「ビヨンド Beyond 惑星探査機が見た太陽系」

マイケル・ベンソン 著 檜垣 嗣子 翻訳 新潮社より引用











一つ一つの惑星探査機が虚無の空間を長い時間をかけて到達し、そこで

捉えた惑星たちの姿。それはあまりにも荘厳で、見る者を圧倒してならない。

そして自分自身の存在そのものを、宇宙という尺度の中で考えさせられるほ

どの迫力を持った貴重な写真集である。この写真集には過去の惑星探査機

が撮影した数多くの中から特に優れたもの295点が収録されており、それぞ

れの惑星たちの解説も一級品である。

(K.K)

同じ著者による「ファー・アウト 銀河系から130億光年のかなたへ」も傑作写真集である。





本書 より引用


太陽系の、地球以外の惑星から見ると、宇宙旅行をなしうる生命体が太陽から3番目の

天体に存在する可能性はますます高まっている。起伏に富んだ赤錆色の火星や、木星

の火山性衛星イオ、薄く優美な土製の環に口がきけたなら、その生命体がどんな風に見

えるかを教えてくれたことだろう。それは決まって、硬い金属のよろいをまとってやってく

る。猛スピードで移動しながら、ガラスの目やその他の感覚器官を使って休むことなく

パンしたりスキャンしたりする。それは太陽エネルギーを吸収することもあれば、原子力

を動力源に使うこともある・・・・前者は見事にシンメトリーな翼によって、後者は極めて

活動的な知覚機器に影響を与えないよう、支柱のような腕の先にのせられた原子力電

池によってエネルギーを確保している。またそれは、見るもの知覚するものすべてを・・

・・文字通りひとつ残さず、すべてを・・・・ふるさとの惑星へと報告している。情報は傘型

高利得アンテナを通じて、0と1からなる高速のデジタル化された“声”となって、遠くふる

さとに届けられるのだ。


その声の報告は、言葉を使わない。画像を送っているのだ。何千枚もの画像を。こうし

て私たちは金星を見る。雲のヴェールは、1990年代に探査機マジェランが、驚異的なま

でに解像度の高いレーダーを取り払ってしまった。虚空からぼんやり姿をあらわす水星

のいかめしい、太陽にさらされた表面は、1970年代にマリナーが撮影し、近年再処理

がほどこされた写真のなかで驚くほど鮮やかに見える。赤茶けたぎざぎざの、立体的

な火星の谷や火山は、1970年代のバイキング軌道船から現在の偵察ミッションにいた

る画像によって、非常に細かな部分まで明らかにされている。いくつもの衛星をもつ木

星の荘厳さ、土製の美しいリング、そして外惑星の冷たい郡青色の輝きも、旅人ボイ

ジャーや、ふさわしい名を得たガリレオによって解き明かされている。


過去40年間、太陽系を探検すべく打ち上げられたロボットの小さな一団は、目を見張

るほど幻想的な作品を無数にうみだしてきた。それは、風景写真としての頂点を極め

た作品として評価され得るものである。「ビヨンド 惑星探査機が見た太陽系」は、ロ

ボットによる宇宙探査史上もっとも見応えのある画像を集めることで、見る者の心に

畏怖の念を起こさせるような、視覚で語る惑星旅行の物語をつくりあげている。


カラー・白黒合計295点の写真を掲載。


 
 


本書 はじめに:明日の探検者たち アーサー・C・クラーク より抜粋引用


2001年12月、コロンボに住む私のところへ初めてやってきたマイケル・ベンソンは、「我々

の種はまだ幼年期にあるが、宇宙旅行によって進化の次なる段階にさしかかった」という、

私が繰り返し取り上げてきたテーマについて次のように尋ねた。スタンリー・キューブリック

と私が60年代につくったあの映画、「2001年宇宙の旅」の約束は、なぜいまだに果たされ

ていないのか、と。マイケルは、当時私が書いた文章を引用してみせた。


“それまで棲んでいた海から、条件が厳しく未知なる大地へとあえて移住した生物だけが、

知能を発達させることができた。そして、その知能をもつ生物がさらに大きな挑戦をしよう

としているいま、この美しい地球はもはや、塩の海と星の海とのあいだのつかの間の居

場所にすぎないのかもしれない。我々はいま、前へと進まねばならないのだ。”


発展の進捗状況にマイケルが失望するのも理解できる。宇宙旅行の話となれば、なおさ

らだ。(人類初の宇宙観光に飛び立った億万長者が国際宇宙ステーションを訪ねる、と

いうことはあったにせよ)地球周回軌道にヒルトン・ホテルができたわけでもなければ、

クラヴィウス・クレーターに埋もれたナゾの人工遺物を探す探検者たちが月面基地にあふ

れているわけでもない。それどころか、7名の宇宙飛行士全員が死亡した先頃のスペース

シャトルの悲劇を考えれば、これまでの成果さえ色褪せて思えてしまう有様だ。


最初の訪問から1年後、マイケルは本書に収められることになる美しい写真の数々をもっ

て再び現われた。これらの画像を見ていると、人類の発展をそれほど悲観する必要はなさ

そうだ。かつて世界が経験したことのない大冒険時代に私たちは生きているのだということ

を、改めて認識させてくれるのである。


(中略)


本書に収められたみごとなまでに美しい写真を見ていると、私はふとこんなことも考える。

知性と創造力とは、この惑星のどこよりも過酷で複雑な環境に直面しなければならない

宇宙でしか、その潜在能力を完全に発揮することはできないのかもしれないと。どんな

能力もそうだが、知性や創造力もまた葛藤と闘いのなかで伸ばされる。これからの時代、

鈍く独創性のない者は古くから穏やかな地球に残り、真の天才と冒険者が宇宙を舞台に

活躍することになるかもしれない。そしてそこには、肉と血ではなく、機械の領域なのだ。


ちょうど40年前、私は「未来のプロフィル」という作品で「第3法則」を公表した。それは、

十分に進んだテクノロジーはどのようなものであれ魔法と見分けがつかないというものだ。

機械の体をもつ私たちの子孫は、やがて人間が定義した知性の範囲を大きく越え、人間

にはまったく理解できないゴールを目指して進んでいくのかもしれない。そうであるとすれ

ば、塩の海から星の海へとつづく何千年もの旅路をしめくくるのは、私たち人間ではなく

彼らということになるだろう。いつの日か、本書の写真を撮った素晴らしい機械たちの

末裔が、新たなフロンティアを求めて、銀河系の外へと旅立ち、私たち人間は、彼らが

最初に探検してみせてくれた太陽系の主として、ふたたび後に残されるだろう。本書の

エピグラフにあるように、そのとき彼らは、彼ら自身が歌える歌を見つけているかもしれ

ない。人間のかなたに。



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