「NHKカルチャーラジオ 歴史再発見 アメリカ先住民から学ぶ―その歴史と思想」

阿部珠理 著 NHK出版 より引用







本書「アメリカ先住民から学ぶ その歴史と思想」はインディアンの全体像を理解

する上で最も優れた文献の一つになるだろう。著者の先住民に対する造詣の深さ

と長年のフィールドワークを通して、インディアンの歴史と思想の核心に迫っていく

本書はアメリカ先住民とは、アメリカ・インディアンとは何かと知りたい人にとって先

ず読んでほしい文献であり、多くの発見をもたらしてくれる。私自身、阿部珠理さん

が今までに出版した文献から多くのものを発見し学んできたが、それは本書におい

ても平衡感覚に優れた著者ならではの輝きが宿っている。尚、本書はNHKラジオ

第2放送で2011年10月から12月の毎週12回にわたって放送される。

(K.K)


 









阿部珠理(あべ・じゅり) 立教大学社会学部教授


福岡市生まれ。UCLA大学院助手、香蘭女子短期大学助教授を経て、現在

立教大学社会学部教授。アメリカ先住民研究。著書に「アメリカ先住民・民族

再生にむけて」(角川書店)、「アメリカ先住民の精神世界」(日本放送出版協

会)、「みつめあう日本とアメリカ」(編者・南雲堂)、「マイノリティは創造する」

(共著・せりか書房)、「大地の声 アメリカ先住民の知恵のことば」(大修館書

店)、「ともいきの思想 自然と生きるアメリカ先住民の聖なる言葉」(小学館

新書)、訳書にアメリカ先住民の口承文学をまとめた「セブン・アローズ」(全

3巻 地湧社)、名著「ブラック・エルクは語る」、「文化が衝突するとき」(南雲

堂)、「ビジュアルタイムライン アメリカ・インディアンの歴史」(東洋書林)、論

文に「アメリカ・インディアン・アイデンティティの文化構造」など多数
2011年

にはNHKカルチャーラジオ、歴史再発見で「アメリカ先住民から学ぶ・その

歴史と思想」が放送された。


 
 


本書 「先住民文化の世界への発信 年寄り、子ども、障害者」 より引用



先住民保留地で祭りや儀式にいくと、かならず一番いい席が、年寄りのために取ってある。

地位や名誉に関わりなく、どんな年寄りでもそこに座ることができる。コミュニティの会合や

食事会の始まりには、かならず祈りが捧げられるが、それは年寄りの役目である。ギブ・

アウェイ(与え尽くし)の儀式では、参加者のすべてに何らかのプレゼントが行き渡るよう配

慮されているが、贈り物が最初に渡されるのは、年寄りと子どもである。ラコタ社会はこの

ように、彼らを大切に守っているというメッセージを常に発し、年寄りと子どもに対して社会

的敬意を払っている。ラコタ語では、一生の始まりである赤ん坊を「ワカン・インシュヤン」と

呼ぶが、これは、聖なる者という意味である。これに対して、年老いた者たちは「ウィチャク

チェ」と呼ばれ、すべての能力に勝る者を意味する。つまり、人は、聖なる者として生まれ、

聖なる者に戻ってくるということだ。このことも社会が年寄りや子どもをどう遇しているかの

あらわれである。



これは、心身障害者に対しても同じである。ラコタの伝統では、彼らを社会から疎外するこ

とがない。障害のある子供が生まれても、そうした子供は劣っているのではないと考えるか

らだ。宗教と生活が今より密接に繋がっていた昔、彼らは、むしろワカンタンカ(ラコタのグ

レート・スピリット、大いなる精霊)に近い存在と考えられ、大切に育てられた。子供はもとよ

り聖なる存在であるが、保護なしには生きられない点、社会的弱者である。その弱者の中

でもことに弱者である心身障害者へのいたわりの心が、彼らを聖なるものと位置づけるシス

テムを作り上げたと考えられる。



私たちいわゆる文明人が「障害」として捉えがちなものを、彼らはただ「差異」として捉えよう

とする。実際、ラコタの私の友人の子供は、いわゆる知的障害であるが、まわりの人々がそ

の子のことを「ハンディキャップ」であるとか「ディスエーブル」であると表現するのを聞いたこ

とがない。「この子は他の子と違ってちょっと動作が遅いから」と、その子の祖母が何の衒い

もなく言うのを聞いたとき、また近所の子どもたちが、ごく普通に遊びの輪に彼を加えるのを

眼にしたとき、豊かな米国の最貧社会にありながらも、なお人間が保ちうる「品性」というもの

を、私は学んだ。



経済社会が人間を支配すれば、老害などという残酷な言葉を生むように、役に立たなくなっ

た人間は余剰の存在として、厄介者扱いされる光景を日本ではよく見かける。我々の社会

であったなら、白眼視されたり、排除の対象となる弱者を、先住民の社会は包摂する。つま

り共同体の成員すべて、年寄り、子ども、障害者といった弱者までが、何らかの役割、存在

意義を与えられており、共同体での居場所を保証されている。これこそが繋がりと愛から発

した、人間の安全保障ともいえる、高度に文明的でありながら不文律の彼らの包摂の思想

なのである。ラコタ社会は、物質的には大変に貧しい。しかし、物質的には豊かだが、人と

人との繋がりが希薄になり、「無縁社会」が取り沙汰される日本社会が、彼らから学ぶこと

は、非常に多いと思われる。


 


本書 はじめに 阿部珠理 より抜粋引用



アメリカ先住民について学ぶことには、いったいどんな意味があるのだろう。アメリカ先住民と

私たち日本人の生活は、一見何の関係もないように見える。たしかに私たちは、太古の昔、

アジア大陸のモンゴロイドに共通の祖先を持ち遺伝子には親戚関係にあるといわれる。だが、

西欧文明を学んで「近代化」に成功し、西欧社会の植民地化の禍を逃れて、アジアの小国と

しては異例の早さで、世界の列強と肩を並べるようになった日本と、西欧近代の植民地化の

犠牲となって、自らの生活基盤を収奪され、著しい社会と文化の変容を余儀なくされ、自立的

な生活すらままならなくなった先住民とは、歴史的には対極的な関係にあるように見える。



事実コロンブスの「新大陸」発見を契機として、先住民人口は著しく減少し、その社会は疲弊

し、19世紀が終わるころには、「消え行く民」と呼ばれて民族の存続すら疑われていた。だが、

彼らは消えてゆかなかった。それどころか、二十世紀初頭には二四万であった人口は、二十

世紀末には、その約十倍に復調し、ことに一九六〇年代以降は、民族復興、文化再生の運動

が加速して多くの部族に活力を与えている。経済的にもカジノ経営が成功し、裕福な部族も

誕生している。しかし総体的には、依然としてアメリカ先住民はアメリカ合衆国で最貧の民族

グループである。



筆者が長年フィールドワークを行うサウスダコタ州のラコタ・スー族は、典型的な最貧部族であ

るが、調査を初めて以来約二〇年、冬は零下二〇度に達する保留地で、凍死者や餓死者の

報告に接したことがない。翻って、先進国の一員として物質的繁栄を謳歌してきた日本では、

孤独死や餓死のニュースは、今や珍しくはない。ここから私たちは、先住民社会の「貧しさの中

の豊かさ」と日本社会の「豊かさの中の貧しさ」を読み取ることができるかもしれない。



この講座では、アメリカ先住民の過去から現在までの歴史を繙き、その社会と文化の劇的な変容

をさまざまな事例から学ぶとともに、その変容の引き金になった外的要因と内的要因を考える。そ

こからは、近代西欧の植民地主義と先住民社会の相剋における歴史の普遍が垣間見えるだろう。

さらに先住民社会の「貧しさの中の豊かさ」に着目して、その豊かさの内実を明らかにしてゆく。そ

れこそが、彼ら民族を再生に導く源泉だと考えるからだ。先住民社会を私たちの社会に照射して、

今後の私たちの生活と社会を展望することが、アメリカ先住民を学ぶことのもっとも重要な意味だ

ろう。


 


目次

はじめに



第一回 先住民からの世界への贈り物

インディアン・ギヴァーが世界を変えた

放送 2011年9月27日 再放送 9月28日



第二回 先住民の軌跡と「新大陸」の植民地化

放送 2011年10月4日 再放送 10月5日



第三回 先住民社会の変容

放送 2011年10月11日 再放送 10月12日



第四回 イギリス植民地からアメリカ合衆国へ

放送 2011年10月18日 再放送 10月19日



第五回 先住民女性の虚像と実像

放送 2011年10月25日 再放送 10月26日



第六回部族社会の分裂とリーダーたち

放送 2011年11月1日 再放送 11月2日



第七回 汎インディアン運動とレッドパワーの炸裂

放送 2011年11月8日 再放送 11月9日



第八回 保留地の現在

放送 2011年11月15日 再放送 11月16日



第九回 社会・経済開発

放送 2011年11月22日 再放送 11月23日



第十回 ラコタ族の精神世界

放送 2011年11月29日 再放送11月30日


第十一回 民族再生と文化創造

放送 2011年12月6日 再放送12月7日



第十二回 先住民文化の世界への発信

放送 2011年12月13日 再放送 12月14日








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