米国アリゾナ州のナバホ族の居留地で、75年以上にわたって伝統的な治療を行ってきたジョーンズ・ベナリーは、
患者の体と心の双方に働きかけ、痛みやストレスを和らげる。このときはナバホ族の伝統的な住居「ホーガン」で
治療を行っているが、病院や老人介護施設に出向くこともある。


「プーチンのロシア 若者たちの夢と失望」

プラセボ効果 信じる者は癒される

 ナショナル ジオグラフィック 2016年4月号 より写真・文 引用








本書 より抜粋引用

写真=エリカ・ラーセン( Erika Larsen )



卵を使うメキシコの呪術医


信じることによる癒しの舞台は、病院だけではない。ホメオパシー、鍼(はり)、中国の伝統医療、尿療法、牛糞の

錠剤、ビタミン注射、音響療法・・・・患者が抱く期待を生かす代替療法は、山ほどある。ただし、有効性の裏づけの

レベルはまちまちだ。



「信じるのは自然なことです。人間の脳は何かを信じるようにできていますから」というのは、人々と神の関係を長年

研究していきた米スタンフォード大学の人類学者トーニャ・ラーマンだ。信じることでも癒されるには、納得のいく説明

とともに、それを本人が信じたいと願う気持ちが必要だとラーマンは話す。「人間には自分の体験を変える能力があり

ます。それは学習によって習得できる技能なのです」



メキシコ・ベラクルス州のカテマコには、ブルホと呼ばれる伝統的な呪術医がいて、土着の宗教儀式とカトリックの古い

慣行を織り交ぜた、ドラマチックな儀式を行うことで知られるという。私は大いに興味をそそられた。



だがカテマコに到着し、現代のブルホの仕事場を訪れると、清潔な待合室には消毒剤のにおいが漂い、棚にはプラ

スチックのお守りやガラス玉が並んでいた。10人ほどの人たちが、雑誌を読んだり、テレビでサッカーの試合を見たり

しながら待っている。順番が来た。私を迎えたブルホは口ひげをきちんと整え、短い髪は整髪料で念入りに固めて

あった。



依頼したのは、「リンピア」という清めの儀式だ。ブルホは卵1個とバジルを少々、プラスチックのスプレーボトルを2本

用意した。ボトルの中身は、妬みや悪いエネルギーを防ぎ、富をもたらす液体だという。すべてが整然としていて衛生

的だった。短い問診の後、ブルホは私の魂の浄化にとりかかった。刺激臭のあるスプレーを振りまき、手にした卵で

私の体のそこかしこをなでると、水の入ったグラスにその卵を割り入れて観察する。



一連の手順はメキシコのブルホの一般的なやり方だったが、仰々しい儀式や怪しげな呪文がまったく登場しないの

には驚いた。儀式というより診察を受けているようだ。ブルホは膝と腰の具合を聞き(ともに快調だった)、卵の状態

からみて、そのうち痛みが出るかもしれないと告げられた。X線画像の説明をする医師のように、白身の周辺の泡を

指さし、身近な誰かが私を妬んで病気になるよう願っている兆候だと説明した。儀式は終わり、ブルホと握手して別れ

たが、物足りない気分だった。ドラマチックな儀式はどこへ行ってしまったのだろうか?



建物を出て、通りを歩き始めたあたりで、ようやく事情がのみこめてきた。人々の期待は時代とともに変わる。カテマコ

にもここ数十年で、欧米式の医療が浸透した。ひと昔前までは、唾を吐き、呪文を唱えれば人々は治療効果を信じた

かもしれない。だが、現代のブルホは彼らなりに時代に合わせて、昔ながらの秘術に白衣や消毒剤のスプレーを織り

交ぜ、患者に期待をもたせるよう努めているのだ。



実を言うと、私自身、ブルホの儀式の後、何となく気分がよくなったように感じていた。



信じることで病や苦痛が癒されるとき、人間の体内では何が起きているのだろうか。



ジェンセンの研究が示すように、その一部は条件づけと関連がある。ベルの音を聞くと、よだれを垂らす「パブロフの

犬」でよく知られた現象だ。旧ソ連の生理学者イワン・パブロフは、犬がベルの音を聞くと餌を連想するよう条件づけを

行った。



期待が生み出す体内の「薬」



痛みに対して条件づけられたプラセボ効果の反応では、モルヒネのような鎮痛作用をもつ、エンドルフィンという化学

物質が体内で合成、放出される。1970年代に、こうした内因性オピオイド(鎮痛作用のある物質)が痛みを抑えるメカ

ニズムに注目した米国の神経科学者たちが、ある発見をした。



彼らはまず、プラセボを与えたグループと、オピオイドの鎮痛作用を打ち消す拮抗薬ナロキソンを与えたグループで、

痛みに対する反応を比較した。両群とも鎮痛薬は投与されず、投与されるという期待もしていなかった。案の定、全員

がひどい痛みを訴えた。次に実験方法を変え、患者たちは、モルヒネか、プラセボか、ナロキソンのいずれかを投与

されるという説明を受けた。誰が何を投与されるかは、患者だけでなく研究者も知らなかった。その結果、一部の患者

は、モルヒネが与えられていないにもかかわらず、苦痛が改善されたと報告した。与えられた薬がモルヒネかもしれ

ないという期待のおかげで、体内でエンドルフィンの放出が促され、痛みが緩和されたと考えられる。彼らにナロキソン

を与えると、たちまち痛みがぶり返した。プラセボ反応で放出されたエンドルフィンの作用を、ナロキソンが打ち消した

のだ。



「痛みが和らぐという期待が存在しなければ、プラセボ効果は生じません」と、この研究を行ったチームの一人、米

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の名誉教授ハワード・フィールズは言う。



(中略)



みんなが痛ければ私も痛い


今から2年前、ウェイガーの研究室のレオニー・コバンが、斬新なプラセボ効果に着手した。しかるべき患者に

期待をもたせるには、条件づけと、しかるべき環境が必要なことはすでにわかっていた。コバンらは、痛みの体験に

影響を与える第3の要因として、「周囲の人たちが信じている」ことの効果を検証することにした。



コバンらの実験は、被験者の腕に熱刺激を与えて強さを評価させるという、よくある方法で行われた。ただし、被験者

は、画面上に表示される過去の被験者たちの評価も見たうえで、自分の痛みを評価する。その結果、同じ強さの刺激

でも、過去の評価に影響されて強弱の判定が変わることが判明した。



この結果自体は予想の範囲内だった。心理学者のソロモン・アッシュが開発し、1950年代に行われた一連の「アッシュ

の実験」で、集団内で同調圧力と呼ばれる力が働くことがわかっていたからだ。ほかの人たちがある答えを支持すれ

ば、被験者はそれが間違いだと知っていても、周囲に合わせる傾向がある。コバンらが驚いたのは、その圧力の強さ

だ。同調圧力を用いると、通常の条件づけよりも大きなプラセボ効果が生じる。



fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)で被験者の脳を調べたところ、プラセボ効果が同調圧力によって強められるとき

には、通常とは別の脳内ネットワークが補足的に働いている可能性が示された。社会的な情報は、条件づけや

サブリミナル刺激以上に強力に痛みの体験を変えるのかもしれないと、コバンはみている。「私たちが他者との関係

から受けとる情報は、感情的な体験だけでなく、痛みや治癒など健康にかかわる結果にも深く影響します」



聖地巡礼の効用



こうした他者の影響は、宗教がもつ癒しの力を説明するにも役立ちそうだ。自分と同じく信仰心をもち、治癒を期待

する人たちに囲まれていれば、期待は高まり、「体内の薬局」によるプラセボ効果が生まれやすくなるだろう。



集団的な信仰の力を見せつけるのは、なんといっても巡礼だ。バイエルン州の聖地アルトエッティングを目指す巡礼

者のリヒャエルト・メードルに出会ったのは、5月の肌寒い朝だった。有名な黒い聖母に祈りをささげようと、毎年約

100万人の巡礼者がこの地を訪れる。



私が加わったグループは、朝の3時から歩いてきたという。朝食のための休憩が終わり、雨のなか、出発の合図を

待ちながら誰もが楽しそうにおしゃべりしていた。私は3ヶ月前に足首の手術をしたばかりで、この旅に不安を抱いて

いたが、信者たちの高揚した雰囲気に包まれていると、痛みは薄れていった。



「みんなそれぞれに理由があって巡礼に参加しています。でも、仲間との支え合いも、それと同じくらい大切なのです」。

巡礼に参加するのは27回目という大ベテランの快活な神父、マルクス・ブルンナーはそう話す。



「恵みの礼拝堂」に到着すると、礼拝堂の中も外も、信者が奉納した絵画で埋め尽くされていた。何百年もの間に

起きた奇跡を表すさまざまな絵には、ありとあらゆる病気や障害が描かれている。壁には、長年の間に黒い聖母に

救われた近隣の信者や巡礼者たちが置いていった、つえや松葉づえが無数に立てかけてあった。こうした奉納品を

目にすれば、治癒への期待はいやが上にも高まる。



「ここには、ほかとは違う世界観があります」。心理療法士で、カトリックの助祭でもあるトマス・ツァウナーはそう話した。

彼は発達障害をもつ息子のために、人々が支え合う共同体を求めて、ここアルトエッティングに移り住んだという。

「ここでなら、祈りには確かな効果があると実感することができるのです」








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