮らしをしていたころには、

縦笛を吹くのは男性ときめられていました。求婚以外の目的で縦笛が奏でられ

ることはまずなく、したがってこれを演奏するのは多くの場合青年たちとかぎら

れていたわけですが、なかには自分の妻のためにセレナーデを奏でる人たち

もいたようです。男たちは死ぬと自分の縦笛と一緒に葬られると、記録にはあ

ります。求愛は人目を忍んでするようなものではなく、みんなの前で堂々と行

われました。もっとも、野営地の部落のなかでは、住居であるティピの内にも外

にも、プライバシーなんて、まったくありません。プライバシーがあるとすれば、

それは、二人が立ったまま一枚の毛布に頭から包まれているときだけでした。

そんな光景を目にしたほかの人たちは、見ても見ないふりをしますし、耳をそ

ばたてるような不作法なまねもしません。若者が恋人に愛をうちあけにいくとき

には、香をぬり、そのための化粧を絵の具でほどこして、一番美しい衣装を身

にまといます。そうやってすべての鳥たちや動物たちに真似たのです。自分と

恋人とをすっぽりと包むための一枚の大きな毛布を抱えて、若者は出かけて

いきました。一枚の毛布を頭から二人でかぶって、なかでなにごとかを囁きあ

いながら立っているときにだけ、恋人たちも二人きりになれました。でも、相手

の娘が人気者の場合には、ほかの男たちが同じように列をなして順番を待っ

ているようなことだってあります! 恋人と一緒に包まれるための毛布は、若者

の恋の成就を祈って、彼の姉や妹、もしくは親戚の女性の誰かが、特別に作

ってくれたものなのです。こうした求愛に関するもろもろの習わしなどのことが、

この本には書かれています。絵に描かれてある時代は、今からおよそ100年

前の話です。このラブ・フルートが、どのようにしてひとびとのもとにもたらされた

のかについては、時も場所も異なるいくつかの神話が、聖なる物語として、残さ

れています。いつの時代においても、恋人同士がひかれあい、ひとつに結ば

れるためには、なにか超自然的な力の助けが必要なのですね! この本の

もととなっているのもそうした物語のひとつです。とくに、エラ・ドロリアとジェイ・

ブランドンの二人がサンテ・ダコタ一族に伝わる伝承を記録した「求愛の笛の

起源」という本を下敷きにしています。この本は、1961年にサウス・ダコタ州

ヴァーミリオンにあるW・H・オーバー博物館より出版されています。愛の縦笛

ラブ・フルートは、へらじか一族よりもたらされました。へらじかの雄は威風堂々

として礼儀をわきまえており、牝たちから慕われていることを、ひとびとは知って

いたのです。どうせならへらじかのように立派な人間になって、愛する女性の心

を射止めてみたいものだと、男なら誰しもが考えます。愛の縦笛を手にしながら、

彼は自分をつき動かす不思議なものと、美しい愛と、相手を激しく求める性的な

力とを感じ、それを音で表現しました。縦笛はへらじか一族よりもたらされたもの

であるにもかかわらず、そこから流れ出す調べには、すべての生きているものた

ちの力が込められています。だからこそ、誰かが自分の愛する者を呼び寄せて

新たなる生命を作り出そうと縦笛を奏でることは、すべてを創りたもうたものの

一部として、それをしていることにもなるのです。



昔は、夏の晩ともなると、縦笛の調べが聞こえてきました。愛の歌です。

周囲の松におおわれた山々や、草の生い茂る丘のあいだから、円陣

をなして建てられているティピの輪の中に、それは、そよ風にのって運

ばれてきました。そこでは若者たちが、愛する娘を思いながら、ラブ・

フルートを奏でています。娘たちは、両親の目が光っているにもかか

わらず、ティピのなかで、それが自分のことをいとおしく思う若者の奏

でている旋律であることを、知っていました。でも、いくら愛しあってい

ても、夜、陽が落ちてからは、ふたりが、いっしょにいることはゆるされ

ません。だから、縦笛の調べのなかで、ふたりのスピリットはひとつに

溶けあうのです。 (本書より)



APOD: 2012 May 19 - Annular Solar Eclipse

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2012年5月24日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



私がインディアンに関心を持った頃に、インディアンのことについて日本人の方が書いている本に出会った。

その方からは、メールを通していろいろ教えてもらったこともある。



その方はブログの中で、日食に関してインディアンのメディスン・マンから決して見てはいけないことを言われ、

世界中のシャーマン達が決して日食を見ない事例を紹介しながら、家にこもり内なるビジョンを見ることを訴

えておられた。



私は日頃から星空に関心があり、時々山にこもって星を見るのだが、日食も一つの天文現象であると浅は

かに思っていた。



確かに太陽が死んでいくことは古代の人々にとって恐怖であり、喪に服す意味で家にこもったのだろう。私

たち現代人は太陽が隠れても、直ぐに復活することを知っているため、彼ら古代の人のこの恐怖は決して

理解することは出来ないと思う。



この意味で、先のブログは私に新たな視点を与えてくれたように思う。



ただ、私自身の中で、違う見方をした古代の人もいたのではないかという疑問が湧いてきて、5月21日にそ

の思いを投稿した。



私はギリシャ神話は好きではなく、以前から古代の人が星空にどんな姿を投影してきたのか関心があった。

また自分なりに星を繋ぎあわせ星座を創ったほうが意味あることだと思っていた。



今日のことだったがアイヌの日食についての伝承に出会った。私自身まだ読んではいないが、これは『人間

達(アイヌタリ)のみた星座と伝承』末岡外美夫氏著に書かれている話だった。



アイヌの文献は何冊か読んで感じていたことではあるが、アイヌの方と神(創造主)はまるで同じ次元でもあ

るかのような親密感をもって接していながら、畏敬の心を持っている。私は彼らの世界観が大好きだった。



下にこの文献からの引用とアイヌの方が日食を歌った祈りを紹介しようと思うが、これは一つの視点であり

絶対こうでなければならないという意味ではない。



私たちは日食に対する様々な見方を受け止めなければならないのだろうと思う。



☆☆☆☆



太陽が隠れるということは、人びとにとって恐怖でした。



日食のことを次のように言いました。



チュパンコイキ(cup・ankoyki 太陽・をわれわれが叱る)
チュプ・ライ(cup・ray 太陽・が死ぬ)
チュプ・サンペ・ウェン(cup・sanpe・wen 太陽・の心臓・が病む)
トカム・シリクンネ(tokam・sirkunne, tokap・sirkunne 日(太陽)・が暗くなる)
チュプ・チルキ(cup・ciruki 太陽・が呑まれた)
トカプ・チュプ・ライ(tokap・cup・ray 日中の・太陽・が死ぬ)  
チュプ・カシ・クルカム(cup・kasi・kur・kam 太陽・の上を・魔者・がかぶさる)



日食の際の儀式を紹介します。



男性は、欠けていく太陽をめがけてノイヤ(蓬(よもぎ))で作った矢を放ちました。



女性は、身近にある器物を打ち鳴らし声を合わせて、次のように叫びました。



チュプカムイ      太陽のカムイよ
エ・ライ ナー   あなたは重態だ
ヤイヌー パー    よみがえれよー
ホーイ オーイ    ホーイ オーイ



日食は、太陽を魔者が呑み込むために起こったと考えました。その魔者を倒すために、蓬の矢が効果が

あったのです。



太陽を呑み込む魔者は、オキナ(oki・na 鯨・の化け物)、シト゜ンペ(situ・un・pe 山奥・にいる・もの 黒狐)。

オキナは、上顎(うわあご)が天空まで届き、空に浮かんでいる太陽をひと呑みにしたと伝えられています。



闘病記/定年退職後の星日記/プラネタリウム より引用



☆☆☆☆







(K.K)



 

 


2012年5月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

厚木市から見た金環日食



僕は毎日起きてすぐに太陽に祈っている。



人びとに安らぎが訪れるようにと。



今日は金環日食だった。



昔の人は急に太陽が隠されるのを見て、恐れおののいたことだろう。



でも、僕は違う人々のことも想像してみた。



インディアンホピの方たちが日食をどのように見ていたかはわからないが、

日の出と共に太陽に祈りを捧げている人々のこと。



もしこの人たちが太陽が隠され死んでいくのを見た時、こう願い叫んだかも知れない。



「太陽、生きてくれ!!!」と。



僕は肌を通してその感覚を理解しているとはとても言えない。



しかし太陽と心が通じていた民の中には、死にゆく太陽を見ながらこう願ったかも

知れない。



日々、太陽が昇ることを当たり前の出来事と受け取らず、日々感謝の心を持って

生きてきた人たち。



勿論これは僕の勝手な想像で、そのような先住民族がいたかどうかはわからない。



でも、僕は彼らのような民がいたことを、そして現代でも生きていることを信じたい。



(K.K)



 

 

2012年5月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





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題・・・「お父さん、宇宙が、金環日食が、ここにもあるよ」・・・自宅近く



(K.K)



 

2012年6月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





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2004年の金星の太陽面通過、太陽の右側に金星が写っています。(写真はNASAより引用)



今日の部分月食は厚い雲に覆われ見ることが出来ませんでした。



でもお陰で近くに天体観望できる開けたところを新たに開拓することが出来たので感謝です。



ところで、明後日の金星の太陽面通過ですが、上の写真は2004年6月8日の時のものです。



じゃあ明後日見逃しても数年後に見れるんだ、と思われたら大きな間違いで、次は105年先に

なってしまいます。



105年先というと、現在の赤ちゃんでも見るのは殆ど出来ず、その赤ちゃんの赤ちゃんが長生

きしてようやく見ることができるのだと思います。



私たちが明後日見る金星の太陽面通過、そして次に目にするであろう世代を想像するとき、

インディアンの言葉を思い出します。



☆☆☆☆



「私たちの生き方では、政治の決め事は、いつも七世代先の人々のことを念頭におきなが

ら行われる。



これからやってくる人々、まだ生まれていない世代の人々が、私たちよりも悪い世界で暮ら

したりすることのないように、できればもっと良い世界に生まれてこられるように心を配るの

が、私たちの仕事なのだ。



私たちが母なる大地の上を歩くときに、いつも慎重に一歩一歩進むのは、これから生まれ

てくる世代の人々が、地面の下から私たちのことを見上げているからだ。



私たちはそのことを、片時たりとも忘れない」



オレン・ライオンズ(オノンダーガ族)



「ネイティブ・アメリカン 叡智の守りびと」築地書館より



☆☆☆☆




(K.K)









アメリカ・インディアン(アメリカ先住民)に関する文献

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