On the shores of the Pacific (Tolowa)
Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)
1998.4/20
父は空、母は大地
アメリカ・インディアンは常に七世代先を見ながら行動していたという。 そこには地球あるいは大地の波動がしっかりとインディアンの体内の波 動と共鳴しあっていた。私たちが選んだ文明を、何故彼らは頑なに拒否 し続けたのかの答えはそこにある。かつて私たち日本人も縄文時代の 頃は同じような視点を持って生きていた。その面影はアイヌと沖縄の一 部の人にしか見られないが、縄文時代の多くの人間は大地と共に生き ることを、そしてそこから多くを学べることを肌を通して理解してきた。 現代において大地は汚れたものであるとの観念を植え付けられ、普段 の生活の中から大地は消えていく。アスファルトなどで覆われた大地 に生命が新たに宿ることはなく、人間も大地の波動を足の裏を通して 感じることも無くなってしまった。そしてそこにどんな薬にも勝る素晴ら しい癒しがあること気づくことさえもない。この大地から人間だけでな く、多くの動植物の生命が産声をあげる。そして命の炎が消え、身を 横たえるのもこの大地でしかないのである。私たちは自分たちの生活 の快適さ、便利さと引き換えにこの大地から生命を奪ってきた。インデ ィアンにとって、それは自分の母を強姦することと同じ意味であった。
果たして私たちは、この文明社会の中で大地との絆を取り戻すこと が出来るのであろうか。大量消費・生産に代表されるところの人間 の経済活動の中で大地の波動を再び感じとることが出来るのであ ろうか。アボリジニー(オーストラリア先住民族)の著名な画家である ブルーイー・ロバーツは言う。「古いやり方と新しいやり方のどちらを 選べばいいのかを決めることはとても難しい。新しいやり方を理解す るのはとても大変です。何もかもがややこしくて、どうしていいかわか らないからです。ですから、一番いい方法は古いやり方をもう一度学 び直すことです。未来に向かって進むことができないときには、元に 戻って再出発すればいい。いつだってやれるんです。古い文化を学 び直して、その価値を認める必要があります」。遠い太古の昔、現代 文明と同じような危機に遭遇したことを経験したホピ族は、それを 未来の人類の警鐘の言葉として何千年も語り継いできた。現代に生 きるホピ族の長老マーティン・ガスウィスーマは言う。「わしらの祖先 は、こう伝えてきた。”いつの日にか、何かのバランスが崩れると、 悪いことが次から次へと起こり、大地と人々の命が“破壊される”と。 わしらは長老たちから、そう教わった。長老たちは、同じことが大昔 (前の世界)に起こったことがあるので、再び繰り返されると知ってい たのだ。だからこそ、わしらホピは、大地と生命のために、その預言 を世界中の人たちに伝え歩かねばならなかった」。
まるで根無し草のように大地の上を彷徨している私たち現代文明人。 多くの汚染されたものが自らの体内に蓄積され、未来の人類を語ること さえ難しくなっているこの時代に私たちが出来ることは一体なんだろう。 七世代先の世代に語り継いでいかねばならないものは何か。私たちが 追い求めてきた快適さと便利さの名の下に、どれほどの多くの動植物が 絶滅の危機に瀕し、そこに暮らす先住民族の生命を奪ってきたのか。 もう二十年近く前、私は友達に誘われてマルコス政権下のフィリピンを 訪れたことがある。そこでの数々の出会いは今だに消化されないまま 私の中に棲みついている。両親を日本兵に殺され、神に許すことを必 死に祈って会いに来てくれた男性。イメルダ夫人の親戚でありながら、 スラム街の人々のために働き、フィリピンのあるべき未来を若者と語り あいマルコス政権打倒の活動していた女性。そして森を奪われうつろ な眼で生きていた先住民族。この悲劇は現代においても世界各地で 繰り返されている。自ら根無し草となってしまった人間は、他の多くの 生命の輝きを根こそぎ奪い取ることによってしか、自らの不安を解消 することは出来ないであろう。そしてその欲望は大地に倒れるまで果 てしなく続く。大地の声に耳を傾けよう。大地の鼓動に心を震わせよう。 この地球に生きる多くの命が再び、大地との絆を取り戻し、父である 空に向かって微笑むことが出来るように。
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