「長い旅の途上」

最後のメッセージ

星野道夫著 文藝春秋 より





本書は星野道夫氏の遺稿集として編集されたものであるが、既発表で単行本未収録の文章を

可能な限り収録したものである。既刊の文献と重複している文章も幾つか見かけるのだが、遺稿

集という意図にそって76稿を収めた本書は、彼が私たちへ託した最後のメッセージである。既刊

の作品同様にこの文献には、人間と自然にまつわる深く優しいなぐさめが息づいている。

(K.K)


星野氏の著作「森と氷河と鯨」「Alaska 風のような物語」「イニュニック(生命)」「旅をする木」

「星野道夫の仕事 第1巻 カリブーの旅」「星野道夫の仕事 第2巻 北極圏の生命」

「星野道夫の仕事 第3巻 生きものたちの宇宙」「星野道夫の仕事 第4巻 ワタリガラスの神話」

「オーロラの彼方へ」「ラブ・ストーリー」「森に還る日」「最後の楽園」





星野道夫は広大な氷河の上にひとり立って、宇宙が語りかけてくることに耳をすました。

いまなおカリブーやサケをとって生きるアラスカ先住民と語り合って、彼らの深い生き方

を知った。星野がアラスカの地で過ごした幸福な時間はみごとなエッセイになって、私た

ちに限りない慰めを与えてくれる。1996年事故で急逝した星野が書き残した全文章を

集成、真の遺稿集ともいうべき一冊である。(文藝春秋 新刊案内より)


 


本書より引用。


大人になって、私たちは子供時代をとても懐かしく思い出す。それはあの頃夢中になった

さまざまな遊び、今は、もう消えてしまった原っぱ、幼なじみ・・・・・・・なのだろうか。きっと

それもあるかもしれない。が、おそらく一番懐かしいものは、あの頃無意識にもっていた

時間の感覚ではないだろうか。過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、もう

取り戻すことのできない時間への郷愁である。過去とか未来とかは、私たちが勝手に作

り上げた幻想で、本当はそんな時間など存在しないのかもしれない。そして人間という生

きものは、その幻想から悲しいくらい離れることができない。それはきっと、ある種の素晴

らしさと、それと同じくらいのつまらなさをも内包しているのだろう。まだ幼い子どもを見て

いる時、そしてあらゆる生きものたちを見ている時、どうしようもなく魅きつけられるのは、

今この瞬間を生きているというその不思議さだ。きっと、私たちにとって、どちらの時間も

必要なのだ。さまざまな過去を悔い、さまざまな明日を思い悩みながら、あわただしい日常

に追われてゆく時間もまた、否定することなく大切にしたい。けれども、大人になるにつれ、

私たちはもうひとつの時間をあまりにも遠い記憶の彼方へ追いやっている。先日、アラスカ

の川をゴムボートで下っている時のことだった。川の流れに身を任せながら、ふと前方を

見ると、川岸のポプラの木に一羽のハクトウワシが止まっている。急流はゴムボートをどん

どん木の下へと近づけ、ハクトウワシもじっとぼくを見下ろしていた。飛び立ってしまうのか、

それとも通り過ぎさせてくれるのか、ぼくはただぼんやりとハクトウワシを見つめていた。そ

れはぴんと張りつめた息詰まるような時間でもあった。ぼくを見つめているハクトウワシに

は、過去も未来も存在せず、まさにこの一瞬、一瞬をを生きている。そしてぼくもまた、遠

い昔の子どもの日々のように、今この瞬間だけを見つめている。一羽のワシと自分が分

かち合う奇跡のような時間。過ぎ去ってゆく今がもつ永遠性。その何でもないことの深遠

さに魅せられていた。川の流れはぼくをポプラのすぐ下をすり抜けさせ、ハクトウワシは

飛び立たなかった。日々の暮らしのなかで、“今、この瞬間”とは何なのだろう。ふと考え

ると、自分にとって、それは“自然”という言葉に行き着いてゆく。目に見える世界だけで

はない。“内なる自然”との出会いである。何も生みだすことのない、ただ流れてゆく時を、

取り戻すということである。あと、十日もすれば、冬至。この土地で暮らす人々にとって、

その日は、気持ちの分岐点。極北のきびしい冬はこれから始まるのだが、太陽の描く孤

は、少しずつ広がってくる。そして人々は、心のどこかで、春の在り処をしっかりとらえて

いる。今日も、太陽は、わずかに地平線から顔をのぞかせただけだ。沈んでいった夕陽

が、少しの間、凍てついた冬の空を赤く染めている。やがて闇が押し寄せてきて、長い

夜が始まってゆく。陽の沈まぬ夏の白夜より、暗黒の冬に魅かれるのは、太陽を慈し

むという、遠い記憶を呼び覚ましてくれるからなのかもしれない。忘れていた、私たちの

脆さを、そっと教えてくれるのだ。



三月のルース氷河は、まだきびしいアラスカの冬です。この旅は、子どもたちにとって決して

楽な旅ではなかったと思います。誰もけがをせず、無事に旅が終わったこと、今、心からほっ

としています。この旅で、何を感じ、どんな思い出をもったか、子どもたちが報告書に文章を

寄せてくれました。ただ僕は、今ではなく、もっと時間がたった時、五年後、十年後に、そのこ

とをもう一度聞いてみたいなと思います。ひとつの体験が、その人間の中で何かを形づくるま

でに、少し時間が必要な気がするのです。子どもたちにすばらしい風景を見せてあげること、

それは、ルース氷河でもアラスカである必要もありません。日本にだってすばらしい場所がた

くさんあるからです。けれども、僕は、毎年オーロラの撮影のためにこの氷河に入りながら、

どうしてもこの世界を誰かに見せてあげたくてなりませんでした。ルース氷河は、雪、氷、岩

だけの、壮大な、そして無機質な山の世界です。あふれる情報の海の中で暮らす今の日本

の子どもたちにとって、それは逆の世界です。テレビも、コンピューターゲームもマンガもあり

ません。何もないかわりに、そこにはシーンとした宇宙の気配があります。氷河の上で過ごす

夜の静けさ、風の冷たさ、星の輝き・・・・・・・情報が少ないということは、ある力を秘めていま

す。それは、人間に、何かを想像する機会を与えてくれるからです。そして、もしそこでオーロ

ラを見ることができたら、何て貴重な体験になるだろうと思いました。子どもの頃に見た風景

が、ずっと心の中に残ることがあります。ルース氷河で見た壮大な自然が、そんな心の風景

になってくれたらと願います。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉

ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとあるような気が

するからです。この計画は、多くの人の協力に支えられながら実現することができました。本当

にありがとうございました。まだ、やっと第一歩です。今回の経験、反省点をふまえ、少しずつ

進んでゆければと思います。( 文集「あらすか」序文 1993年1月25日 )


 


目次


T

はじめての冬

約束の川

ビル・ベリイのこと

ある親子の再生

はじめてのアフリカ

ぼくたちのヒーロー

ザトウクジラを追って

カリブーフェンス

新しい人々

遥かなる足音

めぐる季の移ろい

悠久の自然

春の訪れ

可憐な花

シトカ

アラスカの夏


U

カラー写真

オーロラのダンス 流氷の囁き ザトウクジラの優雅な舞い 山河にこだまするカリブーの歌

ツンドラに咲く小さな命 ムースに降る雪 はるかな時を超えて アラスカ山脈の冬・自然の猛威

シロフクロウの新しい家族 穏やかな春の日に


V

自然のささやき オーロラ 氷河 クマの母子 春 遺産 ルース氷河 頭骨 カリブーの旅

狩人の墓 季節の色 夏至 海辺 憧れ 旅の終わり ワタリガラス ジリスの自立 墓守

原野と大都会 古老


W

ヘラジカ

遠吠えは野性を誘う

極北の放浪者

マクニール川

ナヌーク

ワタリガラスの神話を捜して

南東アラスカの旅について

文集「あらすか」序文


X

「アラスカ 風のような物語」から

ベリー・ギルバート

ハバード氷河

少女・アーナ

アラスカ・グレイブストーン(墓標)

セスナの音

シールオイル

カリブーの谷

グリズリーに挑んだムース

ラッコの海

風の鳥

「スペンサーの山」

ドールシープ

ジェイ・ハモンド

最初の人々

夜光虫

原住民土地請求条例

原野に生きること

秋のブルックス山脈

シベリアの風

ジョージ・アトラ


アラスカの呼び声


編集後記

初出一覧








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