「星野道夫の仕事 第3巻 生きものたちの宇宙」
星野道夫 写真・文 池澤夏樹 解説 三村淳 構成
朝日新聞社より
(本書より引用)
いつか おまえに 会いたかった
遠い 子どもの日 おまえは ものがたりの中にいた ところが あるとき ふしぎな体験をした 町の中で ふと おまえの存在を 感じたんだ 電車にゆられているとき 横断歩道を わたろうとする しゅんかん おまえは 見知らぬ 山の中で ぐいぐいと 草をかきわけながら 大きな倒木を のりこえているかもしれないことに 気がついたんだ
気がついたんだ おれたちに 同じ時間が 流れていることに
ホーッ、ホーッと、森の奥から、低くこもったフクロウの声が聞こえている。 まだ近くにムースがいるのではないかと耳をすましたが、 聞こえるのは、風が吹くたびにきしむ木立の音だった。 夜の世界は、いやおうなしに人間を謙虚にさせる。 さまざまな生きもの、一本の木、森、そして風さえも魂をもって存在し、 人間を見すえている。 いつか聞いたアサバスカン・インディアンの神話。 それは木々に囲まれた極北の夜の森の中で、神話を越え、声低く語りかけてくる。 それは夜の闇からの呼びかけが、 生命をもつ漠然とした不思議さを、真すぐ伝えてくるからなのだろう。
僕たちが生きていくための環境には、 人間をとりまく生物の多様性が大切なのだろう。 オオカミの徘徊する世界がどこかに存在すると意識できること・・・・・・・・ それは想像力という見えない豊かさをもたらし、 僕たちが誰なのか、いまどこにいるのかを教え続けてくれるような気がするのだ。 少し寒くなってきた。 アカリスの警戒音はまだ聞こえている。 雪をかぶったトウヒの木々を見上げても、どこにいるのかわからない。 これから長い冬が始まる。
星野氏の著作「イニュニック(生命)」、「Alaska 風のような物語」、「旅をする木」、 「森と氷河と鯨」、「長い旅の途上」、「オーロラの彼方へ」、「ラブ・ストーリー」、「森に還る日」
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