「Alaska 風のような物語」

星野道夫 写真・文

小学館より


  







星野道夫氏が13年間におよぶアラスカ取材を通して見つめた大自然と、

そこに生きる先住民の方たちの視点。その深い思索の息吹と写真の中

の動物たちの力強く優しい鼓動が見事に調和した傑出した写真文集で

あり文字どおりの名著である。多くの方にこの息吹と鼓動を感じていた

だけることを願っている。それは私たち地球に生きるすべてのものへの

賛歌であり未来という世界へのメッセージでもある。

(K.K)


「心に響く言葉」1998.10/23を参照されたし


 








あらゆる生命は同じ場所にとどまってはいない

人も、カリブーも、星さえも、無窮の彼方へ旅を続けている

星野道夫(本書より)


 
 


エピローグ (本書より引用)


初冬のある日。やっと半分でき上がった家の前で、僕は一人で腰を下ろして

いた。短い冬の陽が遠いアラスカ山脈に沈もうとしている。気温はマイナス20度

ぐらいか。ピーンと引き締まった大気が気持ちいい。どこからか、アカリスの鳴

き声が聞こえてくる。初めてこの土地にやってきた頃、こんなふうに風景は見え

なかった。まわりにそびえるトウヒの針葉樹も、氷河を抱いた遠くの山並も、今

は何か穏やかだ。数年のつもりだったアラスカの旅はいつの間にか10年が過

ぎ、僕はこの土地に家を建てようとしている。アラスカは今、大きな過渡期を

迎えている。きっと、人間がそうなのかもしれない。何も止まっていないように、

人の暮らしもアラスカの自然も変わってゆくのだろう。何かを求めて、この北の

果てにやってきたさまざまな人々。より便利な、より快適な生活を離れ、原野

に生きていく者。この自然を開発してゆこうとする人たち、守ってゆこうとする

人たち。さまざまな問題を抱えながら、急速に近代化してゆくエスキモー、イン

ディアン・・・・・・・。しかし、誰もがそれぞれのより良い暮らしを探して生きてい

る。その中で人々がどんな選択をしてゆくのか、自分の目で見てゆきたい。

これまで出会った人々がどんな地図を描いて生きてゆくのか、やはり知りた

いと思う。それはどこかで自分とは無縁ではないからだ。あるエスキモーの

老婆と秋のツンドラで過ごした日のことを憶えている。彼女は土を踏みしめ

ながらネズミの穴を探していた。冬に備え、ネズミはエスキモーポテトと呼ば

れる小指ほどの植物の根を貯えているらしい。穴を掘り起こすと、本当にひ

と塊のエスキモーポテトが見つかった。老婆はそれを半分だけとると、持っ

てきたドライフィッシュ(魚の干物)を代わりに入れ、再び穴を土で覆った。

「どうして」と訊く僕を、老婆はそんなこともわからないのかというように見つめ

返した。それはさまざまなことを語りかけてくる。絡み合う生命の綾に生かさ

れている人々。しかし考えてみれば僕たちだって同じなのだ。ただそれが

とても見えにくい社会なのかもしれない。しぶきを上げ、海面から宙に舞う

クジラが自然ならば、そのクジラに銛をうつエスキモーの人々の暮らしもま

た自然なのだ。自然とは人間の暮らしの外にあるのではなく、人間の営み

さえ含めてのものだと思う。美しいもの、残酷なのも、そして小さなことから

大きく傷ついていくのも自然なのだ。自然は強くて脆い。人は、なぜ自然

に目を向けるのだろう。アラスカの原野を歩く一頭のグリズリーから、マイ

ナス50度の寒気の中でさえずる一羽のシジュウカラから、どうして僕たち

は目を離せないのだろうか。それはきっと、そのクマや小鳥を見つめなが

ら、無意識のうちに、彼らの生命を通して自分の生命を見ているからなの

かもしれない。自然に対する興味の行きつく果ては、自分自身の生命、

生きていることの不思議さに他ならないからだ。僕たちが生きてゆくため

の環境には、人間をとりまく生物の多様性が大切なのだろう。オオカミの

徘徊する世界がどこかに存在すると意識できること・・・・・・・。それは想像

力という見えない豊かさをもたらし、僕たちが誰なのか、今どこにいるのか

を教え続けてくれるような気がするのだ。少し寒くなってきた。アカリスの

警戒音はまだ聞こえている。雪を被ったトウヒの木々を見上げても、どこ

にいるのかわからない。これから長い冬が始まる。




星野氏の著作「森と氷河と鯨」「イニュニック(生命)」「旅をする木」「長い旅の途上」

「星野道夫の仕事 第1巻 カリブーの旅」「星野道夫の仕事 第2巻 北極圏の生命」

「星野道夫の仕事 第3巻 生きものたちの宇宙」「星野道夫の仕事 第4巻 ワタリガラスの神話」

「オーロラの彼方へ」「ラブ・ストーリー」「森に還る日」「最後の楽園」








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