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Netherlands x URSS (Match) 25' Lodewijk Prins vs Viktor Korchnoi (L)
Watching the game standing we see Tigran Petrosian and Jan Hein Donner. The H… | Pinteres…





SPRAGGETT ON CHESS: Vasiukov on Bobby Fischer and Viktor Korchnoi



Viktor Korchnoi(1931~2016年)

ヴィクトール・コルチノイ - Wikipedia より以下引用


ヴィクトール・リヴォヴィッチ・コルチノイ(Viktor Lvovich Korchnoi、1931年3月23日 )は、ソビエト

連邦出身で、現在はスイスのチェスプレーヤー。FIDEのウェブサイトで確認できるアクティブな

選手(一定の頻度で大会に出る選手)としては、最年長である。



レニングラード(現・サンクトペテルブルク)生まれ。少年期の第2次世界大戦中には、ドイツ軍の

レニングラード包囲戦を受け、その間疎開することなく同地で過ごした。25歳でグランドマスターと

なった。コルチノイは世界選手権戦の常連の1人で、挑戦者決定戦に合計10回出場している。

1968年には決勝でボリス・スパスキーに6.5対3.5で、1974年には同じく決勝でアナトリー・カルポフ

に3勝対2勝で敗れた。コルチノイに勝ったスパスキーとカルポフはそれぞれその翌年に世界チャ

ンピオンとなった。



ソ連時代はドローを嫌う棋風で、「ソ連のフィッシャー」と呼ばれたが、1976年オランダに亡命した。

この亡命に対しチグラン・ペトロシアンをはじめとするソ連のプレーヤーはコルチノイを批判した。

亡命するまでに4度ソ連チャンピオンとなっている。



亡命後は西ドイツ、さらにスイスに移住し、1978年、当時の世界チャンピオン・カルポフへの挑戦

者となったが、5勝21引き分け6敗で敗退。1981年に再び挑戦者となるものの、2勝10引き分け6敗

で再び敗退した。



棋風はオールラウンドながら、相手の攻撃を待ち受けての反撃を得意とした。特に複雑な局面の

中終盤に強く、全盛期には「白番では相手にチャンスを与えずに勝つ。黒番では相手にチャンス

を与えるが、やはり最後は勝つ」と言われた。



世界王者にはなれなかったが、高い棋力を長く保っていることで有名であり、2006年には世界シ

ニアチャンピオンとなった。また2007年1月のレイティングリストでは75歳で世界ランク85位だった。

当時のベスト100のうち、年齢でコルチノイに次ぐプレーヤーは53歳だったで、彼が特異な人物で

あることが伺える。



2011年には80歳を迎えたが、世界ランク427位(アクティブな選手では403位)、イロレーティング

2557という成績で、現役選手として活動している。本などは積極的に執筆しなかったが、ルーク

を使ったエンドゲームについての本とベストゲーム集を出版している。



Viktor Korchnoi dies at 85 | Chess News コルチノイ、85歳で亡くなる。

 


"In all of chess history you cannot find another player with his long-lived descipline, vigour, and ferocity. . . . He still wants to play big games with big idease. He is one of the greatest truth-seekers." —Garry Kasparov


"Korchnoi's annotations are honest, detailed, and very instructive."
–ChessCafe.com






Victor Korchnoi’s Chess is My Life was first published nearly 20 years ago; now, in a series of lengthy interviews, Korchnoi has retold the story of his life, right from the beginning. Korchnoi’s memories of his childhood in Leningrad, his years at university, his rise to the top of the chess world, and the years before and after his flight to the West are an impressive account of a life in chess. The book also includes 15 deeply annotated games considered as key to his career.


 


以下、 「チェスへの招待」ジェローム・モフラ著 成相恭二・小倉尚子 訳 より抜粋引用


しかし、日陰に置かれた人びとから、反逆の時代が始まったのである。スパスキーとソ連の当局の

あいだでは、レイキャビク以来離反がつのっていた。コルチノイにい関して言えば極端な個人主義

は個人主義者は公式政権から何を期待できよう。国際ジャーナリズムでカルポフの日和見的ゲー

ムについての辛らつな批評をしたくらいのものである。このことで彼はスポーツ制裁を受け、1年間

国際舞台から遠ざけられた。同罪を繰り返す代わりにコルチノイは、1976年オランダで行われた

トーナメントに出場して優勝し、スイスへの政治亡命を要請した。



コルチノイはアレクサンドル・ソルジェニーツィン、あるいはノーベル平和賞を取った物理学者の

アンドレイ・サハロフに倣って反逆し、亀裂を生じはじめた政治体制の敵である反対派に身を投じ

が。他のグランドマスターもコルチノイに続いた。プラハの春における活動家でドイツ連邦共和国

に逃げたルデク・パッハマン、アルバート、レイン、ソソンコまたはミューレイである。



スパスキーもフランスに移住した。時代は変わる。ソルジェニーツィンの「イワン・デニソヴィッチの

一日」はフランスで70万部も売れた。ソ連は硬化した。とくに1978年の世界チャンピオン・マッチの

予選になったとき、最高タイトルを米国人に奪われるのはまだしも、レニングラード生まれの反ソ連

分子に負けるのはまた別物なのだ。しかし、コルチノイは45歳だったが最高の調子を保っていた。

チェスでは遅咲きだったが、彼は働き盛りで、目指すのはただ1つ、ソ連人を「一口でのみこむ」こ

とだけだった。



彼は準々決勝からその機会を得た。彼の敵ティグラン・ペトロシアンと対戦したのだ。対局はさまざ

まな事件に彩られ、ゲームの価値を傷つけた。コルチノイはKGBが彼を拉致しようとしていると主張

し、ボディガードをつけさせた。ペトロシアンのほうでは、この裏切り者はセカンドとテレパシーで

通信すると非難し、超感覚的な通信を阻止するために、彼の妻モナを広間のなかに配置させた。

もっと実際的ではあるが、また妄想と言えるのは、コルチノイはペトロシアンを、補聴器ではなくて

モスクワに直通している通信機を耳につけていると非難した。この喧嘩でエネルギーを失い、チェス

そのものに注ぐエネルギーは残っていなかった。しかしそれでもコルチノイは勝って、別のソ連人で

世界チャンピオン・マッチから彼を追放する嘆願書に署名した1人、ポルガエフスキーと対戦する

資格を得た。飽くことのない復讐の意欲に駆り立てられて、コルチノイは問題なく勝つと宣言し、6対

2で敵を下した。反逆者を妨げるのは調子を崩しているスパスキーの役ではなかった。バギオ・シテ

ィでコルチノイは世界チャンピオンのアナトリー・カルポフとまみえるのである。



1978年7月、フィリピンのバギオ・シティ、2組の代表団、つまり1つは大勢のプロからなるソ連代表

団、もう1つは反逆者でボクサーに似つかわしいような体格のコルチノイただひとり、バギオはモン

スーンがあるにもかかわらずマックス・エイベによって選ばれた。バギオではテーブルの上に国旗

を立てず、対戦の前に握手することで合意した。



熱帯的な環境と緊張が両陣営を急速に妄想に陥らせた。超心理学のドクター、呪いと暗号の入っ 

たヨーグルト、各階にマイクロフォンが隠されている、マニラのモンスーン、ターバンを巻いて蓮の

上にはヨガ行者がいる、反射する眼鏡、というような荒唐無稽さと湿気の多い環境のなかでコルチ

ノイは、5-2から5-5と電撃的なカムバックをする。センセーショナルなエピソードはつきない。



10月の終わり、カルポフは強靭な神経のおかげで、6-5で勝利を得た。コルチノイは「世界チャン 

ピオンでなかった史上最強のプレーヤー」というタイトルを得た。カルポフはチャンピオンとしてとど

まった。彼はブレジネフ時代の政治局のメンバーとなり、チェス界に君臨した。誰も対抗することは

できないように見えた。1981年、メランでのバギオのリターンマッチはこの状況を追認した。しかし

カルポフの脇に脅威となる影が育っていた。この影は18歳のガルリー・カスパロフだった。




 






コルチノイの名局


A Khavsky vs Viktor Korchnoi
Leningrad (1950) · Sicilian Defense: McDonnell Attack (B21) · 0-1

When the warlord was young | Chess News

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Viktor Korchnoi vs Mikhail Tal
"King of Sorrow" (game of the day May-08-11)
USSR Championship (1962) · Benoni Defense: Fianchetto Variation (A62) · 1-0




この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。




「コルチノイの名局のひとつ。彼の対戦相手の好みのディフェンスを弱体化させる腕は、

真の達人のしるしだ。」


「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用



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Viktor Korchnoi vs Mijo Udovcic
"A Wrench in the French" (game of the day Jun-07-16)
Leningrad (1967) · French Defense: Tarrasch. Closed Variation (C05) · 1-0


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Viktor Korchnoi vs Yuri Balashov
Moscow (1971) · King's Indian Defense: Saemisch Variation (E80) · 1-0


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Anatoly Karpov vs Viktor Korchnoi
"History Written by the Viktor" (game of the day Sep-13-11)
Dortmund, Cat.16 1994 ·
Queen's Indian Defense: Kasparov-Petrosian Variation. Main Line (E12) · 0-1


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Yuri Averbakh vs Viktor Korchnoi
Yerevan (1965) · Indian Game: Przepiorka Variation (A49) · 0-1

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1978年、チェス世界選手権 カルポフ 対 コルチノイ 全棋譜
Karpov vs Korchnoi, 1978

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コルチノイの名局集



コルチノイが白番の試合


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コルチノイが黒番の試合


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Chessgames.com


コルチノイの全棋譜


 


以下、「決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣」

ガルリ・カスパロフ著 近藤隆文訳 NHK出版 より引用



王座を目指した者たち

30年にわたって第一線で活躍するプレーヤーでも、世界チャンピオンにはなれないものだろう

か? “ヴィクトール雷帝”はまさに挑戦の人生をおくってきた。レニングラード包囲網を生き抜

き、ソ連当局との闘争の末に1976年に亡命、いまなお年齢に闘いを挑み、75歳の現在もプロ

棋士として高いレベルでチェスを指している。



ここに列挙したうちの数名とは異なり、コルチノイにはチャンスがあった。1974年、78年、81年と、

連続3回世界チャンピオン戦でアナトリー・カルポフと対戦(最初の1回は、ボビー・フィッシャー

カルポフとのタイトル戦を断ったため、事後に事実上の世界チャンピオン戦となっている)。1978

年の試合は1局差で敗れた。この対戦は盤外における極度の緊張関係と数々の挑発行為でも

特筆される。ソ連側は“憎き亡命者”にタイトルを奪われまいと手を尽くし、コルチノイも挑発をや

めようとはしなかった。



数十年にわたる傑出した実績から、コルチノイは世界チャンピオンのタイトルを保持しなかった

最大の名手という称号を得ている。的確な言葉であるかはともかく、彼が不運だったのは間違い

ない。ピークを迎えると同時に、新星アナトリー・カルポフが舞台中央に躍り出たからである。








「研究はしない。創造するのだ」・・・コルチノイ







ほかのプレーヤーたちも、それぞれ自分なりの手法をもっている。驚異のヴィクトール・コルチノイ

は70代になっても高いレベルのチェスをプレーしており、いまなお競争心を燃やしつづけている。

“ヴィクトール雷帝”は盤の内外で波瀾万丈の人生をおくり、ソ連当局と長年にわたる闘いののち

1976年に亡命した。まず、オランダへ、つづいて現在の母国であるスイスへと西側に逃れてから

は、以前に増してソ連当局の悩みの種となる。ソ連の検閲がこの亡命者の名前をニュースから

排除しておくことは困難だった。数々のトーナメントで優勝し、ソ連のトッププレーヤーをも打ち負か

していたからだ。コルチノイは世界チャンピオンの座をかけ、はるかに年下のカルポフと3度戦い、

そのたびに敗れるが、“世界チャンピオンになれなかった最強のプレーヤー”というほろ苦い称号

を手に入れた。コルチノイが競技会に参加しつづけることで、ある種の雪辱を果しているのに対し、

20歳も若いカルポフは苛烈なトーナメントでの戦いから引退したに等しい。私は41歳で引退したが、

その年齢のコルチノイは、まだピークに達していなかったのである。



その見事な経歴にもかかわらず、いまだにコルチノイは、まだほかに証明するものがあるといいた

げなプレーをしてみせる。年齢に挑むだけでは飽き足らず、試合会場に現れて駒を動かすだけで

は満足しない。コルチノイは嬉々として半世紀も年下のプレーヤーたちに、まだ彼から学ぶことが

あると示すのだ。2004年のあるトーナメントでは、ノルウェーの神童グランドマスター・マグヌス・

カールセン
を破っている。73歳の、14歳に対する勝利だった。



ほかの者なら栄光の日々と思うような過去を振り返ろうとせず、コルチノイは意欲を持続させてき

た。いまだチェスというゲームに、そしてベストを尽くすだけではなく相手を打ち負かしたいという心

からの願いに突き動かされる。



Viktor Korchnoi vs Magnus Carlsen
"Father Time and Baby New Year" (game of the day Jan-01-07)
Drammen International Chess Festival (2004) ·
Tarrasch Defense: Prague Variation. Main Line (D34) · 1-0

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Файл:Max Euwe Viktor Kortchnoi 1978.jpg — Википедия

エイベとコルチノイ 1978年


Viktor Lvovich Korchnoi – The Indomitable Lion | Kenya Chess Masala


File:Viktor Kortschnoi, 2009 in Zurich.jpg - Wikipedia, the free encyclopedia

2009年



2016年6月7日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





コルチノイ出演の牛乳のCM



コルチノイは旧ソ連出身のチェス棋士でしたが、ソルジェニーツィン、あるいはノーベル平和賞を取った物理学者の

サハロフと同じように旧ソ連に反逆し、1974年に奥さんと一緒にオランダ(後にスイス)に亡命します。



1974年というと、世界中を沸かせたフィッシャースパスキーの世紀の一戦の2年後で、1978年には挑戦者として、

旧ソ連の王者カルポフと世界選手権を争いますが、僅差で敗れてしまいます。



昨日、「ソ連のフィッシャー」と呼ばれたコルチノイは85歳で亡くなりましたが、70歳過ぎてまで闘志むき出しの対局

姿勢に世界のファンは魅了されたのではと思います。



偉大な芸術家に共通する老いることのない情熱。



激動の時代の生き証人だった人ですが、このようなおどけた姿でCMに出ていたんですね。









麗しき女性チェス棋士の肖像

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