「クロノ・モノクローム」
磯見仁月 週刊少年サンデー掲載作品



    







以下、本書より引用


ある事件をきっかけで向かい合って座れなくなった、天才チェス少年・黒六

そんな彼がネットチェス中に突如タイムスリップ!

辿り着いた先は18世紀のウィーンだった!!

そこで出会った発明家・ケンペレンは、黒六のチェスの実力に目をつけ、

自らが発明した自動チェス人形・タークの操縦者に抜擢。

タークの操縦者となった黒六は、秘密のまま活躍していくことに!

18世紀最強の棋士フィリドールに弟子入りし、修行の結果、昔の自分を取り戻すことに成功した黒六!

一方、オーストラリアの宿敵・プロイセン王国に、黒六の因縁とも呼べる相手が現われ・・・・!?





 「猫を抱いて象と泳ぐ」 伝説のチェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンの密やかな奇跡 小川洋子著

は、このトルコ人のチェス指し人形「ターク」を題材とした小説です。



 「謎のチェス指し人形『ターク』」トム・スタンデージ著 服部桂・訳 NTT出版 も参照されたし





もっと早くこの本の存在に気づいていればと後悔した。漫画のタッチは少々少女漫画のようで抵抗があったが、

内容は18世紀に実在した登場人物が出てきたりと、最後まで興味深く読むことができた。特に驚いたのは最終巻

の最終局、運命の相手シロスとの対局。この対局の模様は100ページにもわたって描かれているが、この試合は

2008年に実際に指されたゲームで、白番のガシモフは世界トップクラスの選手だった。2014年に27歳の若さで亡く

なるが、私自身が最も好きなチェス棋士の一人です。

(2016.6.22 K.K)



 


最終局 ターク(黒六) 対 シロス



Susan Polgar Chess Daily News and Information: Jan 22, 2012

 チェス棋士 ガシモフ(Vugar Gashimov) を参照されたし。


Vugar Gashimov vs David Navara
FIDE Grand Prix (2008) ・ Spanish Game: Morphy Defense. Chigorin Defense Panov System (C99) ・ 1-0


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1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6 4. Ba4 Nf6 5. O-O Be7 6. Re1 b5
7. Bb3 d6 8. c3 O-O 9. h3 Na5 10. Bc2 c5 11. d4 Qc7 12. Nbd2
cxd4 13. cxd4 Rd8 14. d5 Bd7 15. Nf1 Rdc8 16. Ne3 Bd8 17. Nh2
Nc4 18. Bd3 Qa7 19. Neg4 Nxg4 20. hxg4 Bb6 21. Qe2 Bd4 22. Rb1
a5 23. b3 Nb6 24. Bd2 b4 25. Rf1 Rc7 26. Kh1 Nc8 27. g3 Bc3
28. f4 a4 29. Be3 Bd4 30. Bxd4 Qxd4 31. Nf3 Qb6 32. fxe5 Bxg4
33. exd6 Nxd6 34. e5 Nf5 35. Bxf5 Bxf5 36. Rbd1 axb3 37. axb3
Rc2 38. Rd2 Raa2 39. Rfd1 Rxd2 40. Rxd2 Ra1+ 41. Kg2 Qh6
42. e6 fxe6 43. dxe6 Bxe6 44. Rd8+ Kf7 45. Ne5+ Ke7 46. Nc6+
Kf7 47. Qf3+ Qf6 48. Qh5+ g6 49. Qxh7+ Qg7 50. Ne5+ Kf6
51. Qh4+ g5 52. Qd4 Bh3+ 53. Kf3 Rf1+ 54. Ke2 Qe7 55. Rf8+ Ke6
56. Rh8 Bg2 57. Qe3 Kf5 58. g4+ Kf6 59. Rf8+ Qxf8 60. Nd7+ Kg6
61. Nxf8+ Rxf8 62. Qe6+ Rf6 63. Qg8+ Kh6 64. Qh8+ Kg6 65. Qh5+
Kg7 66. Qxg5+ Kf7 67. Kd3 Rg6 68. Qf5+ Kg7 69. Qe5+ Kf7
70. Qf4+ 1-0



 


本書より抜粋引用



仁月の甲羅書き雑学1


ここは「クロノ・モノクローム」に関するうんちくやエピソードを書き殴ってしまおうというコーナーです。仁月は世界史オタク。

完全に自己満足の域ですが、宜しければおつき合いくださいませ!!



黒六がタイムスリップしたのは18世紀、1770年の神聖ローマ帝国オーストリア領ウィーン。当時は“リンク”と呼ばれる城壁

に囲まれた、いわば要塞都市の一種でした。第1話でタイムスリップした黒六が見た景色、1番奥の方に見える建造物は

聖シュテファン寺院です。ウィーンの象徴ともいえる寺院で、街のどこからでも見る事ができ(当時はほぼ約4階建てまで

の家しか建築構造上、難しかったのです)、ゴチック様式建築を代表する壮麗な建物。屋根には美しいタイル瓦で王家

ハプスブルグ家の紋章“双璧の鷲”が描かれていますが、1770年時点ではまだこの装飾はありません。地下には王家の

納骨堂があり、ウィーンの有名人達がこぞって結婚式や葬式を行った場所、正にウィーンの歴史を刻む聖域なのです。

なので黒六のタイムスリップのシーンにふさわしいと思い、一番最初に目に入る様にしました。1770年頃のウィーンの景色

は度重なる世界大戦で現在あ殆ど残っていません。有名なオペラ座すら近世のもの。ですが1770年当時の地図、銅版画、

文献などを元にピックアップし、現地取材で現存する物を中心に漫画の中で再現してみました。当時の雰囲気を少しでも

楽しんでいただけたら幸いです。ちなみに季節を現代と同じにしたかったので、史実のターニングポイントの日取りに合わ

せ、第1話の日を2014年3月にしています(ログイン画面にあります)。黒六は中学2年生、3学期末考査の後の日の設定

です。いずれ史実と相違も出てくると思いますが、それも含め味わってくださいませ。召しあがれ!!





The Turk


タークは実際にあった機械人形です。18世紀に発明家ウォルフガング・フォン・ケンペレンにより作られ、その後数奇な

運命を辿りました。動力こそイカサマだったものの、その仕掛けは非常に精密、加えて秘密がバレないよう、人の目をそらす

様々な技巧が組み込まれていました。Turk(ターク)は後のTrick(トリック)の語源になったとも言われ、手品としても最高峰

を誇る芸術品だったのです。作中のタークですが、外観は実在の人形に西洋のビスクドールや仮面を、内観はクレーン車

などの重機の運転席をベースにスチームパンクの要素を加えて山田一喜先生と作りました。デザインは大幅にアレンジしま

したが、機能は実物になるべく忠実に作っています。なるほどと思う機能がまだあるので作中で出していきたいですね。

サイズもほぼ実寸、学習机くらいです。仁月がした様に皆もチェスを持って潜り込んで黒六の気分を味わってください。

起動開始!!





仁月の甲羅書き雑学5


こんにちは!仁月です。モーツァルト戦いかがだったでしょうか。連載当初からモーツァルトは登場させる予定だったので

すが、余り描いた事のないタイプだったので、仁月的には思い出深いシリーズになりました。今回はこのオーストリアで1番

とも言える有名人について、少々語ろうかと思います。



ヴォルフガング=アマデウス=モーツァルト。1770年当時、黒六と同じ14歳です。アマデウスは洗礼名で「神に愛されたもの」

という意味。ちょうどこの頃からこの名前で名乗るようになり、いわばペンネームの要領で使っていたようです。



実際のモーツァルトも遊び好きで、女好きの上に浪費家。ゲームも大好きでチェスの他、ビリヤードやトランプも嗜んでいた

ようです。しかしそこは腐っても「神童」。その名に相応しく、音楽の才能に溢れ、逸話に事欠かない人気者でした。耳と音感

が異常に良く、礼拝堂の秘曲を聞いただけで楽譜に書き起こした他、第19局で手強い税関をバイオリン1つでクリアしたの

も、第21局でフィラルモニカの演奏会(同年の秋に入会資格試験を受け、合格しています)で賞賛されたのも、マリー=

アントワネットに求婚したのも全て史実。彼の人生を辿ると、いかに音楽と愛に生き、音楽と人々に愛された人なのだという

ことが分かります。交友も幅広く、手紙も残っているのですが、余りに下ネタ満載のため、後世息子によって多くが焼かれて

しまいました。反面、美しい名言も多く、作中の手紙に一部用いらせていただきました。そのだらしなさとカッコよさから滲み

出る、人間臭さを愛していただければ幸いです。



モーツァルトはこの後、各地を周遊しながら、ザルツブルクに25歳まで住み、ウィーンに移住して音楽家として名をあげま

した。最期は第1巻で黒六が見たシュテファン寺院で葬儀が行われ、共同墓地に埋葬されたため、その亡骸は行方不明に

なっています。ですが現在のウィーンのブルク庭園には彼の像が立ち、(第2巻15局で同じポーズをさせています)、お土産

のパッケージは彼の肖像画だらけ。まさに音楽の都の主役になっていました。ウィーンを歩くと街角でバイオリンやハープの

路上ライブに出くわします。モーツァルトの曲もよく流れており、生活の一部として溶け込んでいるのが感じられました。



因みにチェスは何故か音楽と関係が深いと言われ、18世紀は勿論、現代でもトッププレーヤーにプロピアニストがいたり

と、強豪の棋士には音楽関係者が多いのが特徴です。



音楽史に於いて天才の名を欲しいままにし、未だ燦然と輝くモーツァルトが現代のチェスを学べば、黒六の上を行くかも

しれませんね。






仁月の甲羅書き雑学6


ボンジュール!仁月です。今回はうんちく増量です。だってカフェについて語らいでか!!



今回出てきたカフェ・ド・ラ・レジャンス。当時のフランスに本当にあったカフェで、2世紀に渡りチェスの聖地として活躍しま

した。1688年カフェ・プラス・ド・パレ・ロワイヤルとして開業し(諸説あり)、次第にフランスカフェの黄金期の代表として頭角を

現しました。1718年レジャンスに改名、シャンデリアや鏡、彫刻などで彩られた豪華なカフェへ改装し、20以上の大理石の

テーブルとチェス盤が並ぶ中、コーヒーと対局を楽しむゲーム喫茶として、18世紀の爆発的なチェスブームの一端を担いま

した。場所はフランス王弟オルレアン公の宮殿パレ・ロワイヤルの前の広場という一等地。1784年にはショッピングセンター

も完成し、パリ最大の人気スポットに成長しました。



顧客は王侯貴族に有名人ばかり。1770年時点ではヴォルテールやルソーの他、後世、ヨーゼフ2世やナポレオンも訪れて

います。棋士ではレガル、フィリドール、マイヨが訪れ、特にフィリドールは世界最強としてレジャンスの象徴となり、彼が来る

と静けさと緊張が支配した事からレジャンスを「沈黙の神殿」と評した作家もいました。



非常に居心地がいいと太鼓判のレジャンスでしたが、ここ以外でも有名なカフェが沢山ありました。レジャンスと並ぶ老舗

名店とされたカフェ・プロコップはいわゆる「談論カフェ」。百科全書派など知識人が熱く語り合う場所でした。他にもフランス

革命で活躍する過激派のたまり場で、地元民にはアイスクリームが人気だったカフェ・ドゥ・フワ。店内に給仕がおらず、

昇降機で注文品が運ばれる仕組みで大繁盛したカフェ・メカニックと個性的なものばかり。ケンペレンが第26局で飲んで

いた怪しげな店は、カフェ・デ・ザヴーグル(盲人カフェ)をモデルにしています。カフェ・イタリアンの地下にあり、店名の通り

盲人の楽隊が演奏する中、客と娼婦が入り乱れるというパリの中でも最低の代物でした。目が見えなければ客の振る舞い

を気にせず演奏できるという理由で生まれた、現代では考えられない店ですが、ここに行かなければ何も見なかった事と

同じと言われるほど、裏の名店として名を馳せました。



因みに1770年、パリの人口は65万。内、娼婦の数は2万もいたとされ、パリはプロの娼婦のサンクチュアリだったのです。

当時の絵画を探すと、パレ・ロワイヤルの庭園で熱く政治について議論する男性と、その中から客を物色する老婆と女性達

が出てきます。まさに光の都。



光が強くなれば影も濃くなるように、18世紀最大の大都会だからこその明暗なのでしょう。





仁月の甲羅書き雑学8


こんにちは!仁月です。フランス、黒六の修行編となりました。なので今回は黒六の師匠・フィリドールについて語ろうと

思います。



フランソワ=アンドレ・ダニカン・フィリドール。18世紀に実在したフランスの作曲家で、音楽の名門フィリドール家の一員と

して、フランス国王・ルイ15世に仕えました。少年時代は聖歌隊で退屈凌ぎにチェスを指し、やがてフランスの代表的な

オペラ作曲家として活躍しましたが、音楽の才能に限界を感じ、棋士に転向したら世界王者(非公式)になっちゃったという、

色々な意味で天才なお方です。他にも目隠しで3人同時対局、しかもうち1人は駒落ちで、フィリドールは不利な黒番という

状態で勝利する離れ業をやってのけたり、現代でも通用する定跡・フィリドール=ディフェンスや、不利な状況でもステイル

メイトに持ち込む不屈の技術・フィリドール=ポジション、必殺のチェックメイト・フィリドールの遺産を生み出すなど、偉業を

数多く遺しました。1749年には第27局で黒六が子供時代にもらっていた「フィリドールの解析」を出版し、画期的なチェスの

指南書として世界各国で70版を超えるベストセラーになりました。この本では現代では必須とされている最弱の駒、ポーン

の重要性を説いており、「ポーンはチェスの魂」という彼の名言に繋がりました。余りの天才ぶりに、当時の弟子達は理解

が追いつかず、後世長い時間をかけて彼のチェスが証明されていったのです。



またフィリドールは史実でもタークと対局しています。対局前日、ケンペレンが負けて欲しいとお願いに来たのに勝ったとか、

後々タークとの対局はとても疲れたとフィリドールがこぼしていたという意味深な逸話も残っており、記録の端々に少々

ドジっ子で人好きのする性格が垣間見えます。



そんな華々しいフィリドールも最期はイギリス・ロンドンで客死しました。彼はポーン=第3身分(平民)と考えており、その

重要性を説いていたにも係わらず、王家に繋がりが強かったことで、フランス革命の処刑リストに入り、亡命を余儀なくされ

たためでした。愛するフランスには帰れなかったフィリドールですが、彼のチェスは現代でも受け継がれ、世界中の人々に

愛されています。






フィリドール、チェスの魂を見出した男 文・小島慎也


「クロノ・モノクローム」第4巻では、フィリドールと黒六のチェス修行の話がメインとなります。第1巻のコラムでは、オーストリア

シュタイニッツが初代世界チャンピオンだと書きましたが、公式の世界チャンピオン制度ができる以前、18世紀に並はずれ

た実力を誇り、非公式の世界チャンピオンだった人物こそ、フランスのフィリドールなのです。



偉大なるチェスプレーヤー、フィリドールの名前は、特定のオープニングやエンドゲームに残されています。例えば、タークの

デビュー戦でコベンツル伯爵が使ったオープニングは、フィリドールディフェンスでした。また、ルークエンディングでポーンの

少ない側がドローに持ち込める形は、フィリドールが最初に提唱したことから、フィリドールポジションと呼ばれています。この

ポジションでのテクニックは、現代のプレーヤーも必ず学ぶものであり、ルークエンディングにおける基礎とされています。



さらには、作中でも紹介されているように、フィリドールは1749年に革新的なチェス書籍を出版しました。これはチェスの序盤

から中盤、そして多くの戦略について書かれた、世界初の書籍だと言われています。その中で登場する「ポーンはチェスの

魂」という言葉は、フィリドールの名言として、現在でも広く知られています。



実際にフィリドールはセンターポーンの厚みや、盤全体でポーンを巧みに使うプレーにより、それ以前に考えられていた

「ポーンは価値の低い駒」という認識を改めさせました。こうした理論を打ちたて、200年以上チェスの世界に名を残す偉大

なプレーヤーとの交流は、黒六だけでなく、世界中のチェスプレーヤーにとっての憧れかもしれませんね。






アメリカの英雄と盤上の代理戦争 文・小島慎也


作中では国同士の代理戦争として、モノクロームが行われますが、実際のチェスの試合でも、国の威信をかけた戦いが

ありました。一つのエピソードとして、ソ連とアメリカの対立の話をご紹介しましょう。



50年以上前、チェス界で大きな勢力を誇っていたのはソ連という大国で、何代も連続で世界チャンピオンを輩出していま

した。そこに単身挑んだのが、アメリカの生んだ天才、フィッシャーです。1962年にストックホルムで開催された世界チャンピ

オン挑戦者決定戦で、ソ連のマスターたちは、互いの試合をドローにし、フィッシャーとの試合は本気で勝ちにいくという

スタンスを取りました。それは、アメリカと冷戦の最中であったソ連が、アメリカだけはチェスの覇権を渡してなるものか、という

意地の表れでしょうl。その結果、フィッシャーは4位に終わり、チャンピオンへの挑戦権を逃したのです。



ところが、フィッシャーはその敗北にも挫けることなく、1972年には世界チャンピオンへの挑戦権を獲得、当時チャンピオン

だったスパスキーを破って、アメリカ初の覇者となったのです。そしてフィッシャーは、冷戦中のソ連を破ったアメリカの英雄と

して、チェス界に名を残しています。



フィッシャー以降、世界チャンピオンの座は、再びソ連・ロシアへと戻りましたが、2014年現在、世界チャンピオンのマッチを

行っているのは、ノルウェーのカールセンと、インドのアナンドです。ヨーロッパやアジアのどこでもチェスは盛んになり、今日

も世界のどこかで、毎日、チェスが指されています。争いとしてのチェスだけでなく、楽しみとしてのチェスも、もちろん、とても

魅力的です。皆さんも身近なチェスの世界を覗いてみてください。






仁月の甲羅書き雑学10


グーテン・ターク!! 仁月です。甲羅書きもあとわずか。今回はなぜ「クロノ・モノクローム」を描こうと思ったのか、その根本

とチェスと戦争について語ろうと思います。



まず舞台の神聖ローマ帝国。日本にはまずなじみがない、領邦国家です。感覚的には江戸時代の幕藩体制に近いでしょう

か(本当にざっくりですが)。オーストリアを徳川家にたとえると、ザクセンやプロイセンが諸藩。ただし18世紀には自由化して

300以上の国にわかれ、帝国とは名ばかりで、内乱と対外戦争が絶えませんでした。



そんな時代にブームを迎えたチェス。諸説はありますが、元は戦争好きの王様の気を逸らすため作られたものだとか、王族

の戦争教育に用いられた記録もあり、イタリアの一部地域では花嫁の獲得にチェスが用いられていました。近世でも「チェス

は盤上の戦争」の名言を遺した、第14代世界王者・ボビー=フィッシャーは冷戦の最中、タイトルを独占し続けたソ連に勝利

し、米国の英雄として賞賛されています。しかし、世界を駆けた対局を経たその後、消息を絶ち、紆余曲折を経て日本で

隠遁、盤上と静かに向かい続けました。



このようにチェスと戦争は深い関係があり、人間の闘争本能を浮き彫りにさせます。戦争がモチーフのチェスが、なぜ世界中

の人々を魅了するのか。平等を美徳としつつ、支配する事に憧れる矛盾は何なのか。そして、どうしてただ単純に、チェスは

楽しく美しいのか。王様を目指す人間って、ものすごく業が深くて純粋なのかもしれません。



当初から予定していたのですが、シロス戦はその辺りを投影しました。未熟ながら、一番描きたかった事は描けた気がする

ので、それは良かったかなと思います。ちなみにシロスの名前はギリシャのシロス島から。欧州は文化の発祥をギリシャとし

(実際は違うと近年、研究が進んでいますが)、イメージを純白に例える思想があります。ラスカーはチェスの第2代公式世界

王者エマーヌエール=ラスカーから。ドイツ人の数学者で、チェスは人間同士の戦いであるが故に、心理戦が重要と考えた

棋士でした。ヴァルブルクは「壁、砦」の意味で、プロイセン王家の名門貴族の姓名から。ちなみに初代王者はオーストリア

帝国の生まれ(現在はチェコですが)。因縁めいたものを感じますね。





2014年5月1日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。





27歳の若さで亡くなったガシモフ(1986年〜2014年 アゼルバイジャン)



チェスの黎明期から現在まで、多くのチェスの名人たちの写真を見てきましたが、ガシモフほど心の底からの笑顔を湛えた人は

いなかったかも知れません。



有望なチェスプレーヤーであると共に、持ち時間の短い試合において世界トップクラスでしたが、てんかんの発作を防ぐ手術を

してから健康上の問題を引き起こしてしまいます。



彼が亡くなって3ヶ月後の2014年4月、彼の故郷アゼルバイジャンにて「ガシモフ追悼トーナメント」が開かれ、世界チャンピオン

を含めて多くのトップ棋士たちが集まりました。



ガシモフには恋人がいましたが、最後に彼女の言葉を引用します。



チェス盤を前にした真剣な表情からは想像できない微笑み、彼女が言うように「自分よりも他の人の幸せを願った」人だった

からこそ、多くの人に愛されたのだと思います。



☆☆☆



彼は私が出会った人の中で最も感銘深い人でした。



私たちの絆は深い愛へと移行しましたが、同時に親友そのものでもありました。



私はチェスでは素人であり、チェスのルールしか知りませんし、正式な試合をしたこともありません。



私は彼の試合を評価することは出来ません。ただ言えることは、彼は自分よりも他の人の幸せを願った人でした。



彼の優れた美意識と感性、思いやりと趣味の広さ、詩を作り人生を思索するのを好み、また何時間も音楽を聴いたりする

貴方を、私は愛していました。



貴方と過ごした時間は私にとって名誉であり宝物です。



きっとこれからも貴方は私のそばにいて、私が出会う人生の様々な時に、その思い出と共に勇気を与えてくれるでしょう。



Elisabeth W.



☆☆☆








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