「ハブの棲む島」

伝説のハブ捕り名人と奄美の森の物語

西野嘉憲 著 ポプラ社 より引用








ハブ捕り名人 南竹一郎さんの言葉

(本書より引用)


こんなこともあった・・・、夜の山でつかれて眠っとったら、サラサラ、ポキッ、っ

て音がして目がさめた。木の根を枕に寝とったから、小さい音もよくきこえたんじゃ。

それで音のする方を見たら、ダイバン(おおきい)、ハブが手のとどきそうな距離か

らワシの顔をのぞきこんでおった。ものすごい山奥だったもんだから、人間を見た

ことがなくて興味を持って近づいてきたんじゃろ。



昭和35年(1960年)ごろから、奄美の森はどんどん伐採されたっチョ。それから

奄美の生物は、めっきり少なくなった。犠牲になったのは、森に棲んでいる生き物

だけではないっチ。大雨がふると、裸になった山肌から赤土が川に流れだして、

川も海も真っ赤になる。ワシの好物の沢のカニも、手長エビも今はどんなに減った

ことか。海のサンゴもボロボロと死んでしまった。



ハブを退治するために外国産のマングースが山に放された。もうずいぶん前の

ことじゃ。今では奄美の森を大きな顔をして歩きまわっとる。どうやらマングースは、

ハブを襲わずにクロウサギなんかの奄美の大切な住人を襲っているみたいじゃ。

それでこんどはマングースを退治しようということになったっチョ。困ったもんじゃ

ヤー。人間がやることはなかなかうまくいかんチ。自然の中で、一番の悪者は人間

じゃ。奄美の森の生き物は、なんにも悪いことをしないっチョ



ハブは憎い奴じゃ。でも奄美の森はハブが守ってきた。昔の島の人は、山を

畏れていたっチ。かんたんには山に入らんかった。だから、奄美の森の仲間は

今まで生きのこってこれたにちがいないっチョ。奄美の森からハブがいなくなっ

たら、島の値打ちは半分じゃヤ


 
 


2012年2月15日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略


ハブ捕り名人 南竹一郎さんの言葉です。



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○昭和35年(1960年)ごろから、奄美の森はどんどん伐採されたっチョ。それから奄美の生物は、

めっきり少なくなった。犠牲になったのは、森に棲んでいる生き物だけではないっチ。大雨がふる

と、裸になった山肌から赤土が川に流れだして、川も海も真っ赤になる。ワシの好物の沢のカニ

も、手長エビも今はどんなに減ったことか。海のサンゴもボロボロと死んでしまった。



○ハブを退治するために外国産のマングースが山に放された。もうずいぶん前のことじゃ。今で

は奄美の森を大きな顔をして歩きまわっとる。どうやらマングースは、ハブを襲わずにクロウサギ

なんかの奄美の大切な住人を襲っているみたいじゃ。それでこんどはマングースを退治しようとい

うことになったっチョ。困ったもんじゃヤー。人間がやることはなかなかうまくいかんチ。自然の中

で、一番の悪者は人間じゃ。奄美の森の生き物は、なんにも悪いことをしないっチョ



○ハブは憎い奴じゃ。でも奄美の森はハブが守ってきた。昔の島の人は、山を畏れていたっチ。

かんたんには山に入らんかった。だから、奄美の森の仲間は今まで生きのこってこれたにちが

いないっチョ。奄美の森からハブがいなくなったら、島の値打ちは半分じゃヤ



「ハブの棲む島」伝説のハブ捕り名人と奄美の森の物語

西野嘉憲著 ポプラ社 より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年3月22日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



奄美にいたときの私。

長崎・佐世保で生まれ、3歳の時に私たち家族は奄美に移り住んだ。



佐世保の近くに黒島という隠れキリシタンが住んだ島がある。成人してからこの島と黒島天主堂

訪れたときの衝撃とそこで与えられた意味は私の大切な自己基盤の一部になっている。



そして奄美大島、そこはシャーマニズム・アニミズムの世界観が残る地であった。幼少の頃はそん

なことなどわかるはずもなく、青く澄んだ海、赤い蘇鉄の実、さとうきび、そして怖い毒蛇ハブが住む

森を身近に感じていた。



「一人で森に入ってはいけない」と何度も言われた。それ程ハブが棲む森は子供にとって恐ろしい

場であった。逆に言うとハブがいたからこそ、昔の奄美の森は人間によって荒らされずに生き残っ

てきたのかも知れない。



ホピ族の有名な踊りに「蛇踊り」がある。砂漠に住む猛毒をもつガラガラヘビなどを多く集め、儀式

するのだが、その儀式の前に長老達は一つの部屋にこれらの蛇を置いて数日間共に過ごすので

ある。そして儀式が済むと蛇たちは丁重に元の砂漠に帰される。



確かに日本でも蛇信仰はあったと思う。母の実家・久留米の家では白蛇がおり家の人たちは大切に

その蛇を扱っていた。私は白蛇を見たことはないのだが何度もその話を聞いて育った。



創世記で蛇がイブを誘惑したことから生じてきたずる賢い悪魔の存在としての意味、そして蛇信仰が

残る地や奄美、両者には決定的な自然観・世界観の違いが横たわっていると感じていた。



前者からは人間だけによる地球支配の夜明けが始まり、自然に対しての畏敬を失い森を切り開い

た姿が、後者からは脱皮を繰り返す蛇に、森の再生のシンボルとしての意味を見い出せるかも知

れない。



良くキリスト教は一神教と言われるが、私はそうは思わない。父・子・聖霊の3つの姿が互いに与え

尽くしている姿、三位一体はそのことを指し示しているのではないかと思う。



言葉では偉そうに「与え尽くす」と簡単に言うことは出来るが、それを肌で知り、示すことは私には

出来ない。インディアンの「ポトラッチ」縄文時代での社会的緊張を緩和するために呪術的儀礼や

祭を通して平和で安定した平等主義、「与え尽くし」の社会。



ある意味でキリスト教の真実の姿を体現しているのが先住民族たちなのかも知れないと思うことが

ある。



まだまだ多くの疑問が私の中に横たわっているのだが、長崎・奄美から旅立った私の魂は、ブーメ

ランのように再びこれらの地に戻ろうとしているのかも知れない。



☆☆☆☆



「ガラガラ蛇からサイドワインダー、ヤマカガシまであらゆる種類の蛇がおった。

六〇匹はいたじゃろう。あちこちに動き回って、囲んでいる男たちの顔を見上げ

ていた。男たちは動かず、優しい顔つきで歌っているだけじゃ。すると、大きな

ガラガラ蛇が一人の老人の方に向かい、足をはい登り、そこで眠り始めた。

それから次々と蛇がこの老人に集まり、優しそうな顔をのぞき込んでは眠り始

めたのじゃ。蛇はこうやって心の清い人間を見分けるのじゃよ。」



コアウィマ(太陽を反射する毛皮)の言葉

「ホピ・宇宙からの聖書」フランク・ウォーターズ著より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 







美に共鳴しあう生命

神を待ちのぞむ


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