エドモンド・レイトン
Edmund blair leighton
( 1853-1922 )
「騎士号授与」(騎士の叙任) 1901年作




The Accolade (painting) - Wikipedia より以下、抜粋引用。

絵画の起源とインスピレーションを考えると、多くの物語がありますが、どれも確認されていません。歴史家は、

絵画が称賛、騎士道を与える式を描いていることに同意します。そのような式典には、候補者の肩に剣の平ら

な面を当てたり、首を抱きしめるなど、いろいろな形がとられました。最初の例では、「ナイト・エレクト」はナイト・

スツールで君主の前でひざまずいている。君主は剣の刃の側を賞賛の右肩に置く。その後、君主は見習いの

頭の上に丁度剣を上げ、左の肩に置く。新たに任命された騎士が生まれ、管理者は彼に騎士道??の記章を提示

する。絵画では、式典は若い女王によって行われ、騎士は服従と忠誠の立場で彼女の足の前で弓を伏せた。

観客は女王の左に集まり、儀式??の目撃者となります。絵は王の存在を描いていない。紋章と旗に基づいて、

国民の写真はアルバニア人のようです。



 




ランスロット(Sir Lancelot)は、アーサー王物語等に登場する伝説の人物で、円卓の騎士の成員。主君アーサー王

の王妃グィネヴィアとの不義の恋と、それにより円卓の騎士の分裂の一因となった人物で、この「騎士号授与」の

モデル(王妃グィネヴィアがランスロットに騎士号授与している場面)として紹介している記事もありますが、確かな

ことはわかりません。





グィネヴィア - Wikipedia より以下、抜粋引用。


グィネヴィア(Guinevere)


脚色も混じっているが、グィネヴィアはレオデグランス王 (en:Leodegrance) の娘で、アーサー王がまだ後ろ盾が

必要だった若い頃に婚約した。後にランスロットと出会った時、グィネヴィアは彼に一目惚れしてしまった。2人は

すぐに不倫関係になったが、夫のアーサーは長い間そのことに気付かなかった。気付いたのは祝宴の席に、

ランスロットとグィネヴィアがともにいなかった時で、この不倫を明るみに出したのは、ロット王の2人の息子、

アグラヴェイン とモルドレッドだった。



ランスロットは逃亡し、アーサー王は気持ちとは裏腹に、グィネヴィアを火あぶりの刑に処すと宣言しなければなら

なかった。処刑のことを知ったランスロットと家族は何とかそれを止めさせようとした。アーサー王は多くの騎士たち

を処刑台の守備にあたらせることにしたが、ガウェインはその任務を辞退した。ランスロットは処刑台に辿り着き、

グィネヴィアを救出したが、その時の戦いで、ガウェインの兄弟ガヘリス とガレスが死んでしまった。復讐に燃える

ガウェインは、アーサー王にランスロットと戦うよう訴えた。アーサー王はランスロットとの決戦のため、フランスに

行くことになり、(ランスロットから再びアーサー王の元に返された)グィネヴィアをモルドレッドに預けることにしたが、

モルドレッドはグィネヴィアと結婚し、王座を簒奪しようと企んでいた。モルドレッドの求婚をグィネヴィアが承諾した

話にはさまざまなヴァージョンがある。中には承諾せず、ロンドン塔に身を隠し、それから修道院に入ったという

話もある。モルドレッドの裏切りを知ったアーサー王は急いでブリテンに引き返し、カムランの戦い でモルドレッド

を倒した。しかし、その戦いでアーサー王も致命傷を負い、伝説の島アヴァロンに運ばれた。グィネヴィアは最後に

もう一度ランスロットと会って、それから修道院に戻り、残りの人生をそこで送った。


 


騎士道 - Wikipedia より以下、抜粋引用。


騎士道


騎士たる者が従うべきとされたものだが、決して現実の騎士の行動が常に騎士道に適っていたわけではない。

むしろ(ブルフィンチなどが指摘するように)兵器、鎧を独占する荘園領主などの支配層は、しばしば逆の行動、

つまり裏切り、貪欲、略奪、強姦、残虐行為などを行うことを常としていた。だからこそ彼らの暴力を抑止する

ため、倫理規範、無私の勇気、優しさ、慈悲の心といったものを「騎士道」という形で生み出したとも言える。

しかし建前であって通常の騎士であれば遵守することは難しく、騎士道に従って行動する騎士は周囲から賞賛

され、騎士もそれを栄誉と考えた。



騎士が身分として成立し、次第に宮廷文化の影響を受けて洗練された行動規範を持つようになった。騎士として、

武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身

などが徳目とされた。



特に貴婦人への献身は多くの騎士道物語にも取上げられた。宮廷的愛(courtly love)とは騎士が貴婦人を崇拝し、

奉仕を行うことであった。相手の貴婦人は主君の妻など既婚者の場合もあり、肉体的な愛ではなく、精神的な

結びつきが重要とされた。騎士側の非姦通的崇拝は騎士道的愛だが、一方、貴婦人側からの導きを求めつつ

崇拝するのが宮廷的至純愛である。騎士道は西欧の社交術にも影響を与えた。例としてレディーファーストが

挙げられる。






グィネヴィア - Wikipedia

ジョン・コリア『グィネヴィア王妃の五月祭の祝い』(1900年)







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「見果てぬ夢」

 映画「ラ・マンチャの男」より 


「見果てぬ夢」騎士遍歴の唄







夢は稔り難く (ゆめはみのりがたく)

敵は数多なりとも (てきはあまたなりとも)

胸に悲しみを秘めて (むねにかなしみをひめて)

我は勇みて行かん (われはいさみてゆかん)

道は極め難く (みちはきわめがたく)

腕は疲れ果つとも (うではつかれはつとも)

遠き星をめざして (とおきほしをめざして)

我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)

これこそは我が宿命 (これこそはわがさだめ)

汚れ果てし この世から(けがれはてし このよから)

正しきを救うために (ただしきをすくうために)

如何に望み薄く 遥かなりとも (いかにのぞみうすくはるかなりとも)

やがて いつの日か光満ちて (やがていつのひかひかりみちて)

永遠の眠りに就く時来らん (とわのねむりにつくとききたらん)

たとえ傷つくとも (たとえきずつくとも)

力ふり絞りて (ちからふりしぼりて)

我は歩み続けん (われはあゆみつづけん)

あの星の許へ (あのほしのもとへ)



(福井峻訳「見果てぬ夢」<騎士遍歴の唄>)

(1985刊 「ラ・マンチャの男」パンフより)


 
 



 DVDより以下引用



ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレンの豪華競演で不朽の名作ミュー

ジカルを完全映画化。



1965年の初演以来5年というロングラン公演を記録し、今もなお世界中で

公演され愛され続けるミュージカル「ラ・マンチャの男」。イギリス映画・演劇

の第一人者、「アラビアのローレンス」のピーター・オトゥール、イタリアを代

表する大女優、「ひまわり」のソフィア・ローレンに加え、ブロードウェイでた

たきあげた大ベテラン、ジェームズ・ココという豪華顔ぶれで完全映画化し

たのが本作である。オトゥールの迫真の演技とローレンの圧倒的な存在感、

そして2人の迫力ある歌声は見る者を魅了してやまない。ラストの大合唱

「見果てぬ夢」は人々に生きる勇気を与える壮観な名シーンである。



舞台は中世のスペイン。売れない作家セルバンテスは大道で芝居を演じて

いたところ突然投獄されてしまう。芝居の内容がカトリック教会を冒涜した、

というのだ。牢獄で彼を出迎えたのはセルバンテスの所持品を身ぐるみ剥が

そうと手をこまねく囚人達・・・。しかしセルバンテスは自分の書いた脚本だけ

は必死に守ろうとする。その脚本とは永遠の理想と希望の騎士「ドン・キホー

テ」についての物語だった。脚本を守るために彼は囚人達を巻き込んで牢獄

内で演劇を始めるのだった。泥棒、人殺し・・・「ドン・キホーテ」が愛と信念を

貫くその物語は人間のクズである囚人達をも次第に変えていくのだった。



STAFF

監督・製作 アーサー・ヒラー

製作総指揮 アルベルト・グリマルディ

脚本 デイル・ワッサーマン

音楽 ミッチ・リイ

CAST

ミゲル・セルバンテス/ドン・キホーテ/アロンソ・キハーナ ピーター・オトゥール
(金内吉雄)

アルドンサ/ドルシネア ソフィア・ローレン(比島愛子)

マンセルバント/サンチョ・パンサ ジェームズ・ココ(兼本新吾)

字幕翻訳・菊池浩司 吹替翻訳・佐藤一公



 


Gustave Dore Gustave Dore Gallery Index


Gustave Dore Gustave Dore Gallery Index


 


2012年4月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



モーリス・ズンデル神父(1897-1975)



昨年の12月21日に簡単にモーリス・ズンデル神父の言葉を紹介しましたが、神父はそのユニーク

な思想のため教区を追われ、各地を転々とさせられます。私は神父の生涯を振り返ると映画「ラ・

マンチャの男」を思い出さずにはいられません。



「ラ・マンチャの男」は「ブラザー・サン シスター・ムーン」と共に私の宝物ですが、「ラ・マンチャの

男」の主人公セルバンテスは公衆の面前で教会批判の演劇をし、従者サンチョと共に投獄され、

宗教裁判にかけられます。



獄中で裁判を待つ間、他の囚人がセルバンテスが大事にしていた脚本を燃やそうとしたとき、

セルバンテスは弁明を求めます。



この弁明が「ドン・キホーテ」で、この物語の登場人物の役を囚人一人一人に与え、演劇を通して

自身の潔白を訴えていく物語です。



映画の主題歌「見果てぬ夢」も素晴らしく、いつまでも心に響いてやまない作品です。



話を元に戻しますが、もしズンデル神父が中世に生きていたら、間違いなくセルバンテスと同じ

ように異端として宗教裁判にかけられていたことでしょう。



しかし彼の視点はどこから産まれたのか、それはもしあると仮定するならば、あらゆる宗教の下

に共通の地層(泉)、そこにまで彼自身の根っこが伸びていたのではないかと感じてなりません。



ズンデル神父に限らず他の宗教の偉大な魂はこの根源的な地層(泉)まで自身の根っこを伸ば

しており、その宗教をより洗練されたものへ深めていった。



ズンデル神父で言えば、聖書の言葉に新たな生命を吹き込んだとでも言えるのかも知れません

が、それは聖書の言葉を文字通りに受け取るのではなく、その背後にある真意を汲み取ること

ができたとでも言っていいかも知れません。



勿論、この共通の地層(泉)が本当にあるかどうか私にはわかりません。



ただ、これからも既存の宗教や世界の先住民たちの偉大な魂は、この地層(泉)に触れ、私たち

に新たな生命を吹き込んでいくように感じてなりません。



最後にモーリス・ズンデル神父の言葉を紹介しますが、ズンデル神父がヴァチカンの黙想指導に

招かれたのは死の3年前のことでした。



☆☆☆☆



聴くこと! 何よりも貴い、何よりも稀な、しかし、何よりも必要な行為。いのちの深淵をあかしし

てくれるのは、ただ沈黙だけである。



☆☆☆☆



(K.K)



 

 

2013年5月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。





ダンテ「神曲」(挿画 ギュスターブ・ドレ 訳・構成 谷口江里也 JICC より写真引用)



多くの男性にとって、初恋の女性は永遠の恋人かも知れません。



ダンテとベアトリーチェは挨拶の言葉しか交わしたことがありませんでしたが、ダンテは彼女に恋焦がれます。



結局彼女は他の男性と結婚し24歳の若さで亡くなりますが、ダンテはその痛手を癒すため、彼女を「神曲」の中に

登場させ永遠の存在として描こうとしました。



私の本当の初恋は高校時代の同じクラスの女性でしたが、ダンテと同じように挨拶をするくらいで、それ以上の

言葉は出せませんでした。



初恋、それは切ない思い出と同時に、当時のみずみずしい感覚を呼び覚ましてくれるものかも知れません。



ところで、挿画を描いたギュスターブ・ドレですが、最初に出会った「ドン・キホーテ」と同様に「神曲」の挿画も

感銘を受けるものでした。



☆☆☆☆



それ浮世の名声は、今こなたに吹き、今かなたに吹き、そのところを変えるによりて名を変えうる風の

一息にほかならず。



ダンテ



☆☆☆☆




 

2016年5月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「聖テレジアの法悦」


ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会堂コルナロ礼拝堂
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598〜1680年)作


アビラの聖女テレサ(聖テレジア)、彼女が生まれた1515年はルネッサンスや宗教改革などの

激動の時期でした。



あるべき修道院の姿を希求した彼女は宗教裁判にかけられ投獄、書いた詩なども焼却されますが、

その後の彼女は16世紀におけるカトリック教会改革の原動力となっていきます。



現在でもカトリック神秘霊性の最高峰と言われる彼女の著作「霊魂の城」、その源となったのは、天使が

焼けた金の矢で彼女の心臓を貫いた時に感じた神への燃えるような愛でした。



ベルニーニによる像「聖テレジアの法悦」、天使が彼女を矢で射る像、その時の彼女の顔(写真は

他のサイトより引用)だけを撮ったものです。



宗教裁判や異端審問、話は変わりますが、これを題材にしたミュージカル映画「ラ・マンチャの男」

(ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレン主演)は今でも私にとっては大切な宝物です。



真の「改革」とは、魂の奥底から突き上げてくる、自身の感情や知性などという自我を超えた次元

から、もたらされるものかも知れません。









チェス盤に産みだされた芸術

毒舌風チェス(Chess)上達法

チェス(CHESS)

天空の果実