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「夜と霧」 フランクル



第二次世界大戦中の1940年から1945年に至るナチスの強制収容所における大量

虐殺の犠牲となったのは800万人から1200万人とも言われている。フランクルの名

著、強制収容所体験記録「夜と霧」や同囚の身代わりとなったコルベ神父の舞台アウ

シュヴィッツでは、300万人のユダヤ人がナチズム哲学の犠牲となった。しかし、これ

はナチズムだけに巣食った病魔ではない。民族浄化や同化政策などによる肉体的・精

神的破壊行為は現在でも世界各地に巣食っており、多くの人が今でもその生存を脅か

されている。このような病魔の恐ろしさや悲惨さを、歴史を通して学んできたはずの人類

が、何故この病魔を切開することもなく、今もその中に自らの存在基盤の根をはり続け

てしまうのだろうか。まるで光よりも闇の世界に魅入られているかのように。そしてこの

ような現実に対して無関心を装っている人々(私自身もそうである)の心の中にも、人類

を破滅させてしまう同じ病魔が巣食っているに違いない。下に紹介した文献はこの病魔

の犠牲になりながらも、光がもつ暖かさを闇に閉じ込めることなく、光の証人として生き

るという、存在することの重みを感じた人々の崇高な魂の記録である。


アウシュヴィッツ強制収容所


ポーランド南部にあるアウシュヴィッツ強制収容所。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ

により作られたこの収容所で捕虜やユダヤ人、ポーランド人への大量虐殺が行われた。


アウシュヴィッツにて演奏されるグレツキ作曲「交響曲3番 悲歌のシンフォニー」


 
 



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「杉原千畝と6000人のビザ」という真実の杉原千畝を伝えるホームページをご覧下さい。リトアニアの

首都カウナスの日本領事館領事代理に任命されていた杉原千畝が、1940年7月ナチスドイツに迫害さ

れているユダヤ人脱出の為に6000人のビザを発行した話は今では多くの人が知っていることでしょう。

勿論この行為は日本政府の「ユダヤ人難民にはビザを発行しないよう」という回訓に反したものであり、

ビザ発行は一晩中悩みぬいた末の行動でした。しかし、杉原氏と関東軍との繋がりを無理にこじつけ展

開した記事が「Japan Times Weekly」に掲載され、それがインターネット上でも広がりました。この記事は

あるアメリカ人学生で卒業論文で書いたものですが、それ以外にも右翼的な産経新聞や諏訪澄・篠輝久

監修の『千畝』(清水書院)に見られる、杉原千畝がビザを発給した背後には日本政府・軍部の方針が

あったという事実無根の記事が世に出回っています。この根拠のない杉原千畝像への反論は渡辺勝正

氏の『真相 杉原ビザ』において詳しく書かれており、また『諸君!』(2000年11月号)に「杉原千畝『命のビ

ザ』の真相」という対談にも掲載されているのでお読みいただけたらと思います。尚、「杉原千畝と6000

人のビザ」という真実を伝えるホームページ並びに書籍の情報は、上智大学講師である松浦寛さんから

頂きましたが、松浦さんはこのような捏造された杉原千畝像への反駁をされており、『世界』(岩波書店)

9月号に詳しく書かれております。幸いなことに、この記事はインターネット上で公開されておりますの

で是非お読みいただけたらと思います。また河野外相による「名誉回復」の演説も併せて紹介すること

します。残念なことに、歴史の事実を歪曲して解釈しなければ自己存在を保てない人々の眼には、美

しいものを感じる場が憎しみに置き換わっているのでしょう。これは過去に精神的・肉体的虐殺を繰り

返してきた病巣と共通するものであり、これらの癌細胞が私たちの未来を蝕んでいると言っても過言

ではないと感じられてなりません。


「捏造される杉原千畝像・・・・歴史修正主義者による戦争犯罪のゼロサム・ゲーム」松浦寛

捏造される杉原千畝像・UG系資料館

「アルメリア 虐殺の影」 ナショナル・ジオグラフィック2016年4月を参照されたし。

 
 



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ナチス・ドイツによる大量虐殺というおぞましい顔と全く異なる一人のドイツ兵のこともここで

紹介しなければなりません。この話を知ったのは私が高校生の頃で、両親ともキリスト教で

もないのに何故か家にあった一冊の本「生きるに値するいのち」小林有方からでした。この

「生きるに値するいのち」は灰色の青春時代を送っていた私にとって、「美」というものを教え

てくれた宝物であり、希望そのものでした。この本の中の「強きものと弱きもの」に一人の

ドイツ兵のことが書かれておりました。下に引用します。


ところで、先年、ヨーロッパを旅行中、私は一つの興味深い話を聞きました。どこでしたか町

の名は忘れましたが、何でも、ドイツとの国境近くにあるフランスの一寒村に、今度の大戦

中に戦死した、フランスのゲリラ部隊十数名の墓があるのですが、その墓に混じって、ひと

りの無名のドイツ兵の墓が一つ立っているのです。そしてすでに、戦争も終って十数年

経った今日も、なお、その無名のドイツ兵の墓の前には、だれが供えるのか手向けの花

の絶えたことがないとのことです。いったい、そのドイツ兵とは何者なのかと尋ねると、村

の人々はひとみに涙を光らせながら、次のように話してくれることでしょう。


それは第二次世界大戦も末期に近いころのことでした。戦争勃発と共に、電光石火のよ

うなドイツ軍の進撃の前に、あえなくつぶれたフランスではありましたが、祖国再建の意

気に燃えるフランスの青年たちの中には、最後までドイツに対するレジスタンスに生きた

勇敢な人々がありまして、ここかしこに神出鬼没なゲリラ戦を展開しては、ナチの将校を

悩ましておりました。が、武運拙くと言いましょうか、十数名のゲリラ部隊がついに敵の手

に捕らえられました。残虐なナチの部隊長は、なんの詮議もなく、直ちに全員に銃殺の

刑を申し渡しました。ゲリラ部隊の隊員の数と同じだけのドイツ兵がずらりと並んでいっせ

いに銃を構え、自分の目の前のフランス兵にねらいを定めて「撃て!」という号令を待ち

ました。と、間一髪、ひとりのドイツ兵が、突然叫び声をあげました。


「隊長! 私の前のフランス人は重傷を受けて、完全に戦闘能力を失っています。こんな

重傷兵を撃ち殺すことはできません!」 今まで、かつて反抗されたことのないナチの隊

長は怒りに目もくらんだように、口から泡を吹きながら叫び返しました。「撃て! 撃たな

いなら、お前も、そいつと一緒に撃ち殺すぞ!」と。けれど、そのドイツ兵は二度と銃を

取り上げませんでした。ソッと銃を足下におくと、静かな足取りで、ゲリラ部隊の中に割っ

て入り、重傷を負うて、うめいているフランス兵をかかえ起こすと、しっかりと抱き締めま

した。次の瞬間、轟然といっせいに銃が火を吐いて、そのドイツ兵とフランス兵とは折り

重なるように倒れて息絶えて行ったというのです。 (中略)


しかし、そのドイツ兵は撃ちませんでした。のみならず、自分も殺されて行きました。

ところでなにか得があったかとお尋ねになるなら、こう答えましょう。ひとりのドイツ兵

の死はそれを目撃した人々に忘れ得ぬ思い出を残したのみならず、ナチの残虐行為

の一つはこの思い出によって洗い浄められ、その話を伝え聞くほどの人々の心に、

ほのぼのとした生きることの希望を与えました。ナチの残虐にもかかわらず、人間の

持つ良識と善意とを全世界の人々の心に立証したのです。このような人がひとりでも

人の世にいてくれたということで、私たちは人生に絶望しないですむ。今は人々が猜疑

と憎しみでいがみ合っていはいても、人間の心の奥底にこのような生き方をする可能

性が残っている限り、いつの日にか再びほんとうの心からの平和がやって来ると信ず

ることができ、人間というものに信頼をおくことができる・・・・これが、このドイツ兵の死

がもたらした賜物でした。どこの生まれか、名も知らぬ、年もわからぬこの無名の敵国

の一兵士の墓の前に戦後十数年を経た今日、未だに手向けの花の絶えることのない

という一つの事実こそ、彼の死の贈物に対する人類の感謝のあらわれでなくて何であ

りましょう。(後略)

「生きるに値するいのち」小林有方神父 ユニヴァーサル文庫 昭和35年発行




「夜と霧」 ドイツ強制収容所の体験記録 
「アウシュヴィッツは終わらない」
 あるイタリア人生存者の考察
「夜」
「それでも人生にイエスと言う」
「聖者マキシミリアノ・コルベ」
「レナの約束」
「トミーが三歳になった日」
「わたしは千年生きた 13歳のアウシュヴィッツ」 
ドキュメンタリー映画「夜と霧」アラン・レネ監督 DVD&VHS 
「夜と霧」をこえて ポーランド・強制収容所の生還者たち
「ホロコースト 救出された子供たち」DVD
映画「カサブランカ」
映画「サウンド・オブ・ミュージック」
ホロコースト関連の映像
「アウシュビッツ DVD-BOX」
「ヒトラーとホロコースト -アウシュビッツ- DVD-BOX(全6巻)」
「ジェノサイド-ナチスの虐殺-ホロコーストの真実」
「ワルシャワ・ゲットー ~ユダヤ人強制隔離居住区~」
「灰の記憶」
「ゲシュタポ・地獄の追跡 ホロコーストの子供たち」
「シンドラーのリスト」
「戦火の奇跡 ユダヤを救った男」
「ナチス・ホロコーストの戦慄」
「ホロコースト-アドルフ・ヒトラーの洗礼」
「マイ・ファーザー 死の天使」
「アンネの日記」
「アンネ・フランク」
「アンネの日記」アニメ版



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古本においては、Amazonが一番充実しているかも知れません。
 

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各文献の前のをクリックすると表紙並びに引用文が出ます。

 


この文献の詳細ページへ 「夜と霧」 ドイツ強制収容所の体験記録 
ヴィクトール・フランクル著 霜山徳繭訳 
ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳(新版)
みすず書房



小壮の精神医学者として属目され、ウィーンで研究を続けていた彼は美しい妻と

二人の子どもに恵まれて平和な生活を続けていた。しかしこの平和はナチスドイ

ツのオーストリー併合以来破れてしまった。何故ならば彼はユダヤ人であったか

ら。ただそれだけの理由で彼の一家は他の人々と共に逮捕され、あの恐るべき

集団殺人の組織と機構をもつアウシュヴィッツへた送られたのである。そしてここ

で彼の両親、妻、子供はあるいはガスで殺され、あるいは餓死した。彼だけがこ

の記録の示すような凄惨な生活を経て生きのびることができたのである。(中略)

この本は冷静な心理学者の眼でみられた限界状況における人間の姿の記録で

ある。そしてそこには人間の精神の高さと人間の善意への限りない信仰があ

ふれている。だがまたそれはまだ生々しい現代史の断面であり、政治や戦争

の病誌である。そしてこの病誌はまた別な形で繰り返されないと誰がいえよう。

もしわれわれが蛇と戦わないならば・・・・・・・(訳者あとがきより)


フランクル自身が1977に書き改めた「新版・夜と霧」が、2002年に20数年を

経て日本語訳されました。この情報は大学の教 授(精神/障害者看護学部門)

としてまた、日本公衆衛生学会、日本看護科学学会などの分科会の座長を務

めており、著作も数多くあるDr.Kenさんから教えていただきました。Dr.Kenさんの

ホームページ「Dr.Ken's Web Home Page」の中の「What's new」を参考にして

いただけたらと思います。


 散文詩「時の彼方へ」にこの本の中に出て

くるある無名の女性への想いを綴っています。


 
 
 


この文献の詳細ページへ 「アウシュヴィッツは終わらない 
あるイタリア人生存者の考察」

 プリーモ・レーヴィ著 竹山博英訳 朝日選書





本書は強制収容所という「窮乏と肉体的不自由に責めたてられる」特異な環境下で、

自分が他人から物とみなされた経験を持つものでしか分からない人間性の破壊を

優れた洞察力をもって書かれた貴重な文献である。これはナチと収容されているユ

ダヤ人という図式に留まらず、同じ収容されているもの同士での関係に主眼が置か

ており、特異な環境下で人間が物へと変化していくかを描いている。
そして著者が

如何に人間性を失わず「人間の魂への関心を決して絶やさなかった」こと、そこに

私たちはこの文献から教訓を受け取れるかもしれない。





しかしこうした前向きの結果はわずかな人にしか訪れなかったことを、すぐにつけ加え

ておこう。たとえばイタリアの流刑囚では、わずか5パーセントが帰還できただけで、し

かもその中の多くは、家族、友人、財産、健康、精神的安定、若さを失ってしまった。

私が生きのび、無傷で帰還できたのは、私の考えでは、幸運によるところが大きい。

あらかじめ備わっていた要因、たとえば山の生活に馴れていたことや、化学者であっ

たこと(囚人生活の最後の数ヶ月にはある程度の特典を授けてくれた)などは、わず

かの役割しか果たさなかった。おそらく、人間の魂への関心を決して絶やさなかった

ことや、単に生きのびるだけでなく(大多数はこうした考えだった)、体験し、耐え忍ん

だことを語るために生きのびるのだ、というはっきりした意思を持っていたことが、私

を助けてくれたのだろう。そして、最も苦しくつらい日々にも、仲間や私は、物ではなく

人間だ、と考える意思を執拗に持ち続け、こうすることによって、多くのものに精神的

な難破をもたらした。完全な屈服状態と道徳的堕落をまぬがれえたことが、役に立っ

たのだろう。
(本書より引用)



訳者あとがき より抜粋引用

アウシュヴィッツの収容所の生活を描いた作品では、フランクルの「夜と霧」、エリ・ヴィーゼルの

「夜」などが、日本の読者にはなじみの深いことだろう。本書「アウシュヴィッツは終わらない」も、

こうした作品に続いて、アウシュヴィッツについての理解を深める役割を果たせるのではないか

と思う。本書の特色は、まず、収容所の生活をきめ細かく具体的に描いたこと、収容所内の人間

模様を鮮やかに浮かび上がらせたことにある。だが何よりも、ものを考えることが死につながると

いう、人間にとっての極限状態にあって、人間の魂がいかに破壊されてゆくかを、克明に、静か

に描き出したことに、優れた点があるだろう。著者の抑制のきいた、簡潔で禁欲的な文体は、確

かに本書のドキュメントとしての価値を高めている。また著者の古典への造詣、特にダンテの

「神曲」を念頭に置いた叙述の進め方は、本書に「現代の地獄篇」たる趣を与え、作品の奥ゆき

を深いものにしている。



 


この文献の詳細ページへ 「夜」

 ヴィーゼル著 村上光彦訳 みすず書房 

随分昔から読まなければいけないと思いつつ手にとるも、どうしても読めない本があった。

それは「夜」ヴィーゼル著で、当時15歳の少年がアウシュヴィッツの体験を記した本である。

何故読めなかったのか、何を恐れていたのか、自分の中でも漠然としていたものが明るみに

出されてしまうのが怖かったのか、その想いは最近本書を読んだ後も変わらなかった。本書

が描き出す地獄絵図、自分が生きてきた尺度では想像することすらできない深い暗闇の底。

私はこの暗闇が自分にも潜んでいることを恐れていたのかも知れない。だから本書を前にし

ながらも開けようとはしなかったのだろう。今まで確かにユダヤ人虐殺(ホロコースト)の本は

何冊か読んできたが、熱心なユダヤ教の青年が 「私は原告であった。そして被告は神」と言

わしめた、その言葉に私自身耐えられるだろうかと怖れていたのかも知れない。そしてこの

証言を、証言を記録したこの文献を誰かに薦めようとは思わない。それ程、本書に描かれて

いる地獄絵図は読者一人一人が人間の本質を、自らの力で考え、そして答えを出さなければ

ならないことを暗に迫ってくるからだ。ただ自らが持つ暗闇、その暗闇から目を避けていては、

いつまでたってもこの世界は幻想であり、夢遊病者のように生きるしかない。シモーヌ・ヴェイユ

が言うように「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。」の言葉の真の重さを私の心が

受け止める日が来るのだろうか。



この暗闇に勝てるもの、それは私たちの身近にある「美」の再発見なのかも知れない。どんな

小さなことでもいい。いつも私たちの傍にいて、語りかけようとしている「美」の声を聞き、その

姿をありのまま見ること。それが唯一、暗闇からの解放をもたらしてくれるのかも知れない。

「美」が暗闇の本質を照らし、暗闇の真の姿をさらけだしていく。常に自らの心の鏡を磨き、

「美」がそのままの姿で映ることを願うこと。そしてこの願いは「祈り」そのものかも知れない。




本書 序文・・・・フランソワ・モーリヤック より抜粋引用

自分の妹と母親とが、ほかの幾千もの人たちのあとを受けていまにも投げこまれようと

しているその炉のなかから、黒煙の環がもくもくと湧き上がってきて、つぎつぎと空に

ひろがっては崩れてゆくのを、彼の目は見つめていたのであるが、そのあいだに彼の

内部でどのようなことが生じていたか想像してみよう。「この夜のことを、私の人生を

ば、七重に閂をかけた長い一夜に変えてしまった。収容所でのこの最初の夜のこと

を、けっして忘れないであろう。この煙のことを、けっして私は忘れないであろう。子ど

もたちの身体が、押し黙った蒼穹のもとで、渦巻きに転形して立ちのぼってゆくのを私

は見たのであったが、その子どもたちの幾つもの小さな顔のことを、けっして私は忘れ

ないであろう。生きていこうという欲求を永久に私から奪ってしまった、この夜の静けさ

のことを、けっして私は忘れないであろう。私の神と私の魂を殺害したこれらの瞬間の

ことを、また砂漠の相貌を帯びた夜ごとの私の夢のことを、けっして私は忘れないであ

ろう。たとえ私が神自身と同じく永遠に生き長らえるべき刑に処せられようとも、その

ことを、けっして私は忘れないであろう。けっして。」


下から2段目、左から7番目がエリ・ヴィーゼル



 
 


この文献の詳細ページへ ドキュメンタリー映画「夜と霧」 

 アラン・レネ監督 DVD&VHS


第二次世界大戦のナチによるユダヤ人虐殺を告発したドキュメンタリー。

アウシュビッツの収容所での虐殺や捕虜たちを使った人体実験、無造作に

扱われる死体の山。当時のニュース・フィルムや写真に記録された生々し

い人類最大の禍根のドキュメントが、カラー撮影による平和で美しい現在

の風景と交錯し、意識と記憶を問い返す。ナチスの低落、最後のユダヤ人

大量虐殺。あの時代、この場所で、家畜のように汽車に詰め込まれた人々

はどこか遠くの収容所に運ばれた。夜と霧に隠されて・・・・。日本での初公

開当時、衝撃的過ぎるとして生首の大写し、ブルドーザーが死体の山をか

き集める場面などを余儀なくカットされたが、カンヌ映画祭では反響を巻き

起こし、ジャン・ヴィゴ賞、フランス映画大賞受賞。圧倒的な映画体験を残

す傑作。(ビデオより引用)



 
 
 


この文献の詳細ページへ 「夜と霧」をこえて 

 ポーランド・強制収容所の生還者たち 

大石芳野著 日本放送出版協会


強制収容所から生還できた人たちを尋ね歩き、その忌まわしい記憶と

それからの生還者の現在を取材した貴重な文献である。そこには戦後

40数年経っても決して癒すことが出来ないものが横たわっている。


九死に一生を得た人びとが、当時のことを忘れるはずがない。一日たり

とも、だ。が、語ることは極力避けている。語ることで、心が乱れ、興奮す

ることを望まないからだ。語れば、思いは甦り、当時に引き戻される。そ

の夜は一睡もできはしないだろう。それがわかっていて、私は人びとに

語ってもらった。その夜は、私もなかなか眠れなかった。次の日は当然の

ように心が重くなった。取材とは、何という暴力だろうか。もう何度、このよ

うな同じことを繰り返してきたことか。ベトナム戦争で傷ついた人びと。カ

ンボジアのポル・ポト政権で虐待された人びと、沖縄戦では日本軍にスパ

イ呼ばわりされ、そして、ヒロシマで被爆した苦しみ続ける大勢の人びと。

一人一人のその一語一語が私をどれほど奮い立たせたことか。しかし

語ってもらうことで何人の人びとに涙を流させ、眠りにつけさせなかった

ことか。罪なことをしている、とつくづく思う。(本書 あとがきより引用)


 


この文献の詳細ページへ 「それでも人生にイエスと言う」

 V・E・フランクル著 山田邦男 松田美佳訳 

春秋社



本書は、「強制収容所における一心理学者の体験」(邦訳・夜と霧)の著者であり、

実存分析(ロゴテラピー)の創始者としてもつとにわが国で有名であるフランクルが、

ナチスの強制収容所から解放された翌年にウィーンの市民大学で行った三つの連続

講演を収めた Trotzdem Ja zum Leben sagen を訳出したものである。お読みいただ

ければわかるように、この書は著者の最も初期の著作の一つであるにもかかわらず、

その後の彼の思想の全体像萌芽的にあらわれている点で注目されるべき著作である

と思われる。しかも、解放後まもない時期にみずからのなまなましい体験を、終戦直

後の精神的混乱のさ中にある一般市民に向けて平易なことばで情熱的に語りかけた

この講演は、彼の他の専門的な著作とは異なった近づきやすさと魅力をもっている。

同著 山田邦男「解説 フランクルの実存思想」より


 







この文献の詳細ページへ 「聖者マキシミリアノ・コルベ」

 アントニオ・リチャアルディ著 西山達也訳 

聖母の騎士社





コルベ神父の名声は、アウシュヴィッツでは特別な憎悪の対象とされ、

他の人の倍の重さの木材を背負わされ、力尽きて倒れれば鞭攻めの

嵐でした。瀕死の状態になり血まみれで放置されたコルベ神父を同僚

たちは夜の闇に紛れてやって来て連れ戻しましたが、看護係がこっそ

りと一杯のお茶を持って行っても、優しい微笑みでこうおっしゃったの

だそうです。「私は若い時から様々な苦難には慣れていますが、人に

までその無理を強いたことを反省しています。私のことでしたら心配

はいりません。私よりも誰かもっと他に苦しんでいる人がいるでしょ

う。その人たちに…」


「命を捧げるほどの愛―マキシミリアノ・コルベ神父」のサイトより引用



彼は人間の愛の極限を示した。不当に死刑を宣告された男の身替りとなって。

彼は司祭の愛の極限を示した。死にゆく九名の同囚と苦しい刑を分かち合いなが

ら、最後まで彼らを慰め、神のもとへ導くことによって。アウシュヴィッツに於ける

コルベ神父のヒロイズムは、彼の司祭職の帰結に過ぎない。現代の使徒職を見事

に生き抜いた聖者の生涯と死、列福、列聖調査資料を駆使して克明にまとめあげ

た聖マキシミリアノ・コルベ伝記の決定版である。・・・・・・・コンベントワル・フランシ

スコ修道会司祭として、ポーランドと日本の修道院を設立し、月刊<聖母の騎士>

の発行など多彩な活動を通じて、キリストの愛を歌い上げた神の吟遊詩人。

(本書より)


詳しくは「命を捧げるほどの愛―マキシミリアノ・コルベ神父」のサイトを見てください。


 
 


この文献の詳細ページへ 「レナの約束」

 レナ・K・ゲリッセン&ヘザー・D・マカダム著 

古屋美登里訳 清流出版


アウシュヴィッツ強制収容所に連れてこられたポーランドに住むユダヤ人のレナは、

毎日がガス室送りという死と背中合わせの日々だった。そこでは多くの同胞の死、

飢え、暴力が支配する世界だった。そしてそこに彼女の妹のダンカも連れてこられ

る。絶望的な日々の中で気弱になりがちなダンカをレナは強靭な精神力と冷静さを

失わない眼で幾度もの死の危機を乗り越え支える。この3年にも及ぶ収容所生活

で見聞きした数々の悲惨さの記憶をレナは老年になってから語り始める。男性より

も女性への虐殺が横行していた収容所で何が起ったのか、それを知る貴重な記録

であると共に、極限状況の中においても多くの思いやりを失わなかった人々が存在

したこと、そのことを改めて私たちに思い知らせてくれる感動的な文献である。


「本書が何よりも感動的なのは実は、生き延びたという事実そのものより、彼女が、

恐怖の記憶を語ったという一点にある。(中略) 彼女はなぜ語ったのか。戦争を

二度と繰返さないため、自己回復のため。いや、そんな生易しいことが理由では

あるまい。おそらく彼女は老年になったいま、ドイツ兵に殺された最愛の父と母の

霊に話しかけたかったのだ。そのために恐怖の記憶を呼び戻す儀式を行わなけ

ればならなかったのだ。」 川本三郎氏「週刊文春」12/19号 本書・帯文より


 
 


この文献の詳細ページへ 「トミーが三歳になった日」

 ミース・バウハウス文 ベジュリフ・フリッタ絵 

横山和子訳 ほるぷ出版


1944年1月22日・・・・トミーの三歳の誕生日は、暗やみにおおわれていました。バースデー・

ケーキ、プレゼント、歌やわらい声。そんな、おいわいのためのものは、なにひとつありません。

なぜ、ですって・・・・・・・ヨーロッパは戦争のさなかでした。トミーはそのころ、お父さん、お母さん

と三人で、チェコスロバキアのテレジンにあった、ユダヤ人強制収容所でくらしていたのです。

ドイツの指導者ヒットラーは、ユダヤ人をきょくたんに憎みました。まわりの国をつぎつぎにせめ

ると、その国に住んでいたおおぜいのユダヤ人を、みりやり、収容所におしこめてしまいました。

トミーもまた一歳のときに、家を追われて、テレジンに連れてこられたのです。収容所のたかい

壁の外には、すばらしい世界があります。でも、おさないトミーは、そんなことを、まるで知りませ

ん。絵かきだったお父さんのベジュリフは、そこで、息子のために、この世のありとあらゆるもの

を、絵にかいてやろうと思います。収容所のなかの仕事場で、ドイツ兵の目をぬすんでえがきつ

づけた絵を、お父さんは、けっして見つからないようにと、壁のなかのひみつの場所に、かくして

おきました。やがてお父さんは、アウシュビッツへ送られて、死んでしまいます。けれども、トミー

のためのスケッチブックは、戦争をくぐりぬけて生きのこり、いっしょにくらしていたおじさんの手

で、ぶじ見つけだされました。オランダの有名な作家ミース・バウハウスが、そのスケッチブック

によせて、トミーの物語をつくりました。戦争で幸せをうばわれた人たちの、深い悲しみとささや

かな夢が、この本のなかに、あますところなくえがかれています。とても信じられないことばかり

でしょうが、これは、ほんとうにあったことなのです。(本書より)


トミーのお父さんのベジュリフの描きのこした150枚の絵は、現在プラハのユダヤ美術館に

所蔵されているが、子どもの未来を思う父親の想いが、絵を通して痛いほど伝わってきてなら

ない。そしてこれらの絵をつなぎ合わせ、一つの物語をつくったバウハウスの熱い想いもまた

強く読者に訴えかけてくるだろう。


 
 
 


この文献の詳細ページへ 「わたしは千年生きた」 

 13歳のアウシュヴィッツ 

リヴィア・ビトン=ジャクソン著

吉澤康子訳 NHK出版


1942年から本格化したナチス・ドイツのユダヤ人絶滅作戦。アウシュヴィッツ

強制収容所では、移送されてきたユダヤ人たちの選別が行なわれていた。

死か労働か。子どもやお年よりは、ガス室に送られた。エリ(著者)は当時

13歳。金髪のおさげだったおかげで、殺されずにすんだものの、地獄を体

験することになる。死と絶望の淵に何度も立たされながら、エリは、母と兄

を助けて生還する。本書には、目をそむけたくなるような残酷な人間の姿が

描かれている。けれどもこれは、少女をめぐる愛と希望の物語でもある。

(本書より引用)


 
 


この文献の詳細ページへ 「ホロコースト 救出された子供たち」DVD 

 マーク・ジョナサン・ハリス 監督・脚本

2000年(第73回)アカデミー 最優秀ドキュメンタリー賞


ホロコーストでは150万人の子供たちが犠牲になったと言われている。列車に

乗せられ強制収容所に着いた子どもたちは、親から引き離され、そのままガス室

へと向かわされた。ユダヤ人の労働力だけを期待してきたナチスにとって、子供

や老人、障害者は何の役にも立たないものと見なしていた。そして子供たちの死

体は直ぐに焼却場に移され焼かれた。だが幸いにして、開戦直前にドイツから子

供だけでも救おうとする動きがイギリスで起こり、約1万人の子供たちが親から離

れ、イギリスへと向かった。このドキュメンタリーはその子供たちのインタヴューを

主に、試練の時代を生きてきた彼らの心の軌跡を追った感動的な作品である。

あれから60年経っても癒されない魂の苦悩は、彼らの表情と言葉に刻まれてい

おり、見るものの胸を打たずにはいられない。





下に紹介する映画は戦後生み出されたものである。ユダヤ人虐殺に直接触れてはいないが、

ナチズムが台頭する時代に、それを時代背景として生まれた傑作である。




この文献の詳細ページへ 映画「カサブランカ」 1942年公開



1942年に公開されたハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演の映画

『カサブランカ』。第二次世界大戦下のフランス領モロッコのカサブランカを舞台に

再開する男女のラブロマンスを描いたこちらの作品は、アカデミー賞8部門にノミ

ネートし、そのうち作品賞と監督賞、脚色賞の3部門を受賞しています。

「君の瞳に乾杯」などの名台詞もこの映画から生まれました。




1942年に公開されたこの名画には魅せられてならない。ニヒルな顔の下にある、

愛した女性を強く想う気持ち、そして彼女の幸せのため自らを犠牲にしてしまうほど

の、そして国を想う二つの熱い想い。



カサブランカ…それはまだ独軍に占領されてない仏領モロッコの都である。

暴虐なナチスの手を脱れてアメリカへ行くために、1度は通過しなければならない

寄港地である。カサブランカにアメリカ人リークが経営しているナイト・クラブがあり、

亡命者たちの溜り場になっていた。



ある時独軍の将校シュトラッサアは、ドイツ側の飛脚を殺し旅券を奪った犯人を

追ってこの町に降り立った。



旅券を盗んだウガルテはリークに旅券の保管を頼んだ。リークはこれをピアノの

中へ隠した。



その後フランス側の警察署長ルノオはウガルテを逮捕した。そのあと、反ナチ運動

の首領ヴィクトル・ラスロと妻のイルザ・ラントがやってきた。



2人はウガルテの旅券を当てにしているのだが。



イルザは、この店の経営者がリークであると知って驚く。独軍侵入直前のパリで、

リークはイルザと恋人同士で、2人は一緒に脱れることを約束していた。が、約束の

時間彼女は姿を現さず、そのまま消息を断っていたのだった…


 
 






この文献の詳細ページへ 映画「サウンド・オブ・ミュージック」 1965年公開


1965年に公開されたロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンドリュース主演の

ミュージカル映画。リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の

名コンビが1959年11月にブロードウェイで初演したミュージカル『サウンド・

オブ・ミュージック』を原作としたもので世界的に大ヒットした。この映画は

第38回アカデミー賞で作品賞、監督賞、編集賞、編曲賞、録音賞の5部門を

獲得し、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の最後の作品

でもあった。



オーストリアからアメリカへ亡命して、トラップ・ファミリー合唱団を結成した一家の

実話をモデルにして作られたミュージカルで、1959年11月にブロードウェイで幕を上

げてから1443回にも及ぶ公演を記録した「サウンド・オブ・ミュージック」を、「ウェスト

サイド物語」でミュージカルの大家としての地位を獲得したロバート・ワイズ監督が

映画化したものである。大衆に訴えかけるために、作品にもっと社会性を持たせる

必要性を痛感した彼は、ヨーロッパ制覇の理念のもとに次々と隣国に魔の手を伸ば

していったナチス批判を強調した。想像を絶する困難と恐怖を乗り越えて自由の国

アメリカへ脱出するという「カサブランカ」ばりのドラマ仕立てを用意することで、勇気

と自由への憧れを見事に描くことにも成功したといえるだろう。勿論、ワイズ監督が

この作品で「ウェストサイド物語」に続き二度目のアカデミー賞受賞に輝いたことは

言うまでもない。((相模女子大学教授 曾根田憲三)




「アウシュビッツ DVD-BOX」
ヒトラー率いるナチスの負の遺産「アウシュビッツ」。その歴史に迫る衝撃の
ドキュメンタリーをDVD化。アウシュビッツ強制収容所解放60年を機に、収
容所の変遷を検証する歴史ドキュメンタリー。ナチスによるユダヤ人絶滅計
画を具現化したこの収容所が誕生したきっかけは何だったのか。ユダヤ人
の大量虐殺はいかにしてヨーロッパ全土を巻き込んでいったのか。・・・東
欧で新たに公開された資料に基づき、当時の収容所の様子をCGで再現。
アウシュビッツの変遷を克明に追うと同時に、当時を知る人々の生々しい
証言を通じて、加害者側と被害者側、双方の深層心理に迫る。
(BBC制作、2005年8月NHK総合にて放送)
 
「ヒトラーとホロコースト -アウシュビッツ- DVD-BOX(全6巻)」
数多くの関連DVD・書籍のリリースから再び注目が高まる<ヒトラー>の最た
る犯罪的行為である「ホロコースト(ユダヤ人絶滅計画)」にドキュメンタリー
で迫る!ドイツの放送局が戦争当時の貴重な映像と、生き残りの証言者たち
の話を交え、ホロコーストを描く!
総分数300分の内容で、戦争の真実を深く知ることができます。

全6巻組
1 ユダヤ人強制連行
2 最終解決策-大量虐殺
3 強制収容所ゲットー
4 絶滅収容所への扉
5 ユダヤ人としての誇り
6 ホロコーストからの解放

単品も同時リリース
 
「ジェノサイド-ナチスの虐殺-ホロコーストの真実」
ユダヤ人大量虐殺“ホロコースト”の真実を描き、アカデミー長編ドキュメンタ
リー賞を受賞した戦争ドキュメンタリー。ハリウッドを代表する名優、オーソン・
ウェルズとエリザベス・テイラーがナレーションを担当し、悲しい歴史の裏側に
迫る。(「DVD NAVIGATOR」データベースより引用)

1982年第55回アカデミー賞ドキュメンタリー賞〈長編〉を受賞した、オーソン・
ウェルズとエリザベス・テイラーのナレーションで贈る戦争ドキュメント。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「ワルシャワ・ゲットー ~ユダヤ人強制隔離居住区~」
ユダヤ人隔離居住区の史実を描いた戦争ドラマ。39年9月、ナチス・ドイツ
はポーランドに侵攻し、約40万人のユダヤ人をワルシャワの居住区に隔離
する。母親と渡米していたニナは、祖国にいる父と兄を気遣い帰国し、彼ら
を追ってワルシャワへ向うが…。
(「DVD NAVIGATOR」データベースより引用)

本国スウェーデンで絶大な人気を誇る、作家レーナ・アインホルンがメガホ
ンをとった話題作!ナチス・ドイツがポーランドを侵攻した時下したユダヤ人の
“ゲットー”への隔離。その閉ざされた空間の中の生活、生存にかける闘い
を一家の受難を軸に克明に映し出す…。ワルシャワのユダヤ人隔離居住区
“ゲットー”の灰色の史実を描いた衝撃の戦争映画。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「灰の記憶」
実在のユダヤ人医師、ミクロシュ・ニスリの手記を基に、ティム・ブレイク・
ネルソンが映画化、ユダヤ人虐殺の真実を描いた衝撃作。ポーランド・
アウシュビッツ強制収容所のガス室で奇跡的に生き残った少女の命を
守るユダヤ人たちの葛藤と勇気を描く。
(「DVD NAVIGATOR」データベースより引用)

ユダヤ人医師の体験に基づく感動の人間ドラマ。第二次世界大戦末期
のポーランド・アウシュビッツ強制収容所を舞台に、暴動を起こす計画を
立て、ガス室で奇跡的に生き残った少女を救おうと奔走するユダヤ人た
ちを描く。監督は「O[オー]」のティム・ブレイク・ネルソン。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「ゲシュタポ・地獄の追跡 ホロコーストの子供たち」
1941年、ナチス・ドイツが軍事侵攻によって版図を拡大したヨーロッパ。
民族への迫害に苦悩する各地のユダヤ人社会は、幼い子どもたちだけ
でも安全な場所へ移そうと、秘密裏に彼らの逃亡計画を進めていた。
一旦クロアチアへと集められた少年少女たち。青年教師ヨゼフは強制
収容所へと連行される父の意志を受け継ぎ、子どもたちとスロベニアへ
目指して決死の移動を試みるのだが…。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「シンドラーのリスト」
ナチズムが布かれるドイツ軍によって侵攻された第二次世界大戦下のポー
ランド南部の都市クラクフを舞台に、1200人のユダヤ人を虐殺から救った実
在のドイツ人実業家、オスカー・シンドラーの姿を描いた作品。
(「Oricon」データベースより引用)

第二次大戦下のドイツ。実業家シンドラーは軍用ホーロー器工場の経営に
乗り出し、ゲットーのユダヤ人たちを働かせた。やがて彼は、ユダヤ人たち
を強制収容所送りから救うのだった。
スティーヴン・スピルバーグ監督が、念願のアカデミー賞を受賞した大作。
ナチスの収容所で命を落とした親族がいるスピルバーグは、監督料を返上
してまでもこの映画の製作に取り組んだ。オスカー・シンドラーを演じたリー
アム・ニーソンは、この映画でスターとなり、ナチスの将校を演じたレイフ・
ファインズも大きく羽ばたいた。さらにベン・キングズレーらの脇役の熱演も
光っている。20世紀における歴史的な出来事を再現した記念碑的な作品と
いえるだろう。(アルジオン北村)
 
「戦火の奇跡 ユダヤを救った男」前編+後編
第二次大戦後、半世紀以上経ってもなお世界の関心を集めるナチス問題。
その根幹にあるユダヤ人大虐殺に関して戦後50年以上も公開されていな
い事実があった!強制収容所への隔離とユダヤ人抹殺を進めたアドルフ・ア
イヒマン、その指揮下将校たちと主人公ペルラスカの息詰まる対決を描い
た戦争ドラマ。
(「DVD NAVIGATOR」データベースより引用)

この映画の最後に、実在するペルラスカ本人の言葉が彼の映像と共に
紹介されています。
 
「ナチス・ホロコーストの戦慄」
ヒトラー独裁下、ヨーロッパで版図を広げるナチス・ドイツ。支配民族としての
力を誇示しながら、秘密警察(ゲシュタポ)は次々と政治犯、少数民族を強制
収容所に収容していく。ドイツ将校たちは、無実の人間を悉く収容し家畜のよ
うに扱う。人権を無視し生命を弄ぶ地獄の世界を忠実に描き出した問題作。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「ホロコースト-アドルフ・ヒトラーの洗礼」
ナチツ・ドイツによるユダヤ人大量虐殺“ホロ・コースト”を描いた、コスタ・
ガヴラス監督が贈る戦争映画。ナチス親衛隊の男が、人道的に見過ごす
ことのできない国家的犯罪を阻止しようと、カトリック教会の若い修道士と
共に奮闘する姿を描く。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「マイ・ファーザー 死の天使」
ナチス戦犯者の父に対峙した息子の苦悩と葛藤を描いた衝撃作。85年、
ある白骨死体が逃亡を続けていたナチス収容所の医師、ヨゼフ・メンゲレ
のものと判明。報道陣が殺到する中、彼の息子・ヘルマンは弁護士相手
に8年前の父との対面の思い出を語り始める。
(「DVD NAVIGATOR」データベースより引用)

ヒトラー政権下、アウシュビッツ収容所で数々の人体実験を行った実在の
医師ヨゼフ・メンゲレを父に持った息子の葛藤を描いた作品。
(「Oricon」データベースより引用)
 
「アンネの日記」
ナチスが徹底的にユダヤ人を迫害する中で、狭い屋根裏部屋にひっそり隠
れ住みながら、なお人間の良心を信じ、少女の思春期の様々な思いをみず
みずしい感性で書き綴った一人の少女アンネ・フランク。15歳で短い生涯を
閉じた彼女の日記を元に、「」の名匠ジョージ・スティーブンスが、彼女の喜び
や悲しみをそのまま描き出し、世界中の人々が涙を流した感動名作。アンネ
を演じるのは、1万人の候補者の中から選ばれた瞳が美しい長女ミリー・パ
ーキンス。多感な少女の恋の憧れ、大人への疑問、そして同居人ペーターと
の間に芽生えた淡い初恋など、アンネの心の軌跡をゆたかな感性と素直な
演技でたどってゆく。最後のペーターと別れの口付けを交わすシーンは決して
忘れられない悲しい場面である。

世界的なベストセラーで、現在でも読み継がれているアンネ・フランクの短い
一生を綴った同名原作の映画化。 ●1959年度アカデミー賞3部門受賞(助演
女優賞、撮影賞、美術監督・装置賞)。

 
「アンネ・フランク」
本作『アンネ・フランク』は、タイトルから期待されるものをズバリと描き出して
いる。それはつまり、途方もなく感動的なアンネ・フランクの物語の全貌だ。
アンネといえば日記だが、今回の作品は、この十代のユダヤ人少女が日記
に書かなかったことにも目を向けている。ナチスがオランダに駐留するあいだ、
家族やその友人とともに、アムステルダムにある父親のオフィスの屋根裏部屋
に隠れ住んだアンネ。彼女が丹念に書きつづった日記は、1950年代に父親の
手で出版され、世界的ベストセラーとなった。過去に何度もTV化・映画化されて
いる物語だが、ABCで放送された今回のバージョンは、アンネが書き残した以
上の事実を扱っているのが特徴。アンネが日記と出会う前のフランク家の様子
や、日記が途切れた後のアウシュヴィッツおよびビルケナウにおける収容所生
活も目にすることができる。ハナ・テイラー・ゴードンはアンネ役として申し分なし。
知的かと思えば夢見がちだったり、創造性豊かだったり、甘やかされていたり、
生意気だったりという多面的な少女像に、生命を吹き込んでいる。ナチス占領下
のオランダに暮らすユダヤ人という点を除けば、ほかの少女と何ら変わりはない。
本作でゴードン以上の輝きを見せるのは、アンネの父親オットー・フランクを演じ
るベン・キングズレーただひとりだ。その静かな演技は、驚くほど力強い。彼が
家族の死を見つめる場面では、いやおうなしに悲嘆が伝わってくる。この勇気
ある作品には、いくぶん正視に堪えない部分がある。強制収容所のシーンなど、
実に残酷だ。しかし、アンネの生涯が見事に映像化されており、多くの人々の間
で共有し、語り合い、記憶すべき作品となっている。
(Jenny Brown, Amazon.com)
 
「アンネの日記」アニメ版

人種差別と戦争の狂気の中で夢を絶たれてしまった少女、アンネ・フランクの
日記を原作に忠実にアニメ化。異常な状況下で将来への夢、友情、淡い恋を
育んで精一杯生きた彼女の姿に胸を打たれる感動作!声の出演は草ナギ剛、
黒柳徹子、加藤剛など豪華声優陣が担当。
(「Oricon」データベースより引用)




2013年6月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




ニーチェと宮沢賢治(写真は1年前に作ったレゴの蒸気機関車です)



ニーチェの「神は死んだ」の言葉に象徴される虚無主義(ニヒリズム)と「超人」思想。



私はニーチェの著作に触れたことがなく正しく読み取っていないかも知れませんが、、現世から目を背けている

当時の風潮に対して、彼は果敢な挑戦状を叩きつけたのだと思います。



しかし、来世のことだけを語る宗教への断罪と虚無主義。一部において何故彼がこう考えたのか納得はするも

のの、私たち一人一人は空気や水・食べ物など、地球や他の生命が養い創ったもののなかでしか生きられま

せん。人間は決して単独で存在できるものではありませんし、他のものとの関係性なくしては生きられないので

はないかと疑問に思ったのも事実です。



デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」からニーチェ、ハイデッガー。彼らの「個(人間)」だけを世界から切り

離した思索、人間中心主義が横行した西洋哲学に対して、梅原猛さんはその著「人類哲学序説」の中で鋭く

批判しています。



これらの西洋哲学者の対極にいるのが宮沢賢治先住民と呼ばれる人なのかも知れません。西洋哲学が

人間を世界から切り離して真理に近づこうとしていたのに対し、賢治や先住民は他のものとの関係性(繋がり)

を基軸に据え、賢治の場合は「銀河鉄道の夜」などの童話を通して私たち後世の人に想いを託したのでしょう。



賢治が言う「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、互いの繋がりを

真に肌で感じた者にしか発することが出来ない言葉なのだと思います。



梅原さんは前述した本の中で、宮沢賢治と江戸時代の画家「伊藤若沖」を紹介され、二人の思想の背景には

「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」(国土や動物・草木も仏性を持ち成仏できる意味)が

あり、縄文時代アイヌを含む世界各地の先住民の世界観に共通しているものがあると言われます。



またノーベル賞を受賞した福井謙一さんの言葉「科学はいまに、裁かれる日がくるだろう。自然を征服する科学

および科学技術から、自然と共生する科学および科学技術へと変わらなければいけない」を紹介されていました

が、科学技術文明の基となったデカルト以来の西洋哲学にも同じことが言えると主張されています。



私たちはデカルト以来の西洋哲学を、反面教師として捉える時期なのかも知れません。



ニーチェの「神は死んだ」、私は彼の思索の片鱗も理解できていないかも知れませんが、虚無としか映らない

状況のなか一筋の光りを見た女性がいました。



ニーチェの「超人」思想がヒトラーに悪用され、ハイデッガーがナチスの思想ではなくヒトラーの強い意志に魅了

されていた同じ頃、アウシュヴィッツの強制収容所で亡くなった無名の人ですが、賢治の銀河鉄道と同じように

多くの人の道標として、これからもその軌道を照らしていくのだと思います。



最後に、フランクル「夜と霧」から抜粋引用し終わりにします。



☆☆☆☆



それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。



「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」と言葉どおりに彼女は私に言った。



「なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを

追っていなかったからですの。」



その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそこにある樹は一人ぽっちの私のただ一つのお友達

ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。



外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。



病人の寝台の所に屈んで外を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつけた

一本の緑の枝を見ることができた。



「この樹とよくお話しますの。」と彼女は言った。



私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているだろうか? 

不思議に思って私は彼女に訊いた。



「樹はあなたに何か返事をしましたか? -しましたって!-では何て樹は言ったのですか?」



彼女は答えた。



「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-私は-ここに-いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ。」



☆☆☆☆




 

2014年4月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。




(大きな画像)


本日4月27日の夜明け(4時25分〜5時12分)の光景です。



バチカンのサンピエトロ広場において、先々代のローマ法王ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)と、

第261代法王ヨハネ23世(同1958〜63年)の列聖式(カトリック教会で最高の崇敬対象である「聖人」と

する)が、本日4月27日行われました。



ヨハネ23世はキューバ危機において米ソ双方の仲介に尽力し、他教会や他宗教との対話に積極的であり、

有名な第2バチカン公会議を開催をした卓越した法王でした。無心論者や他の宗教をどのように捉えるの

かをも話し合われたこの公会議、その指導的な神学者だったカール・ラーナーの本には心打たれました。



現在バチカンは一部の聖職者による児童への性的虐待の問題で揺れていますが、アメリカ先住民への

同化政策が行われていたころ、カトリック・プロテスタントを問わず、親元から強制的に引き離された彼らの

子供に対して、同じ過ちをした聖職者たちがいました。これらの同化政策(アイヌの方も同じです)の影は、

現在においてもアメリカ先住民社会に暗い影を落としています。



2000年3月12日、当時の法王ヨハネ・パウロ二世は「回心と和解の日」のミサの中で、「イスラエルの民に対して

犯した罪の告白」(ユダヤ人虐殺を黙認してきた歴史)、そしてアメリカ先住民などの世界各地の先住民に対して

の文化と宗教を破壊してきた歴史への謝罪を行いましたが、その時に話された一部を紹介します。



☆☆☆



「世界の主、すべての人の父よ、あなたは御子を通してわたしたちに、敵を愛し、わたしたちを憎む人々に善を行い、

わたしたちを迫害する人々のために祈るよう求められました。



しかしキリスト者はしばしば福音を否定し、権力というメンタリティに傾倒し、諸民族の権利を侵し、彼らの文化と

宗教的伝統を侮辱してきました。



どうか、わたしたちに対し寛容で、慈しみを示し、あなたのゆるしをお与えください。主キリストによって。」



法王ヨハネ・パウロ二世



☆☆☆



 

2014年7月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。


銃を持って戦うこと



もう30数年前、マルコスの独裁政権下にあったフィリピンへ団体で行ったことがあります。



スラム街で出会った女性は、政権打倒を目指す地下組織の方で、イメルダ夫人の親戚にあたる人でした。



彼女はスラムなどの問題を放置する独裁政権を打倒する必要があることを語ってくれましたが、帰国して読んだ

レジスタンス達の手紙(ナチスに抵抗)から感じたことと共通すること、それは祖国への熱い想いでした。



銃を持って戦うこと、レジスタンスがそうであったように、私は必ずしもその全てが悪だとは思いません。



しかし、家族を守るために戦うことは当然としながらも、今の日本は銃を取ってでも守りたい祖国か?と聞かれると、

否、と応えたくなる自分がいるのを感じます。



日本に限らず世界の多くの国が、あるべき「地産地消」の国作りを目指さず、真逆のグローバル化(地球規模の

全体的な、包括的なの意味)に突き進んでいます。



風土などの違いにより、固有の文化・言葉・習慣が生まれる。遺伝子の世界でもそうですが、その多様性こそが

あるべき方向性へと変化していくのではないでしょうか。



グローバル化はマルクスの共産主義と同じように、人間の心理や多様性を顧みず、数学の方程式に無理やり

人間を組み込む手法が共通して横たわっているような気がします。



地球規模と聞こえはいいですが、押さえ込まれたその反動が、民族紛争などの更なる激化につながっていくの

かも知れません。



人道援助を除いて、限りなく「地産地消」の国作りや多様性を受け容れる社会。



もし日本がそのような国で侵略する者がいれば、私は銃を取ってでも必要最小限の戦いをするでしょう。



ただ、日本だけでなく世界各国がその方向性をもっていたなら、銃など武器は全く必要なくなるでしょうね。



 

2015年5月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。





根拠のない妄想体操にいれこむ私。



20数年前から夜明けの時間に一つの運動をしている。

それはフィギュアスケートのスピンのように、時計回りに21回くるくる回転するのだ。

実は、これは前の大戦で戦闘機パイロットを選抜するための重要な適性試験だった。

くるくる10回くらい回って直ぐに、真っ直ぐ歩くことが出来れば合格、できなければその時点で不合格となる。

勿論、私はその試験にに合格するためにくるくる回っているのではないし、

恒星のまわりを公転・自転する星の境地に立ちたいと願ったりもするが、全く掴めきれないでもいる。



ただ、思考が右や左に流されようとする時に、中心に戻してくれる働きを、この回転運動がもたらしてくれて

いるのではと最近感じることがある。軸がしっかりしている人ほど、右や左の意見に耳を傾けることができる

(私にその力があるかどうか甚だ疑問だが)。

別な言い方をすれば、大地に根をはっていなければ、浮遊病のように空中を漂い、何か強い力に拠り所を

求めざるを得ない。

ヒトラーは、ドイツ全体を覆っていたユダヤ人への反感と浮遊病を巧みに利用したに過ぎない。



私が好きな絵本の一つに「ねっこぼっこ」がある。

著者オルファースは20台半ばで修道院に入るが、第一次世界大戦のさなか34才で亡くなった。

大地の奥深くに視線を落とすことができた彼女の感性、その世界を一人ひとりが宿していたら、

彼女の死からもう直ぐ100年の現代は今と異なった世界だったのかも知れない。


 

2015年9月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





スターリン、ヒトラーなどの独裁者に共通するもの



自身が絶対正義だと陶酔し、意見の異なる人を邪魔者として抹殺する。



最近の日本では小泉がそうでしたが、今回の安保法案の賛成・反対派の両者とも、その危険性のある議員や民が

いるのを感じました。



聖徳太子の十七条憲法(604年4月3日に臣下を集め提示したこの憲法は、日本で初めての成文法と言われています)

の第十条にはこう書かれています。



「心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。

人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと

思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだという

わけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがい

だれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、

むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって

行動しなさい。」



十七条憲法は崇高な理念が書かれているのではなく、モーゼの十戒「殺すな、盗むな、姦淫するな」と同じく

行動規範が書かれています。



ただ、この第十条だけを抜粋して十七条憲法を語るのは卑怯な態度なので、憲法全文を時間がありましたら見て

いただけたらと思います。



第七条にはこうも書かれています。



「人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な

人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、

生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小に

かかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かに

のびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は

官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。」



欺瞞・汚職にまみれた中国に限らず日本でも、聖徳太子のような人物が出てきたらと思っていますが、現代の

民主主義では不可能ではないかとさえ思うことがあります。



言霊、「言葉には霊力があるから、決して嘘をついてはいけない」、これは昔の日本だけでなくアメリカ先住民

(インディアン)
にも共通していたことです。



選挙で聖徳太子のような人が選ばれるには、全ての民に言霊が宿って初めて実現するのですが、それは

聖徳太子の時代から1400年経っても殆ど変わらない姿を見ると悲観的にもなってしまいます。



ただ、そんな荒波の中でも、名もない知られざる英雄がいたことを指標として、自身が出来ることを模索して

いかねばと思っています。



写真は9月15日に撮影した合歓の木(ネムノキ)です。









夜明けの詩(厚木市からの光景)

影響を受けた人・本

美に共鳴しあう生命

ホピの預言(予言)

神を待ちのぞむ

天空の果実


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