Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)


アメリカ・インディアンの言葉(第三集)



AllPosters


「木に話しかけて」メアリー・ヤングブラッド(アリュート族、セミノール族) 
「なぜ白人の宗教だけが真実か」レッド・ジャケット(イロコイ族首長)1805年 
美しい人生を(ベア・ハート ムスコギ・クリーク族 メディスン・マン)
ホピ伝統派が国連総会に向けて読み上げられた祈り
インディアンの思い出 タフカ・ウシュテの言葉
大地の未来のために ラッセル・ミーンズの言葉
バッファローを糧とする暮らしが終わりを告げて プリティ シールド
ホピの少女ナタリー(10歳)の言葉 1975年
ウィントゥ一族の女性の言葉 19世紀
離婚の歌 ツムシアン
弓の神官(サヤタカ) ズニ
ツオタイ・タリーの喜びの歌 N・スコット・ママデー 作 
ラコタ族の創世神話








「木に話しかけて」メアリー・ヤングブラッド(アリュート族、セミノール族)


    わたしはチュガチ・アリュートとセミノールの血を引いていますが、赤ん坊の頃に、インディアン    

ではない両親に養女として引き取られました。両親はわたしにすばらしい家庭を与えてくれま

したが、インディアンが白人社会に溶けこむのは容易ではありませんでした。アリゾナでの小

学校四・五年のとき、わたしはクラスの子どもたちからたたかれたり、髪を引っぱられたり、胸

をつねられたりしました。まあ、子ども特有の残酷さとでも言いましょうか。そんな子どもたち

から逃げ出しては木の茂みに身を隠し、暗くなってから家に戻ったものです。わたしは自分が

インディアンであることがうらめしくてたまりませんでした。お風呂に入って、石鹸で茶色い肌の

色を洗い流せたらどんなにいいだろうと思いました。カリフォルニアに引越したとき、わたしは

生涯で最高の友に出会いました。それは、家の近くの自然保護地域に立っていた巨大な樫

の木です。その木はわたしの避難場所となり、また力にもなってくれました。わたしは毎日そ

の木に登って、何時間も白昼夢を見て過ごしました。彼女にブランディという名をつけ、紙と

鉛筆をもってあがっては、枝の上で絵や文章を書きました。わたしのこの木に対する思いに

は格別のものがありました。おまえは絶対にわたしを落としたりしないわよね、たとえわたし

が落ちても、必ず途中でつかまえてくれるわよね。わたしはよく、そんなことを話しかけたも

のです。辛かったティーンエイジャー時代も、ブランディに悲しみを打ち明けては、しっかりと

抱きしめ、抱きしめられて過ごしました。ブランディは、たとえ高校の卒業ダンスパーティに、

茶色い肌をした女の子を誘ってくれる男子生徒などひとりもいなくても、悩むことはないと教

えてくれました。こうしてわたしはその木と、深い精神的つながりを築きあげたのです。そん

なある日、ブランディと一体になる必要に迫られて木のところまで行くと、赤いアリが木全体

を覆っていました。わたしはアリが怖くてたまりません。そこで必死に考えた末、わたしは木

に、アリを追い払ってくれるようたのむことにしました。するとどうでしょう。アリはほんとうに

いなくなったのです。みなさんは驚くかもしれませんが、わたしは驚きませんでした。それ

からというもの、わたしがブランディを必要としているとき、アリはいつも姿を消しました。

友人や家族の中には、わたしの頭がおかしいと思う人もいました。そして、自分がほかの

人たちと違うと知ったのもこの頃です。初めて自分をインディアンだと感じたのです。イン

ディアンだからこそ、ブランディとの特別な関係を打ち立てることができたのだと。人と違う

というのはある意味で、気分のいいことでもあります。たとえ白人の世界で育てられても、

わたしはやはりインディアンだったのです。そしてインディアンであるということは、なんと

すばらしいことでしょう! 生まれて初めてわたしは、自分がインディアンであることを誇り

に思いました。これを機に、人生もまた変わりました。わたしはクラシックフルートを学び

はじめ、今ではインディアンフルートを演奏しています。わたしのフルートは、手作りで、

木製です。その木製のフルートに指が触れるとき、わたしはそこにあのブランディlを感じ

るのです。


「風のささやきを聴け」より引用








「なぜ白人の宗教だけが真実か」レッド・ジャケット(イロコイ族首長)1805年



1805年ニューヨーク州バッファローでの会合で、そこに集まったイロコイ族

インディアンたちにむかって一人の白人伝道師が演説をしたそのあと、イロ

コイ族の首長レッド・ジャケットが白人にむかっておこなったスピーチである。

「白い征服者との闘い」より引用


    わが友にして兄弟よ、われわれが今日ここに集まり顔を合わせることは、偉大な精霊の    

御意志であった。精霊はすべてを命じたまう、そして今日はわれわれのこの会議に好天

をめぐみたもうた。精霊は、太陽の前からご自分の衣服を脇へのけて、陽光が直接われ

われのうえに輝くようにしてくださったのだ。われわれの眼は開かれ、したがってわれわ

れはいまはっきり見ている。われわれの耳は栓をはずされ、したがって、あなたがしゃ

べった言葉をはっきり聞くことができた。これらのすべての御恵みにたいし、われわれ

は偉大な精霊に、そして精霊だけに、感謝をささげる・・・・。兄弟よ、われわれの言うこ

とを聞いてほしい。かつて、われわれの祖先がこの広大な土地を所有していた時代が

あった。彼らのいる場所はこの大陸の日の出る所から日の没するところまで広がって

いた。偉大な精霊がこの大陸をインディアンのために創りたもうたからだ。精霊は野牛

や鹿やその他の動物たちをインディアンの食料として創りたもうていた。精霊は熊や海

狸(ビーバー)やその他さまざまの毛皮をインディアンの衣料として創りたもうていた。

精霊はそれらの動物たちを国中に散らばし、それらを捕える方法をわれわれに教えて

くださった。精霊はまたわれわれのパンとなるとうもろこしを大地に産み出させたもう

た。これらすべてのことを、精霊は彼の赤い肌をした子どもたち、すなわちインディアン

のためになさってくれた。それは精霊がインディアンを愛していてくださったからである。

そして、たとえわれわれインディアンのあいだに狩猟地をめぐって争いが起こったとし

ても、たいていのばあいは血を流すことなく解決されていた。しかし、忌わしい日がわれ

われにやってきたのである。あなたがた白人の先祖が大きな海をこえてやってきてこの

大陸に上陸したのだ。はじめ、それらの白人の数は少なかった。彼らはこの大陸に敵

ではなく友人を見出した。彼ら白人はわれわれインディアンに語った。彼らが自分の国

の悪い男たちを怖れて逃げてきたということを、彼らの好きな宗教を守るためにこの

大陸へやってきたのであるということを。彼らはこの大陸に小さな座り場所を欲しがっ

た。われわれは彼らを憐れに思い、彼らのねがいを認めてやった。彼らはわれわれ

のあいだに座った。われわれは彼らにとうもろこしや肉をあたえた。彼らはそのお返

しにわれわれに毒をくれたのだ。白人たちは次第にわれわれの国の全部のことが

わかるようになった。数多い便りが彼らの本国へ送りとどけられ、次第にたくさんの

白人たちがわれわれのあいだにやってきた。しかし、われわれはまだ彼らを怖れな

かった。われわれは彼らを友人と見なしたからである。彼らもわれわれを兄弟と呼

び、われわれは彼らを信じて彼らにもっと大きな座り場所をあたえた。彼らの数は

なおも大きく増加し、彼らはもっと多くの土地を欲しがり、しまいにはわれわれの国

全体を欲しがった。われわれの眼はようやく開かれ、われわれの心は不安になっ

た。戦争が幾つも起こった。インディアンがインディアンと戦うために傭われもした。

そして多数のインディアンが殺された。白人たちはまた、われわれのあいだに強い

酒を持ちこんできた。兄弟よ、かつての日、われわれの座り場所は大きく、あなたが

たの場所は非常に小さかった。あなたがたはいまや大きな国民となり、そしてもは

やわれわれには毛布を広げるほどの土地も残されていない。あなたがたはわれわ

れの土地を手に入れた。あなたがたはそれでもなお満足せず、いまやわれわれの

うえにあなたがたの宗教を強制しようと思っている。兄弟よ、ひきつづいて聞いてほ

しい。あなたは言う、あなたがここに送られてきたのは、偉大な精霊の御心に叶う

ような崇拝の方法をわれわれに教えるためである、と。そしてまた、あなたは言う、

もしわれわれがあなたがた白人の教える宗教を身につけないとすれば、われわれ

が今後ますます不幸になるであろう、と。あなたが正しく、われわれがまちがってい

るのである、と。だが、どうしてそれが真実であるというのか? われわれはあなた

がたの宗教が書物にまとめられていることを知っている。もしその書物が、あなた

がたのためであると同様にわれわれのためのものでもあるのなら、なぜ偉大な精

霊はそれをわれわれにあたえてくれなかったのだろうか? われわれにだけでは

なく、われわれの先祖にも、なぜ精霊は、その宗教を正しく理解する手段として、

そのような書物のあることを教えてくれなかったのだろうか? われわれは、あなた

がたがわれわれに話して聞かせてくれることだけしか知らない。いままで幾度も幾度

もあなたがた白人にだまされつづけてきたわれわれに、いったいどうして信ずるとい

うことができるだろうか? 兄弟よ、あなたは、偉大な精霊を崇拝し奉仕する道はた

だ一つしかない、と言う。もし一つしかないというのなら、あなたがた白人のあいだで

そのことについての意見がそれほどまちまちなのはなぜだろうか? なぜ、すべての

人びとが、みんながその書物を読むことができるのと同じように、同意していないの

か? 兄弟よ、偉大な精霊がわれわれのすべてを創りたもうた。しかし、精霊は白

人とインディアンとのあいだに大きな差をつくりたもうたのだ。精霊はわれわれイン

ディアンには別の肌の色と別の習慣をくださったのだ。精霊はあなたがたにはさま

ざまな技術をくださったが、それらの技術にたいしては精霊はわれわれの眼を開

いてくださってはいない。われわれはこういうことが真実であることを知っている。

精霊がこのようないろいろ白人とわれわれとのあいだに大きな差をお創りになっ

たのであるとすれば、宗教についてもそれぞれわれわれの理解のしかたに合っ

た異なる宗教をくださったのだと結論してさしつかえないのではあるまいか。偉大

な精霊のなさることは正しい。精霊は何が彼の子たちにとって最良であるかをちゃ

んと知っていなさる。われわれはこの現状に満足している。兄弟よ、これがあなた

のお話にたいするわれわれの答である。いま互に別れを告げようとするときにあ

たり、われわれはあなたの手を取り、偉大な精霊が旅にあるあなたを守りたまい、

あなたの友人たちの待っているところへあなたを無事に送りとどけられるよう、祈る

ものである。









 美しい人生を(ベア・ハート ムスコギ・クリーク族 メディスン・マン) 



    私が生後三日目のときのこと、母はわたしを家の近くの丘の上に連れていき、母なる自然    

に紹介してくれた。まず四つの方角 ---- 東、南、西、北。「この子に特別な祝福をお願い

します。あなたがたは、わたしたちの暮らしをとりまき、わたしたちを生かしてくれていま

す。どうかこの子を守り、調和のとれた人生を送ることができますようお導きください」 そ

れから母は、わたしの小さな足を大地につけた。「母なる大地よ、いずれこの子も、あな

たの上で歩き、遊び、走り回るようになります。わたしは、この子があなたに敬意を抱くよ

うに育てていきます。どうかこの子を支え、お守りください」 それから太陽に紹介された。

「父なる太陽よ、成長していくこの子に光を注いでください。この子のからだのすべての

部分が、肉体的のみならず精神的にもそこやかに育ちますように。どうか、あなたのあ

たたかで愛情に満ちた力で、この子を包み込んでください。もちろん人生には曇りの日

もあるでしょうが、そんなときでもあなたが輝き続けていることはわかっています。どうか

この子を照らし、お守りくださいますよう」 母はわたしを抱き上げ風にあててから、話し

出した。「どうかこの子をお見知りおきください。風は強く吹くときもあれば、やさしいとき

もありますが、この子が常にその存在の意義を理解しながら成長することができますよ

うに」 次に水に紹介された。「水よ、わたしたちはあなたなしでは生きることができませ

ん。水は命の源です。どうかこの子が、渇きを味わうことがありませんように」 それか

ら母は、わたしの額に灰をのせて言った。「火よ、この子の人生の障害となるものを焼

き払ってください。この子が、あらゆる命を愛し敬うことを学んでいく途上でつまずくこと

がありませんように」 夜になると、満月と星に紹介された。すべての自然が、わたし

の成長を見守ってくれた。わたしは母なる大地が与えてくれた星のじゅうたんの上を走

り回って成長した。わたしが吸い込む空気は、命を保ち、吐き出すときには、からだじ

ゅうのすべての毒素をとり去ってくれた。わたしは成長するにつれ、自然とのつながり

を意識するようになった。それは、わたしの部族が自然と深く関わっているせいだろ

う。わが部族の民の大半が、いともたやすく周囲の環境になじむことができたのもそ

のためであろう。わたしはずっと昔に、自分のまわりに多くの生命が息づいているこ

とを知った ---- 水の中に、土の中に、植物の中に。子供たちは幼い頃に自然に

紹介されるために、成長していく過程で、自然を見下したり、見上げすぎたりという

ことがなくなる。我々は自分が自然の一部であり、ほかの生物と同等であることを感

じ、草の葉一枚、木の葉一枚にいたるまで大切にしてきたのである。



「母なる風の教え」より引用








   ホピ伝統派が国連総会に向けて読み上げられた祈り   



創造主、大霊、すべての見えざるものたちよ、どうかお導きください。

私たちと同胞とが平和な生き方に頼れるよう、どうかお助けください。

人類の虚偽は留まるところを知りません。

みなが憎しみ合うのではなく、愛するようにお助けください。

あなた様が愛と平和の御姿で見られますよう。

私どもが虹色の美しさの中で見られますよう。

私たちは心を込めて世話をし、母なる大地と作物を大切にしています。

母の乳房から栄養を受けるからです。

二心、心の破壊者、憎む者たち、自分本意な指導者の声に、私たちが耳を傾けませんように。

彼らの権力と富への欲望は、混乱と暗闇に私たちを引き入れます。

暴力ではなく、戦場ではなく、美しい世界をどうかいつも描いてください。

私たちのつとめは、大地がふたたび花開かせるため、人と大地が調和するように祈ること。

どうか、すべてのいのちと大地に私たちの愛と善意の紋章を見せてください。

ガラスの家のためにお祈りください。そこにも氷と渓流のように澄んだ心の人々がいます。

   静かな方法で大地に釣り合いを保たせる助けをする、雲母の家にいる国々の指導者のためにお祈りください。   

いつの日にか、母なる大地が、健康な、平和に満ちた大地に清められますよう、大霊にお祈りいたします。

人類の幸せのために、すべての国々とともに、力と知恵を求めて歌います。

希望は失われていません。

母なる大地の健康を取り戻し、永続する平和と幸せのために、清めが起こらなければならないのです。

テククワ・イカチ。



「ホピ 神との契約」 この惑星を救うテククワ・イカチという生き方

トーマス・E・マイルス+ホピ最長老 ダン・エヴェヘマ著より引用

ホピ伝統派が国連総会に向けて読み上げられた祈り。ホピの預言にある

現代の第4の世界の終焉が災いに終わらず希望をもって次の世界に移行

できるようにとの願いが込められている。文中で「ガラスの家」「雲母の家」

とは国連ビルを指している。








   インディアンの思い出 タフカ・ウシュテの言葉   



   私はたくさんの草木を調べたが、一本の草の葉でも、一本の茎の葉でさえ   

一つとして同じものはなかった。地上にはきっかり同じかたちの葉は二つと

ない。「大いなる精霊」はそのようであることがお好きなのである。地上の

生物は大まかには一つのデザインに従ってつくることがお好みであって、

そのおかげがあるから、生命のとおる道筋を辿ることができるのである。

この道筋を辿ることによって、生物はどこに行くのか、どういう目標をめざ

すかを示すいっぽう、目標に至る経路のほうは自由に選べるようにしてあ

る。生物たちがその本性に従い、その持ち前の衝動に従って行動するこ

とを精霊は望んでおられる。


ワカン・タンカは、草木も鳥獣も、もっとも見栄えのしないネズミ、シラミの

たぐいに至るまで、そうあるべきように望みたもうているとすれば、まして、

人間が、同じ仕事をし、同じ時間に起き、同じ型の既製服を着て、同じ地下

鉄で移動し、同じ時計に眼をやり、そしてこれが最低のことだが、一日中

おおむね同じことを考えていなければならないのだろうか。


すべての生物はその存在理由を持っている。一匹のアリでさえその存在

理由があって、アリはアリなりの仕方でそれを知っている。まあ、脳を使っ

て知っているのではないかもしれないが。ただ人間だけがなぜ自分が存

在しているのかがわからなくなる地点まで達したのである。人間は、もは

やその脳を自分の役に立てておらず、自分の身体の、感覚の、夢の内密

の知を忘れている。人間は、精神が人間の中に蓄えておいた知識を活用

しておらず、そのことを意識さえしていない。人間は目をつぶったままで、

どこにも行き着かない道を前進している。広い砕石道を、技師たちが機械

で砕いてさらに滑らかにして、人間を飲み込もうと無の穴が待っている、

そのはてに向かって進んでいる。



「自然の言葉」紀伊国屋書店より引用








   大地の未来のために ラッセル・ミーンズの言葉   


   

    物理学と自然科学は世の中を数学の方程式に変えてしまった。このような方法は    

ずっと前から始まっている。デカルトは同様のことを文化についてやった。ジョン・

ロックは政治についてやり、アダム・スミスは経済について同じことをやった。これ

ら西欧の思想家たちは、皆人間存在の精神性の一端を取って、それをコード化

し抽象物に置き換えた。・・・・宇宙のすばらしい複雑さと精神性を消し去り、その

かわりに彼らは論理の配列をもってきた。一、二、三、はい答えです!というわけ

だ。この欧米的考え方によれば、・・・・メカニカル(機械的)なものこそ完全なも

のであり、たまたまその時使われている機械的作用にうまく合うものこそ正しい

もの、という考え方がまかり通り、どう見てもインチキなものも正しいとされてしま

う。西欧的な思考は、昨日「真理」だったものが今日否定されてしまう。西欧的

思考によって出てくる答えは、仮りのもの、当面の間に合わせにすぎない。・・・・

西欧人が、かつて宇宙を理解する方法としていた宗教的考え方をこのように地上

の考え方に変え、それを「唯物論」といういい方にした。西欧人には、これは革命

なことだと思えるかも知れないが、我々アメリカン・インディアンには、ここにはう

んざりするほどくり返されてきたビーイング(今ここに在ること)とゲイニング(より

多く、より先への前進)との争いしか見えない。・・・・ビーイングは精神的なことが

らであり、ゲイニングは物質的行為だ。昔からアメリカン・インディアンは、いつで

もできる限りよい人間であるようにつとめてきた。この精神的プロセス(方法・過

程)の一部として、富を手離すこと、ゲイニングを否定し、そのために持っている

良い物を手離すことが、昔も今も行われる。富はうらやましいどころかむしろその

反対なのだ。西欧にとっては、「体制がうまくいっている」こととは、体制によって

より多くの富が手に入ることなのだ。明らかに、ここには私たちとまったく相反する

ものの見方がある。・・・・この西欧的な見方はどういう結果をもたらすか。戦争を

見よう。唯物論メカニズムは敵をものとみなす。相手を人間ではなくものと見て、

殺そうとどうしようとかまわないとする考え方のプロセスである。・・・・この考え方

では、今度は地球を破壊することも立派な行為だとされるようになる。例えば、

不動産屋が砂利をとるために地面を破壊することを「開発」だと主張するのであろ

う。この考え方では、全宇宙を狂気のおもむくまま「開発」していくことになる。

・・・・現実から精神性が抜き去られると、山や湖、それに人々、それらのあるが

まま(ビーイング)を眺めて、その美しさすばらしさに打たれることがなくなってし

まう。満足とはより多くのものを手に入れることとなり、そのためには、山は砂利

になり、湖は工場用水になっていく。利潤こそ彼らの倫理なのであるから。

・・・・だからウラン開発もこの生産力発展の倫理の中に当然のように組みこま

れてくるのだ。ウラン開発のためには、そこに住む人々が、国家のための犠牲

として抹殺されることが正当化される思想がまかり通るのだ。アメリカン・インデ

ィアンには別の道がある。それは、人間には母なる大地をはずかしめる権利が

ないことをわきまえた生き方である。大地(自然)には、西欧的思考ではおよび

もつかないいろいろな力があることを知っているやり方だ。人間はあらゆる縁あ

るものと調和して生きなければならないこと、もしその調和が破られれば、遅か

れ早かれその非調和は消し去られることを知っている道だ。・・・・人間はすべて

の生きものの中で一番弱い。あまり弱いから、私たちを生かすため他の生きもの

たちがそのいのちをくれる程だ。・・・・インディアンはこのことを忘れないように

している。だからシカがその肉を私たちに食べさせてくれるとき、私たちはシカに

感謝のいのりを捧げる。・・・・西欧人はシカを自分たちより低い生きものだと考え

る。合理主義と科学を通じて自分らは神のような存在だと考えているのだ。だか

ら他のあらゆるものは必然的に低い存在なのだ。・・・・ものみなの、そのつなが

りをこわそうとするとき、母なる大地をはずかしめるとき、こうしたことが永久に

つづくはずがない。どんな理論をもってきても、この簡単な事実をかえることは

できない。母なる大地は復しゅうする。すべての大自然は、そのつながりをこわ

したものへ、必ず復しゅうするのだ。    (弥永健一訳)









   バッファローを糧とする暮らしが終わりを告げて プリティ シールド   


    ああ、わたしは胸がはりさけそうになりました。美しい土地のあちこちに、バッファローの    

死骸が散乱しているのを見たからです。白人に殺され、皮をはがれ、腐るにまかせて置き

ざりにされた、たくさんの、たくさんのバッファローたち。最初に見たのは、ジュディス盆地

でした。あたり一面、肉の腐臭が漂っていました。花ばなでさえ、あのにおいは消せなかっ

た。わたしたちの心は、石のようになりました。それでもまだ、まさか白人がバッファロー

を皆殺しにするとは、だれも思っていませんでした。この世の始まりから、バッファローは

いつもたくさんいたのですから! あのひどいラコタでさえ、ここまでのことはしないでしょ

う。シャイアンも、アラパホも、ペクニーもです。なのに白人は、それをした。肉を必要と

しないときでさえなお。わたしたちは長いあいだ、バッファローは帰ってくると信じていま

した。でも、帰ってはきませんでした。わたしたちの空腹、病、不安は、3ついっしょに

大きくなりました。狩人は自分の目が信じられずに、バッファローをさがしに出かけまし

た。たとえ群れを見つけたとしても、わたしたちが半月かけてもたどりつけない、それほ

ど遠くまで行ったそうです。「いない。一頭も、いない」 彼らはわたしたちにそういうと、

腹をすかし、何もない平原を、夢でも見ているように、じっとながめやりました。それから

というもの、彼らの心はよくなりませんでした。ワシントンの偉大な首長が食べ物をくれな

いかぎり、わたしたちは自分のために戦う機会もないまま、消えてゆくしかありません。

白人は、わたしたちが旅できないよう、平原に囲いをつくりはじめました。でも旅をしたと

ころで、よいことなど何ひとつなくなってしまいました。旅をする目的が、ないのです。わ

たしたちは、ひとつところに住むようになり、時を問わず、だんだんと怠け者に、病気に

なっていきました。昔、男たちは雄々しく敵に立ち向かい、美しい土地から勇気をもって

追い払ったものです。でもいま、何もかもが悪くなって、わたしたちは弱々しい愚かさに

鞭打たれるようになりました。男たち、指導者たちは、白人のウィスキーを飲み、思い

のままのことをしはじめました。バッファローがいた日々、戦いと動乱の日々、わたし

たちは首長の話に耳をかたむけていたので、いまもおなじようにしています。なのに、

わたしたちは鞭打たれました。賢者は愚者になり、白人のウィスキーを飲みます。で

も、ほかに何をすればよいのでしょう。わたしたちは、首長や指導者の話に耳をかた

むける以外の方法を知りませんでした。昔の人たちは、こうではなかった。子どもたち

ですら、バッファローがいた頃とは、ちがっていました。


「ネイティヴ・アメリカン」写真で綴る北アメリカ先住民史より引用








   ホピの少女ナタリー(10歳)の言葉 1975年   



空がわたしたちのことを見ていて、わたしたちの言うことを聞いてくれる。

空はわたしたちに話しかける。そしてわたしたちの返事を待っているの。

空には白人の神様が住んでいるって先生が言っていた。あなたたちの神

様はどこに住んでいるのでしょうって先生が聞くから、わたしは知りません

って答えた。だって本当に知らないんだもの! わたしたちの神様は空。

だから空のあるところには必ずいる。太陽も月もわたしたちの神様。それ

にホピ族の人たちも。わたしたちはここに住んでいなければならないの。

ここからはなれたら、神様もきえてしまうから。(中略) でも、白人はわた

したちの言うことに耳をかさない、自分たちの言うことしか耳に入らないっ

て、四六時中白人とつきあっているお父さんが言ってた(父親はトラックの

運転手であった)。おばあちゃんはね、白人は空をせいふくしようとしてい

るけど、わたしたちは空に祈りをささげるために生きているって。せいふく

しようとする人に話してもむだだから、白人の分もいのるしかないって。

だからわたしたちはただニヤニヤして白人に《イエス》ばかり言うのよ。

そしてあの人たちのためにいのるだけ」





ブラッキー(少女の愛犬)と散歩していたとき、空にけむりのすじを見たの。

ひこうき雲。いったいだれがのっているのかなって思った。わたし、ひこう場に

行ったことないんだ。学校で写真は見せてもらったことはあるけど。ブラッキー

と二人でひこうきにのっているところをそうぞうした、太陽にむかってどんどん

とぶところをね! そんなことしたらひこうきがとけちゃうって知っているよ。

太陽に近づくと、なんだってとけちゃうって学校で習ったもの。でもたましいま

ではとかせないよ! わたしたちはお日様やお星様に手をふるんだ。光を

おくってありがとうって。ずっとずっと前のおくりものを、いまわたしたちがうけ

とっているんだよね。わたしって空想するのがとくいなんだ! ホピ族のご

先祖様たちに会って、先のことを話したい。みんながまたいっしょになれる

ときのことを。川には水がたっぷり流れていて、お日様が地球のさむいとこ

ろをあたためて、すっごくあついところは少しのあいだあまりてりつけないよう

にする。そして世界の人が大きな輪にすわる。みんな、きょうだいってわけ! 

そのとき世界中の霊が出てきておどりくるう。星もお日様も月もよ。鳥たちも

地面にまい下りておどる。人間たちがそこらじゅうでおどったり、またすわって

輪をつくったり。輪はすっごく大きいから、メサの上に立って地平線のほうを

見ても、どこまでつづいているかわからない。でもみんなうれしそう。けんか

なんかしない。けんかするのは、まいごになって、先祖のことをわすれて、

       わることをしでかすから。いつか、みんなが大きい輪になって手をつなげる       

ときがくる。ホピ族だけじゃなくて、みんなよ。そうなったらほんとうに《いい》

んだよね。先生が良いこと、良いものの例をあげなさいって言ったことがあ

るの。ブラッキーはいいよ。だってだれもきずつけないもん。この世界もみん

なが大きな輪をつくれるようになったらいいね。ぐるぐる回りながら、世界中

の人がその輪に入ってきたらさ」



「子どもの神秘生活」生と死・神・宇宙をめぐる証言より引用








   ウィントゥ一族の女性の言葉 19世紀   


   

    わたしたちインディアンが動物を殺すときはそのすべてを食べる。地面に穴を掘るとき    

には小さな穴をあける。イナゴの害をさけるために草むらに火を放つときも、全部をだめ

にするようなことはしない。ドングリや松の実を獲るときには、木の幹を揺すって落とす。

わたしたちは木を切り倒すようなまねはしない。木を使うときには倒れて死んでいる木

を使う。ところが白人ときたら、大地を掘り返すわ、木を根こそぎ引き抜くわ、なにもかも

殺してしまう。そこには心遣いなどかけらもない。いったい白人は、それで地球のスピ

リットに好かれるとでも思っているのでしょうか? 白人の触れたところには、悲しみし

か残らない。


「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」北山耕平著より引用








古きインディアンの教えにおいて

大地に生えているものはなんであれ

引きぬくことはよくないとされている。

切りとるのはよい、だが、根こそぎしてはならない。

木にも、草にも、魂がある。

よきインディアンは、大地に生えているものを

なんであれ引きぬくとき、悲しみをもって行う。

ぜひにも必要なものだと、許しを請う祈りを捧げながら。



シャイアン族 ウッデン・レッグ(19世紀後半)
「ネイティブ・アメリカンの教え」より引用








   離婚の歌 ツムシアン   


   

    離婚の歌 〈ツムシアン〉


あなたは私を愛した

あなたは私を賛美した

でもあなたは私を吐き出した

まるでまずい食べ物のように

まるで腐った魚のように

わたしのお婆さんが

干したブラック・ベリーを取り出して

毛布の下においた


あなたは良い人だと思っていた

あなたは銀だと思っていた

だけどあなたは鉛だった


山の上を見てごらん


私が太陽の中を歩く

私が太陽そのもの



   「大地の声 アメリカ先住民の知恵のことば」阿部珠理著 より引用   







   弓の神官(サヤタカ)   



弓の神官(サヤタカ) ズニ



われらの太陽である父が

自らの聖なる場所に入り腰をおろされた

するとわれらの夜の父たちが

おのおのの聖なる場所に

姿をあらわしてお立ちになった

清められた夜が過ぎさり

今日という日をわれらは迎える

この新しき日を

われらの父たちが

夜明けの神官たちが

おのおのの聖なる場所に

姿をあらわしてお立ちになった

われらの子よ

今日はわれらの日

まさしくこの日

白いトウモロコシの聖体を

祈りのための供物を

われらの太陽である父に

われら祈りの聖餐として捧げん

願わくは汝が道をまっとうされ

父なる太陽の道にたどりつかれんことを

汝が道をまっとうされしとき

汝の想いのなか・・・・われら生のあらんことを

願わくは汝の想いを受けとめる存在が

われらであらんことを



そのためにまさに今日という日

われらが太陽よ

すべての良きものをことごとく汝の息吹とし

その息吹を求め

しかも取り柄もなきわが肉体の奥深くに

その息吹を吸いこみ

今われは汝の息吹をふやさんとす



誰にも彼の父たちの息吹を

蔑ませてはならない

だが汝の肉体の奥深くまで

彼らの息吹を吸いこめば

父なる太陽があらわれる道のむこうまで

汝の道もたどりつくやもしれず



握りしめた手と手が

互いをしかとつかまえて

汝はおのおのの道をたどり終えるやもしれぬ

この終わりにむけて

今われは汝の息吹をふやさんとす



まことにわれらが陽の光を楽しむかぎり

われら愛とともに互いに挨拶をするやもしれず

まことにわれらが陽の光を楽しむかぎり

われらは互いのために祈るやもしれず

冬を通して 夏を通して

月々の巡りのはじめから終わりまで

われは汝のために光をもとめて祈りきたり



今まさに今日という日

われは彼らの想いをまっとうし

われらの父の儀式を絶やさぬため

サヤタカ 弓の神官よ

彼に人の姿を与えたまえ


「最初の教え ネイティブ・アメリカンの知恵と祈りの言葉」スタン・パディラ 編・画

北山耕平 訳・構成 マーブルトロン より引用











   ツオタイ・タリーの喜びの歌   


ツオタイ・タリーの喜びの歌

N・スコット・ママデー 作

「ネイティブ・アメリカン詩集」アメリカ先住民の現代詩 より引用


僕は輝かしい空を飛ぶ鳥だ

僕は平原を疾走する青い馬だ

僕は水の中でくるりと体を回転させ、きらきら光る魚だ

僕は子どものあとを追う影だ

僕は夕方の光 平原の輝きだ

僕は風とたわむれる鷲だ

僕はひとかたまりのあざやかなビーズだ

僕は一番遠い星だ

僕は夜明けの寒さだ

僕はざあざあと激しく降る雨だ

僕は雪原の輝きだ

僕は湖面に映る月光の長い影だ

僕は四つの色の炎だ

僕は夕暮れにぽつねんと立っている一頭の鹿だ

僕は漆の木とパメブランチが生い茂る原野だ

僕は冬空を斜めに飛んで行く雁の群れだ

僕は飢えた若い狼だ

僕はこれらをまるごとすっかりひっくるめた夢だ



ほら 僕は生きている 僕は生きている

僕は大地と仲良くいっしょに立っている

僕は神々と仲良くいっしょに立っている

僕はすべての美しいものと仲良くいっしょに立っている

ティーセン・タインテの娘と仲良くいっしょに立っている

ほら 僕は生きている 生きている








   ラコタ族の創世神話   


ラコタ族の創世神話

NHKカルチャーラジオ 歴史再発見 

「アメリカ先住民から学ぶ―その歴史と思想」阿部珠理著 

NHK出版より引用


数えられないほど、たくさんの冬のむかし、限りのない闇が広がり、その闇の中に、始源の

存在、イヤンがあった。イヤンは非常に柔らかく、彼の力は、彼の青い血液をくまなく巡って

いた。イヤンをかくあらしめた偉大な魂が、ワカンタンカである。イヤンは、たいへん力ある

存在であったが、常に一人でいるのが寂しくなり、身を揺すって、マカ(大地)を生んだ。



それから自らの血管を開いて、青い地を大地に流して、それがムニ(水)となった。ムニは

流れて川となり、溜まって海となった。イヤンは、ムニから青い色を取り出し、上方に投げ

た。すると、マピア(空)が出来た。こうしてイヤンは、自分のあらかたを与え尽くし、縮んで

石となった。



イヤンに宿るワカンタンカの、聖なる偉大な力を分け与えられたマカ(大地)とムニ(水)と

マピア(空)は、互いの力を出し合って、光を作った。しかし光に熱はなく、マカが寒がるの

で、協力してウィ(太陽)を生んだ。



マカは、自分が裸のままであったので、自分を覆うさまざまなものを生んだ。育つもの(植

物)を生み、地を這うもの、翼をもつもの、四本足で動くもの、二本足で動くものを誕生させ

た。二本足で動くものは熊で、彼に智恵を与え、その象徴とした。マカはそれから、女と男

を創造し、彼らに物事を判断する能力を与えた。



しばらくの間、マカの上で、生きとし生けるものは、互いを尊重しあい、仲良く暮らしていた。

ところが二本足の人間たちが、だんだん欲張りとなり、自然の規則をやぶって、幸せに暮ら

している皆の調和を乱すようになった。マカは、人間の行いを見るにつけ、悲しくなり、大い

に落胆した。彼女は、彼女が生んだ子どもたちに、彼女の懐に戻るよう、呼びかけた。そこ

がマカの心臓・ブラック・ヒルズである。



しかし多くのものは、彼女のメッセージを理解せず、そこにやってきたものは少なかった。

マカは心臓を開いて、それらのものを、身の内にかくまった。それからマカが身を揺すると、

大地は割れ、大洪水が起こり、多くのものたちが飲み込まれ、押し流された。マカはこうし

て、自らを浄化した。



それから静寂が訪れ、ブラック・ヒルズだけが、静寂の中に変わらず、そびえていた。世界

に静寂が戻ると、マカは、ブラック・ヒルズの口から、かくまっていたものたちを、吐き出した。

再び地上での生活が、始まった。ある日、カササギが小さな茂みに降り立つと、四本足のも

のと、這うもの、植物たちが、茂みの向こうで何かを相談していた。その中のバッファロー

が、洪水が二本足のわがままでおきたことをあげ、調和をみだす彼らを追放することを訴え

た。皆はバッファローに賛同し、さっそく、二本足を追放する方法を相談し始めた。カササギ

は、皆に気付かれないよう、そっとそこを飛び立った。



カササギは戻るとすぐ、翼あるものたちを召集して、彼がいましがた聞いてきたことを、みな

つ伝えた。四本足たちの意見に賛同するものは多かったが、それまで黙って聞いていたフク

ロウが、二本足を追放すると知恵の象徴であるクマを永遠に失うことを指摘した。翼あるもの

たちは、みなフクロウの意見に従うことにした。



二本足の処遇は競争で決することにした。二本足以外のものたちで、一番早くマカの心臓、

ブラック・ヒルズを、四周したものの意見が採用されることになった。



レースは、過酷だった。四本足の蹄は割れ、地面に血の跡を残した。皆の駆け足が、大きな

轟きとなって、大地を揺らしたせいで、三周目が始める頃、ブラック・ヒルズの背後に、瘤のよ

うにぽっこり大地が盛り上がった。四周目に差しかかったときには、すでに多くのものが、脱落

していた。



決勝点が、近づいた。先頭を走っているのは、バッファローだった。カササギは最後の力を

振り絞ってバッファローの背中に飛び乗った。そして、ゴールの瞬間に飛び出して、勝利を

収めた。



カササギのおかげで、二本足の人間がこうしてこの世に居られることになった。レースの後、

皆は轟きのため、盛り上がった場所に出かけて、表面を剥がすと、イヤン(原初の石)が出て

きた。その場所を彼らは、熊の特別の住処にすることを決めた。そのために戦った智恵の

価値を、それを見上げるたびに、思い出すように。



マカは、彼女の子どもたちが払った犠牲を人間が忘れないよう、またこの世で暮らし続けるこ

とを許してくれた。生きとし生けるものに対する感謝と責任を、つねに覚えているように、血に

染まった大地を、そのまま残しておくことにした。



「熊の特別な住処」は、マト・ティーピィー(ベア・ビュート)である。そこは、ラコタの人々がハン

ブレチア(ヴィジョン・クエスト=自分の進むべき道を求める旅)に出かける聖なる山だ。ブラッ

ク・ヒルズの土は、生きものたちが流した血のように今でも赤い。



Edward S. Curtis's North American Indian (American Memory, Library of Congress)







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