Makoyepuk ("Wolf-child") (Blood)

Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)


魅せられたもの

1999.1.30










この世界は、遥か太古から刻まれてきた人類の歴史の中に立つ、多くの無名戦士

たちの魂によって支えられてきた。この無名戦士たちの多くは、その名前さえ人び

との記憶の中に留まることはない。しかし、その魂は風のようにこの地球に生きる

多くの生命をあるべき道へといざなってきた。自らの欲望や快適さと引き換えに自

らの根を大地から引き抜き、その魂を売り渡すことなく次の世代に生きる生命を

守るために自らの欲望と闘ってきた人びと。彼らの魂は遥か遠い祖先の魂と共に

生き続けている。彼らの祖先が命をかけて守り続けた生き方。大地に根をおろし

感謝と祈りと喜びにあふれた世界。その世界に吹いていた風は心の自由と慈愛

を携えていた。そしてそれぞれの時代において、この世界を受け継いだ感謝の

想いと、次の世代に引き継がねばならない責任を感じていた。この先住民と呼ば

れる人びとの無名戦士たちの魂は、太古から未来へと続く時空の聖なる輪のよう

に廻りつづけてきた。しかし、現代文明に生きる私たちにとって、この先住民族の

聖なる輪は駆逐しなければならないものだった。自らの欲望や快適さのために他

の多くの生命の犠牲を求めつづけた。自らの欲望と闘うのではなく、自らの欲望の

ために他の生命や大地と闘い奪ってきたのである。この今の私が住んでいるこの

家の木は何処から来たのだろう。この私が日々使っている物は何処から掘られた

ものだろう。それらのものの多くが彼ら無名の戦士たちが命をかけて守ろうとした

大地からのものかもしれない。実際に私たち日本人が使っている木材の80%が

外国から、それも熱帯雨林といわれる森から持ち込まれている。それはこの森に

生きる人びとの生活の場のみならずその生命を奪っていること(サラワクを参照

を意味している。直接には手を出さずとも、私たち文明人は先住民族の土地と

そこに生きる生命を今も奪いつづけている。細分化された産業構造の中にあっ

て、私たちが何かを手にすることにより、何が消え何が奪われてしまったかを肌を

通して実感することが出来なくなっている。まるでこれらのものが私たちの世界と

は異次元の空間からもたらされたものという傲慢な幻想の上に、大量生産・大量

消費の文明が成立してきた。この無関心が持つ残虐性が世界中に悲劇を産み

つづけてきた。大地との絆、根っこを完全に葬り去ることによって築き上げられた

この文明。そこには先住民への虐殺や略奪、そしてその後の自己基盤の喪失に

よる高い自殺率、アルコール中毒、貧困が残された。私たちはこれらの重い現実

をどのように受け止めればいいのだろう。数少ないがこの無関心を装ってきた中

に潜む残虐性を感じとった人びとがいた、ヴェイユしかり、賢治しかり、フランシスコ

しかり、先住民族しかり。これらの偉大な魂は無関心に潜む残虐性と戦い続けた。

このはっきりと断罪することの出来ない魔物。この魔物の正体を見つめる無しに、

真の自由や慈愛など存在しない。その意味で私も彼ら先住民族の無名の戦士

の魂を、自らの欲望や快適さと引き換えに売り飛ばしてきた醜い人間のひとり

かもしれない。地球上に生きる多くの生命の輝きや大地を奪ってでも手に入れ

なければならないものとは一体何だろう。そのような文明を私たちは目指そうと

しているのか。それが私たちの歩くべき道なのだろうか。この残虐な行為の上

に築かれた文明が、新たな残虐性を自らの胎内から産み出し、自滅への階段

を駆け降りていくのは必然の道なのかも知れない。私たちの文明がアメリカに

象徴される弱肉強食の社会に向かうのか、それとも憎悪から生まれた共産主義

ではなく、互いに与え合う社会を目指してゆくのだろうか。無名の戦士たちが守り

続けてきた道に咲く、自由と慈愛の花たちを踏み荒してきた私たち文明人。この

自らの残虐性に気づくことなしに、未来は見えないし未来への子孫への責任を

全うできるはずもないだろう。この拙いホームページで紹介させていただいた

インディアンや世界各地の先住民族の声が皆様の魂に、そしてこの私にも根を

おろすことを願ってやみません。そしてこの未来を守ってきた無名の戦士の魂

が、希望を再び私たちに取り戻してくれることを。

(K.K)


 
 


Portrait of James Holy Eagle, Oglala Sioux,at age 102 (1992)
「THE NATIVE AMERICANS」CD-ROM の画像から



私たちの生き方では、政治の決め事は、いつも七世代先の人々のことを念頭に

おきながら行われる。これからやってくる人々、まだ生まれていない世代の人々

が、私たちよりも悪い世界で暮らしたりすることのないように、できればもっと良

い世界に生まれてこられるように心を配るのが、私たちの仕事なのだ。私たち

が母なる大地の上を歩くときに、いつも慎重に一歩一歩進むのは、これから生

まれてくる世代の人々が、地面の下から私たちのことを見上げているからだ。

私たちはそのことを、片時たりとも忘れない


オレン・ライオンズ(オノンダーガ族)

「ネイティブ・アメリカン 叡智の守りびと」

スティーブ・ウォール+ハービー・アーデン著 船木アデルみさ訳 築地書館より引用







われわれは立ち上がり、若者たちを守るために今ここで戦っている。

これから生まれてくる彼らの子供たちが、私たちの祖父母が知って

いた自由を同じように享受できるように


リギナ・ブレーブ(インディアン)

「図説 世界の先住民族」 ジュリアン・バージャー著 明石書店より引用







最初はゴムの木を守るために戦っていると思っていた。それから、

アマゾンの熱帯雨林を守るために戦っているのだと思った。そして

今、私は人類のために戦っていることに気づいたのである。


チコ・メンデス

「図説 世界の先住民族」 ジュリアン・バージャー著 明石書店より引用







自分自身のことでも、自分の世代のことでもなく、来るべき世代の、私たちの

孫や、まだ生まれてもいない大地からやってくる新しい生命に思いを馳せる。


アメリカ先住民(インディアン)の古老の言葉

「森と氷河と鯨」 星野道夫著 世界文化社より引用







われわれが良い道を保持するために何もしなかったことがわかれば、

未来の世代が、われわれの横面を叩き、家の外に引きずりだすとも

いわれている。この手の受難は身から出た錆である。おのれの霊的

存在に平和を欠いていれば、それが革命の引き金になるであろう。

「ホピの預言」


「ホピ 神との契約」 この惑星を救うテククワ・イカチという生き方

トーマス・E・マイルス+ホピ最長老 ダン・エヴェヘマ著より引用







あなたがもしものごとを輪として、循環として見るなら、そしてご自分の子どもたちの 

ことを心配しているなら、それがすなわち、あなたが常識にもとづいて行動し始めた

ということである。おそらく何千年もの間試行錯誤をくり返した結果、あなたはどうす

るのが正しいかを学ぶ。先住民族のある長老の言葉を借りる。あなたは未来の七

世代に思いを馳せることを通じて、生きる方法を学ぶのである。あなたは個人とし

て、また民族や国民のひとりとして、自分にこう問いかける。自分のとる行動がこれ

から生まれ育つ七世代にどんな影響を与えるかって? そんなことがありうるのか、

考えられるのだろうか、と。四年ごとに選ばれる大統領とか、毎年の国家予算など、

地球や人間の健康という問題から見れば、意味のない人工的な代物などのことは

あなたは考えないはずである。あなたはこう問うのではないか。もしこの木を切って

しまって鳥が巣を作れなくなるとすれば、いったいどうしたらよいのだろうか、と。

もし自分が子鹿を育てている雌鹿を殺したら、けものたちが新しい世代を世に送り

だせなくなったとしたら、いったいどうなるのか。もし自分がこの川の流れを変えた

り、ダムを作ったりしたら、魚やけものや木は水を奪われてしまうが、そうしたらど

うなるのか。もし自分がけものたち全部を獲物袋に入れてしまったら、いったい何

がおこるのだろうか。季節の循環が何度かくり返されたあとで、あなたは教訓物語

の形で、まちがった行動がとられたら何がおこるかを説明する。あなたが思いだし

たように、あなたの孫も物語を思いだすだろう。いまでも北アメリカの先住民族は

こうした教訓物語を何千も語り継いでいる。全世界がこれらの物語に耳を傾ける

ときが来たのだ。ものごとすべてを輪として見よう。輪は生きる方法のことである。

つねに未来の七世代のことを考えて生きることである。たえずこう問いつづけるこ

とである。自分の行動は自分の子どもの子ども、そのまた子どもにどんな影響を

及ぼすのか。これは、私が何度もくり返し聞かされた教えである。私はこの教えを

あなたに伝える。私が「受けついだ血」にはヨーロッパ人の血も混じっている。だ

が、私が受けた教えのうちで最も良き教え、最も学ぶこと多かった教えは、この

先住民族の土地から生まれた教えである。私のように卑しく哀れな人間でも、古代

から受けつがれてきた教えから学ぶことはできるし、他の人たちの生命や生活に

触れるようなことを話せるのだから、どんな人間も、先住・非先住の区別なく、耳を

傾け、学ぶことができるはずだ。そう信じているから、私は地球に生きるすべての

人びとのために、こうしてあなたといっしょに、古代からの教えを分かちあっている

のである。


ジョセフ・ブルチャック(インディアン・アベナキ族)の言葉

「先住民族 - 地球環境の危機を語る」

インター・プレス・サービス編 清水和久訳 明石書店 より引用







私たちや、私たちを取り巻く環境は皆、自然の一部である。

すべてが命のつながりの中で生きていて、互いが互いを必要としている。

環境を大事にすることは、自分自身を大事にすることなのだ。


鷲やビーバーは、幾千年間同じ形で生をつないでいる。

 七世代先の人々のことを考え、自分たちが受け継いだ生き方を子供たちに伝えよう。 


滝の音や燃える火に心を傾けること。

幼い子供に話しかけること。

草木の生命に思いを馳せること。


それらは偉大な精霊と交わることである。


私たちを含めて、すべてが地球の住人なのだ。

空気、太陽、火、水、土 ------- すべては所有することができない。


偉大な精霊を、どうやって所有できるというのだろう。


火は、私たちが生きていくうえで欠かせないものである。

火は暖かさを与えてくれるだけでなく、生きる指針も与えてくれる。

火と対話しよう。


水や雨を大切にしよう。

水は私たちの考えを浄化してくれる。

雨は空気を浄化して、地の渇きをいやしてくれる。

私たちは水や雨なしでは生きられない。


地球にあるものは皆、それぞれ存在する意味と役割をもつ。

自然の音に耳を澄ませば、自然は私たちに色々なことを教えてくれる。


鳥の鳴き声に耳を澄ませば、自分の心がわかってくる。

魚の泳ぎに目を向ければ、自分自身の答えが見つかる。


花には生命を絶やさないようにするという役割がある。

花の美しさや色にもそれぞれの役割がある。


目標に向かう私たちに力を与えてくれ、未来への夢を広げてくれるのである。


目がないから見えないとは限らない。

耳がないから聞こえないとは限らない。

鳥、魚、花、木、すべてが私たちの話を聞いている。

彼らに向かって心を込めて話すこと。


寒い冬の日に、木々が話をするのが聞こえてくる。

私たちや、私たちの未来について話している。

いつでも木々を敬うこと。


木の枝がなければ花は咲かない。

木があってこそ森になり、その美しさも生まれるのだ。

なぜ木を倒したり、森を破壊したりするのだろう。


木は私たちに生命の息吹を与えてくれる。


鷲、鹿、ビーバー、すべてが自分たちの流儀で生きている。

それぞれがビジョンを持っている。

肝心なのは、他人をまねることなく自分自身のビジョンを持つことだ。


夢は私たちにストーリーを語り、ビジョンの源を与えてくれる。

私たちが得たビジョンは、また他の人の夢となる。

人々に良い夢を見せてあげることだ。


ひとりひとりの画家は夢をもっている。

一枚の絵には、何かが隠されている。

画家の語りかけに耳を傾け、自分たちと結びつきのある話を聞こう。


太鼓の音や人々の歌は、私たちの心臓の音だ。

私たちの心臓の音は、いつでも宇宙の鼓動を映している。

歌を歌いたくなくなったり、太鼓を打ちたくなくなれば、

誰も私たちの鼓動に耳を澄まさなくなるだろう。


知恵の種は、私たちの中心にある。

自分自身の中心に、汚れのない思考とよい水を与えること。

そうすれば、閉じた中心が開いてきて、知恵の実を結ぶことだろう。


私たちの未来は過去にある。

時は流れているのだから。


日々くりかえす行いこそが生活であり、文化を伝えることである。

年長者から知恵を学ばなければならない。

そして、それを実行しなければならない。


一日一日を生きていくことが、生きる目的なのだ。

日が暮れてしまったら生きる目的を失う、というわけではない。


年を重ねてから、幼いころのことや仲間のことを思い返す。

眼にも胸にも涙が浮かんでくる。


そんな時、人は幸せを感じ、その尊さを知る。



デニス・バンクスの言葉

「風の知恵」 黒田征太郎/デニスバンクス著 毎日新聞社より引用







「この道の本質をはっきり心にとどめよう。子供たちの子供たちの子供たちが、

われらの歩み方からも語り方からもそれを見逃すことのないように。われらが、

これほど苦心して互いから学び合ったものを、彼らにも学んでもらおうではない

か」 これを聞いていたのは<知恵の娘>。そしてものごとの機敏さにさとい者

たちは、彼女のほほ笑みを見て、その意味を理解した。その日からというもの、

子供たちの子供たちの子供たちが、これらの大いなる教訓を学び損ねたため

しはない。学び方に遅い速いのちがいはあっても、この方法はしっかりと守ら

れてきた。たったいま、あなたが私から学んだように。あなたが私からこれらの

言葉を聞いているように、あなたの子供たちの子供たちにも、あなたからこれら

の言葉を聞かせるがよい。大地が揺らぎ、空から石が降り、海が山と出会って

も。これまで見たこともない、そうしたできごとが起こっても。なお、子供たちの

子供たちの子供たちは、火より明るい炎をたずさえ、いかなる状況より確かな

理解をたずさえていることだろう。そんなときすら、彼らは一つの生から別な生

に歩み渡る術を知っているはず。彼らの中には、ありえないような変化を乗り

越える、長い綱の橋をかける力が潜んでいるはずだ。過去を未来に結びつ

けるもの。一族の存続を保証するもの。 さあれかし。


「一万年の旅路」 ネイティブ・アメリカンの口承史

ポーラ・アンダーウッド著 星川淳訳 翔泳社 より引用



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