「アメリカ先住民 民族再生にむけて」
阿部珠理著 角川書店 より引用
阿部珠理(あべ じゅり)
福岡市生まれ。UCLA大学院助手、香蘭女子短期大学助教授を経て、現在 立教大学社会学部教授。アメリカ先住民研究。著書に「アメリカ先住民・民族 再生にむけて」(角川書店)、「アメリカ先住民の精神世界」(日本放送出版協 会)、「みつめあう日本とアメリカ」(編者・南雲堂)、「マイノリティは創造する」 (共著・せりか書房)、「大地の声 アメリカ先住民の知恵のことば」(大修館書 店)、「ともいきの思想 自然と生きるアメリカ先住民の聖なる言葉」(小学館 新書)、訳書にアメリカ先住民の口承文学をまとめた「セブン・アローズ」(全 3巻 地湧社)、名著「ブラック・エルクは語る」、「文化が衝突するとき」(南雲 堂)、論文に「アメリカ・インディアン・アイデンティティの文化構造」など多数。 2011年にはNHKカルチャーラジオ、歴史再発見で「アメリカ先住民から学ぶ・
本書 はじめに より引用
本書で私は、アメリカ先住民の現在の姿を、できる限り忠実に伝えようとした。1993年から 始まった国連の国際先住民年もあって、彼らに世界的な関心が向けられてはいるが、彼ら が置かれている現実が、まだまだ充分に理解されているとはいい難い。また関心の多くは、 自然と共生してきた彼らの環境思想や自然観に学ぼうとするものだが、先住民文化に対す る一面的な美化や賞賛は、むしろ彼らの全体像を見失わせることにもなりかねない。本書 では、アメリカ先住民を極力総合的、包括的な観点から論じようと努めたが、それは簡単な 作業ではなかった。世界の先住民を一括りにできないのと同じように、アメリカ先住民もまた そうすることができないからだ。現在アメリカ合衆国には、500を超える連邦承認部族が存 在する。各部族の合衆国との関係は、歴史的に異なるし、居住地域によって生活文化の差 もあり、また、本書で述べているように、部族間、個人間の経済格差も広がっている。それ ら差異を認めながら、共通の被害者体験を持ち、同化政策によって甚だしい文化変容を強 いられ、近代化のプロセスでは部族内分裂を経験した民族、一方で伝統的にスピリチュアル で、自然感応的な感性を共有する民族として集合的に捉えた。なによりも、彼ら自身が「イン ディアン」という民族意識を涵養しつつあるという認識が、そこにある。また彼らが置かれて いる環境や抱えている問題など、現代的な課題が本書の焦点であるが、それらはもちろん 歴史的な文脈から切り離すことができない。必要に応じて最小限その脈絡を論じることに した。第一章では、先住民の出自に関する議論を紹介し、最新の統計史料に基づき、人口 動態、健康状態、経済状態、教育など、彼らの現在の生活環境をできる限り詳細かつ広範 に論じた。その際、現在議論の的になっているインディアン・カジノや、彼らの生活基盤で ある保留地の重要性に目を向けた。多数の図表は、併記した資料を基本に作成した。 第二章では、彼らが抱える問題を、合衆国との関係の上で見ていった。部族の公式承認 や自治権の問題の淵源を考察し、解決に向けての糸口を探った。そこには、リパトリエー ション(遺骨、遺物の返還)や、リコンシリエーション(歴史的和解)といった現在進行中の 今日的問題も含まれている。第三章では、呼称の問題や彼らの自意識の実態を取りげた。 またステレオタイプ化されたイメージの出所や、創造過程をたどりながら、彼らの実像を明 らかにしようとした。ジェンダー・ロールや意識の問題も、ここに含まれる。第四章では、 先住民の精神文化、ことに彼らの自然観や宗教観、信仰実践の特質を考えた。さらに物 質文化の特質と合わせて、それらを変容と創造の観点から捉え、その柔軟性や躍動性を 評価した。
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目次
はじめに 第一章 アメリカ先住民の現在 1 アメリカ先住民の足跡 先住民の起源をめぐる論争 アメリカの矛盾と先住民 2 保留地が秘める可能性 保留地とは 「発見者の権利」と「先住者の権利」 増加する先住民族人口 汎インディアン運動の広がり アイデンティティ回復の拠点としての保留地 3 疾病と深刻な飲酒問題 アメリカでもっとも「不健康」な民族 食生活の変質にともなう疾病の増加 アルコール依存と精神の荒廃 深刻化する子どもへのアルコールの影響 4 貧困経済からの脱却にむけて 脆弱な生活基盤 受けるべき権利としての「福祉経済」 経済的自立にむけた多様な試み 5 功罪半ばするインディアン・カジノ ペクォート族の成功 伝統の再生に充てられるカジノ収益 岐路に立つインディアン・カジノ 6 アイデンティティ確立への模索 白人「文明」への同化教育 伝統的価値の見直し 部族大学 言語維持、文化再生にむけてのさまざまな試み
第二章 部族社会をめぐる問題 1 アメリカ合衆国と部族社会の関係 連邦承認部族とは何か 危うい部族主権 同化政策の推進と市民権 明確化されない法的定義 2 部族統治と共同体の分裂 伝統的部族統治 分裂の始まり 部族議会の誕生 部族内分裂の象徴としてのウンデッド・ニー占拠事件 敵意ある依存 環境レイシズム 3 和解にむけて リパトリエーション・・・・部族に帰る遺骨 蓄積された遺産をいかに継承するのか リコンシリエーション・・・・和解から平和の達成にむけて
第三章 アメリカ先住民のイメージと実像 1 呼称の問題・・・・アメリカ・インディアンかネイティブ・アメリカンか 定着しない「ネイティブ・アメリカン」という呼称 「ネイティブ・アメリカン」の政治的スタンス 「アメリカ・インディアン」という呼称への回帰 2 アメリカ先住民の自意識 部族意識 部族帰属の経済的動機 インディアンという民族意識・・・・汎インディアン意識の目覚め レッド・パワーと汎インディアン意識の高まり 3 作られるインディアン ステレオタイプの背景と推移 「高貴なる野蛮人」ノーブル・サベージの系譜 モンテーニュとルソーのインディアン 「高貴なる野蛮人」から「天性のエコロジスト」へ 西部劇のインディアン アメリカを告発する「ソルジャー・ブルー」 よそいきのインディアンから普段着のインディアンへ・・・・「ダンス・ウィズ・ウルヴス」と「スモーク・シグナルズ」 4 先住民のジェンダー 神話の中の先住民女性 女性の地位と役割 私有制と家族内ヒエラルキー 第三の性としてのベルダーシュ
第四章 アメリカ先住民文化が秘める可能性 1 先住民思想の基底を成すもの 先住民の自然観 繋がり・循環・調和 循環というエコノミー 与えつくしの精神 2 精神文化の伝承者としてのメディスンマン メディスンマンというパワーの信仰 現代のメディスンマン ヴィジョンの文化 3 先住民の宗教観 キリスト教の浸透がもたらしたもの 先住民信仰の本質 部族を越えるネイティブ・アメリカン・チャーチ ネイティブ・アメリカン・チャーチの核を成すもの アメリカン・インディアン信教の自由法 広まるスウェット・ロッジとサンダンス 4 汎インディアン文化の創造 民族の連帯を強化するパウワウ 民族文化としてのパウワウ インディアン・アイテムの誕生 白人交易から生まれた新たな「伝統」文化 インディアン・キヴァー、インディアンの文明への貢献 麦、タバコ、綿花から産業革命まで 議会制度のモデル 文化の再生から民族再生へ
参考文献一覧 あとがき
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