「夏の星座博物館」
山田卓 著 地人書館
「春の星座博物館」 山田卓 著 地人書館
「秋の星座博物館」 山田卓 著 地人書館
「冬の星座博物館」 山田卓 著 地人書館
本書 まえがき より引用 「星は美しい そしてきれい」 野尻抱影・星の先生のこと 野尻さんの、星の名前や伝説に関する貴重な研究と、星と人とのかかわりを実感として 伝えてくれる天文随筆に、どれほど多くの人々が、星の世界へ誘われたことだろう。野尻 さんは、天文学者と書いて“天の文学者”と呼ぶか、あるいは“星の先生”とよぶのがふさ わしい 「ぼくなんか、ずい分おしゃべりでねえ、話をはじめるってえと、自分の舌がとまらなくて、 なんともしょうがなくなるんです(笑)」 いかにも楽しそうにはなされる先生の話の中に、 自然にたいする愛の言葉が、いくつもてれくさそうにかくれている。 「ぼくは志賀さん(志賀直哉)と、ずい分親しくしたんですが、志賀さんの文章の影響を うけてますねえ。簡潔に、簡潔にって・・・・。志賀さんも、はなしているときは、冗談いっ たりおもしろいことをいう人だったけどねえ。文章では形容詞とか、副詞といったものを、 あの人は非常にひかえている。だから、美しいとか、きれいって言葉はなかなか言わ ない人だった。でもねえ、ぼくが“星三百六十五夜”を書いたとき、ぼくんとこへ初めて きたんですが、望遠鏡をのぞかせたら“これは美しい、これはきれいだっ!”っていった。 ハハ、それがね、ぼくはとても愉快だった。ハッハハッハ・・・・。 1976年の4月、このとき、先生は91歳であった。 |
本書 あとがき より引用 オリオン霊園 “日本一星の好きな人”という野尻評にたいして「星は好きなだけでなく、実感することが 大事です」という言葉がかえってきた。いい言葉だ “この道はいつかきた道”見知らぬ土地で、ふとそんな気がすることがある。実は本人は きていない。しかし、きたことがあるような気がする。それは自分の母親か、あるいは、 それ以前の、いやもっともっと何千年も昔の自分の祖先の体験が、ふと自分の中に蘇る のかも知れない。同じように、古代の人々の星に対する実感もまた、現代の我々の中に、 蘇ることがあるにちがいない。 野尻先生が昔を調べたのは、そうした実感を掘りおこしたかったからなのだろう。「このご ろ霊園って言葉がはやってるけれど、ぼくにはオリオン霊園ってのが空にあって、ちゃーん とできてて、これは誰も入れないんでぼくだけなんですよ(笑) アマゾンの女の兵隊がいて、 門の前に立っているんですよ。槍と盾をもって番をしてますからね(笑)・・・・」 野尻抱影さんは“日本一長く星の実感をもち続けた人”と評すべきだった。先生は1977年 10月30日、93歳のとき、オリオン霊園にむかって旅立たれた。いまごろは、まわりにアマゾン の女兵たちをはべらせて、楽しい星の話で彼女たちをケラケラ笑わせ、悦にいっておられる にちがいない。うらやましいかぎりである。さて、私はどこの霊園をえらぼうか? (参考: オリオン座のγ星の固有名ベラトリックスは、ギリシャ神話の女人国アマゾンの 女兵士のこと。夏のオリオン座は、明け方、東の空にのぼる。) |
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