2015年12月23日 蒸気機関車(木製)

骨董品屋さんで購入した、木で造られた蒸気機関車

女性の場合はわかりませんが、男の子の場合、幾つに
なっても船や飛行機、そして汽車に憧れるものです。

そしてじっと眺めていると、少年の心に戻っていきそうな
んですね。物にこだわるというのではなく、その物を通し
て、何か大事なことを失くしかけそうになっている自分を
見つめなおすとでも言ったほうがいいのかもしれません。

清貧に生き、自身も含めて人の心の弱さを知り抜き、
多くの人に慕われていた良寛(1758~1831年)
さんは、
近所の子供たちと「かくれんぼ」を共にしていた時、陽が
落ち子供たちが家路についたことを知らない良寛(大人)
さんは、まだ子供たちが「かくれんぼ」をしていると思い、
次の日の朝までじっと隠れていたことがあったそうです。

私もそのような姿に憧れます。
ちなみに、やはり木で造った海賊船もあるんです。
父親が船乗りだった影響なんでしょうね。







2015年12月24日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




本日12月24日の夜明けです。



今から24年前に創った散文詩(星夜の調べ)を載せます。

この中に出てくる戦時中の出来事は実話で、「世界のうらおもて」カンドウ神父・著に書かれています。



☆☆☆

オリオンの三つ星たちよ

凍える冬の天空にお前は腰掛け

その胎内からは光を与えられた星々が生まれる

薄い赤味を帯びた雲は

まるで鳩が平和という願いの翼をひろげ

飛翔しているかのよう

大地に夜の帳が落ち

明日のために羽根を休める時

アルビレオの星がその頭上に輝く



見るがいい

この対比は一体どうしたことだろう

黄玉と青宝石の異なる輝きを擁く二つの星が

恋人のように寄り添う

これらの星はどの地にも

余す所無く光の粒子を落とす

それが戦争という極限の状況に置かれた

兵士の上にでも



さあ僕と一緒においで

君をある過去に連れて行ってあげよう

あの四辺形に見える星々を見てごらん

あれはペガスス座といって翼を持った天馬のことなんだ

そのα星までの距離 約八十光年

この星を見つめてごらん

僕たちの瞳に飛びこんでくる光の粒子は八十年前のもの

それは欧州に多くの血が流された

第一次世界大戦の時なのだ



闇を突き刺す砲弾の音

恐れ逃げ惑う足音

街はもうすぐクリスマスを迎えようとしていた

そして それは同じく

前線の兵士たちの上にも

彼らは夜になっても続く

激しい戦闘と厳しい寒さに疲れ切っていた

凍傷で足を切断することを恐れ

缶詰の空缶に炭を入れ靴に縛りつける

靴の底が焼けても構わず

唯、我武者羅に

数十メートル先の敵の塹壕目掛けて

手榴弾を投げ合っていた



兵士の一人が呟いた

ああ 今頃みんな教会で讃美歌を歌っているだろうな

といきなり 「天に栄光 地には平安」と

クリスマスの聖歌を唄い出した

その歌は広がり

塹壕中 大合唱になった

それを聞いていたドイツ軍の塹壕が

何となくひっそりしたと思うと

途端に張りのある美しい何部合唱かで

コーラスに加わってきた



君にも聞こえるだろう

降誕祭を祝う調べが

あらゆる讃美歌が

敵、味方なく交互に歌い継がれてゆく

彼らの瞳は

オリオンの整然と並んだ

七つの星に見入っただろう

兵士たちは手榴弾を持つことを忘れ

その瞳はゆっくりと閉じてゆく

まるで幾年か前に

家族と共に楽しく過ごしたクリスマスに

優るとも劣らない

平和な鳩を抱きしめたのだ



さあこの地を離れよう

明日になれば

兵士たちは再び手榴弾を握るのだろう



アルビレオよ

何故お前たちは

そのように寄り添っていられるのだ

全く異なる二つの星が

私の目には一本の松明としか映らない

何故 人類は

お前のように生きていけないのだ

思想が異なる為なのか

民族が異なる為なのか

宗教が異なる為なのか

何故このことの為 人は憎み合い争わねばならないのか



アルビレオよ 教えてくれ

二つの異なる光が何故そのように共に輝いていられるのだ

アルビレオよ 私を見ておくれ

私は弱く醜い姿を曝け出している

唯 私はこの体内に心の平和が宿ることを願いたい

どのような理想国家が机上にて産み出されようとも

どのような奇跡が人々の前に現れようとも

一人一人に

人を憎むことのない心の平和が体現しない限り

戦争という不幸は永久に生き続けることだろう



君の瞳に写し出されているアルビレオは三百五十年前の姿  

この星から船出した二つの光芒は

三百五十年後

どのような地球・人類を見ることになるのだろうか

今 時は一九九二年・降誕祭


 

2015年12月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




「100の思考実験」と「月と蛇と縄文人」



中学・高校時代から、一つの事象に対して多くの見方・感じ方があるということを教育の一環として、あるいは家庭の中で

子供たちに教えて欲しいと願っています。



先生や学者・専門家が話していること、果たしてそうだろうか、また違った見方があるのではないかという「魂の自由」さを

持って欲しいと思うからです。



「月と蛇と縄文人」、この作者は縄文時代の遺跡を発掘に関わったことがあり、また医学博士の方ですが、縄文土器の

模様の全てを月と蛇に関連付けた展開をされています。



その根拠となっているのが、ドイツの日本学者・ナウマンが推察したことで、将来それは真実だと証明されるかも知れ

ません。



しかし、私も感じていた月と蛇の影響を認めつつも、全ての文様が結論ありきによる解釈に縛られていることに、著者の人間と

しての「魂の自由」さを全く感じることができなかったことはとても残念です。



清貧に生き、自身も含めて人の心の弱さを知り抜き、多くの人に慕われていた良寛(1758~1831年)の辞世の句に

次のようなものがあります。



☆「四十年間、行脚の日、辛苦、虎を画けども猫にだに似ず。如今、嶮崖に手を撤ちて看るに、ただこれ旧時の栄蔵子。」



(四十年前、禅の修業に歩き回った日には、努力して虎を描いても猫にさえ似ていませんでした。今になって崖っぷちで

手を放してみたら、何のことはない。子どもの頃の栄蔵のままでごまかしようがないし、それこそがあるべき真実そのもの

だったなあと思います。中野東禅・解釈)



良寛自身の子供時代に体験した「魂の自由」さ、それが今の揺るぎない私の姿だ、と言っているのかも知れません。



近所の子供たちと「かくれんぼ」を共にしていた時、陽が落ち子供たちが家路についたことを知らない良寛(大人)は、

まだ子供たちが「かくれんぼ」をしていると思い、次の日の朝までじっと隠れていたことがあったそうです。



自分とは異なる世界に瞬時に溶け込む、そのような「魂の自由」さに私は惹かれてしまいます。



この「魂の自由」さを良寛とは別な側面、論理的に考えさせてくれるのが「100の思考実験」です。



サンデル教授「ハーバード白熱教室」でも取り上げられている「トロッコ問題」など、自身が直面した問題として想定する時、

異なる多くの見方があることに気づき苦悩する自分がいます。



「100の思考実験」と「月と蛇と縄文人」



一見何の関わりもない2つの文献ですが、私にとっては「魂の自由」さを考えさせられた文献かも知れません。




 

2013年6月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




ニーチェと宮沢賢治(写真は1年前に作ったレゴの蒸気機関車です)



ニーチェの「神は死んだ」の言葉に象徴される虚無主義(ニヒリズム)と「超人」思想。



私はニーチェの著作に触れたことがなく正しく読み取っていないかも知れませんが、、現世から目を背けている

当時の風潮に対して、彼は果敢な挑戦状を叩きつけたのだと思います。



しかし、来世のことだけを語る宗教への断罪と虚無主義。一部において何故彼がこう考えたのか納得はするも

のの、私たち一人一人は空気や水・食べ物など、地球や他の生命が養い創ったもののなかでしか生きられま

せん。人間は決して単独で存在できるものではありませんし、他のものとの関係性なくしては生きられないので

はないかと疑問に思ったのも事実です。



デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」からニーチェ、ハイデッガー。彼らの「個(人間)」だけを世界から切り

離した思索、人間中心主義が横行した西洋哲学に対して、梅原猛さんはその著「人類哲学序説」の中で鋭く

批判しています。



これらの西洋哲学者の対極にいるのが宮沢賢治先住民と呼ばれる人なのかも知れません。西洋哲学が

人間を世界から切り離して真理に近づこうとしていたのに対し、賢治や先住民は他のものとの関係性(繋がり)

を基軸に据え、賢治の場合は「銀河鉄道の夜」などの童話を通して私たち後世の人に想いを託したのでしょう。



賢治が言う「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、互いの繋がりを

真に肌で感じた者にしか発することが出来ない言葉なのだと思います。



梅原さんは前述した本の中で、宮沢賢治と江戸時代の画家「伊藤若沖」を紹介され、二人の思想の背景には

「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」(国土や動物・草木も仏性を持ち成仏できる意味)が

あり、縄文時代アイヌを含む世界各地の先住民の世界観に共通しているものがあると言われます。



またノーベル賞を受賞した福井謙一さんの言葉「科学はいまに、裁かれる日がくるだろう。自然を征服する科学

および科学技術から、自然と共生する科学および科学技術へと変わらなければいけない」を紹介されていました

が、科学技術文明の基となったデカルト以来の西洋哲学にも同じことが言えると主張されています。



私たちはデカルト以来の西洋哲学を、反面教師として捉える時期なのかも知れません。



ニーチェの「神は死んだ」、私は彼の思索の片鱗も理解できていないかも知れませんが、虚無としか映らない

状況のなか一筋の光りを見た女性がいました。



ニーチェの「超人」思想がヒトラーに悪用され、ハイデッガーがナチスの思想ではなくヒトラーの強い意志に魅了

されていた同じ頃、アウシュヴィッツの強制収容所で亡くなった無名の人ですが、賢治の銀河鉄道と同じように

多くの人の道標として、これからもその軌道を照らしていくのだと思います。



最後に、フランクル「夜と霧」から抜粋引用し終わりにします。



☆☆☆☆



それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。



「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」と言葉どおりに彼女は私に言った。



「なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを

追っていなかったからですの。」



その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそこにある樹は一人ぽっちの私のただ一つのお友達

ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。



外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。



病人の寝台の所に屈んで外を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつけた

一本の緑の枝を見ることができた。



「この樹とよくお話しますの。」と彼女は言った。



私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているだろうか? 

不思議に思って私は彼女に訊いた。



「樹はあなたに何か返事をしましたか? -しましたって!-では何て樹は言ったのですか?」



彼女は答えた。



「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-私は-ここに-いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ。」



☆☆☆☆





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夜明けの詩(厚木市からの光景)

大地と空の息吹き

神を待ちのぞむ

天空の果実